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3枚目で辿り着いたアーティストとしての境地と矜持 【REVIEW】 HIT ME HARD AND SOFT - Billie Eilish

アンビバレント。Billie Eilish(ビリー・アイリッシュ)の新作『HIT ME HARD AND SOFT』(2024)、ひいてはアーティストとしての彼女の自身を表す言葉として、真っ先に浮かんだ。

デビューEP『dont smile at me』(2017) で2010年代に思春期を過ごす16歳の等身大の少女像をキャプチャーし、デビューLP『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』(2019) で新たなグローバルポップアイコンを提示し(そして背負わされ)、『Happier Than Ever』(2021) でシンガーソングライターとしての技量を見せた先にある今回の新作は、隅々にまで行き渡ったプロダクションをもって、「アーティスト」としてキャリアの最高潮まで上り詰めている。


アルバムタイトル "Hit me hard and soft" の意味について、「私は過激主義者で、何かが物理的に緊張した状態が好きだけど、何かが穏やかで落ち着いた状態も好き。(中略)だからそれこそが『私』を表現するのに良い方法だと思った。(二面性の両立は)不可能だという事実自体が好きだから」と語っている。

相反する二つの感情や状況、つまりアンビバレントをあえて描写し、肯定するソングライティングはこれまでも彼女のシグネチャーだった。前作『Happier Than Ever』のコンセプトは女性の精神的自立とセルフラブ、ルッキズムやボディシェイミング、男性中心の業界批判と一貫していながらも、そういった男性支配的な幻想に対するフェチズムや依存すらも肯定しようとする「Male Fantasy」でアルバムは幕を閉じた衝撃は今でも覚えている。

『HIT ME HARD AND SOFT』を一聴してみると、全体のサウンドプロダクションや各トラックの展開が非常に二面的であり、朧げ(おぼろげ)であることにまず気づく。『千と千尋の神隠し』(2001) の千尋から付けられた「CHIHIRO」は、歌詞にジブリのリファレンスすら登場しないが、幽遠で暗い彼女のボーカル、繊細ながらも思い切ったアレンジ、印象的なシンセのアルペジオは、非現実性と現実性の境界をたしかに感じさせる。かつて彼女は同映画のキャラクター、カオナシについて「不気味なほどに非現実的だけど、現実的。最高にイカしてた」と語っており、そういった意味で、美しくも生々しいジブリ的世界観を音楽的に表現する試みだったのだろう。ソウルバラッドから始まり後半で急に New-Wave/New-Romantic、あるいは Bubblegum Bass/Hyperpop とも捉えられるアレンジに変わる「L'AMOUR DE MA VIE」の過激性は今作のハイライトの一つだが、不思議なことにバランスがよく説得力もある。爽やかな雰囲気を感じさせる古典的な「I-VI-II-V」進行を使っていながら、その上に単調なフックのメロディと切実なリリックを淡々と歌う Neo-New-Wave の「BIRDS OF A FEATHER」は、インパクトすらないものの、彼女と兄 FINNEAS のソングライティングとプロダクションが爆発する隠れた名曲になるだろう。

何度も述べているように、今作はプロダクションをひたすら注力している。先行シングルをリリースしない、アルバムの中心になるようなわかりやすいアンセムをあえて収録しない、目立ったフックを作らない、アンニュイさを追求することで、TikTok をはじめとしたSNS上でのバズの意図的に避けている。とにかくアートフォームとしての「アルバム」をつくることに集中し、オーディエンスにもそういった態度を求めているのだ。

新作のリリースに合わせ、SoundCloud と連携してアルバムの全ての楽曲を無料で聴けるように公開することが発表された。昨今のアーティストへの還元率をめぐる議論の逆を行く形になるが、これに意図があるとすれば、今回彼女がしたいのは、再生することのないヴァイナルをコレクションさせることではなく、オーディエンスへ「音楽体験」を届けるためではないだろうか。リリックを読んでも彼女のファンとのつながりは特に感じられず、リリース前にプロモーションもほとんど行ってないことから、ファンダムとの距離感も感じられる。それもおそらく、巨大化しすぎたファンダムの危険性と同調圧力を嫌ったからで、彼女はどんどん孤高の「アーティスト」になっていく。デビューLPから正当に進化し、稀に見る質の高い三部作が、今回の新作をもって完成した。

Score
90/100

Best Tracks
M2. LUNCH
M3. CHIHIRO
M4. BIRDS OF A FEATHER
M7. L'AMOUR DE MA VIE

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Masaaki Ito
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