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得意料理を聞かれたときの正しい答えがわからない

食べられないほどまずいものを作ることもない。レシピを見ればそれの通りに作ることだってできる。だが、得意です! と胸を張って特技として挙げられるようなものでもない。私の料理の腕前はその程度で、言ってしまえば「普通」なのである。

そんな普通な私には、得意料理などない。前述したように下手なわけでもないので、だいたいのものはレシピを見ながらなんでも作れてしまう。かといってそこにオリジナリティもなく、レシピ通りの「普通においしい」ものが出来上がる。これを得意とは呼べないだろう。
母直伝の、我が家秘伝の味! というものも残念ながら現段階では引き継がれておらず、その予定もこれまた残念ながら今のところない。
でも一人暮らしで自分の食欲を満たせて、それなりに自分が美味しいと思うものを作ることができるなら、それで十分じゃないか? と思う。別に下手じゃないし。ゆえに特に料理に関して課題を抱いたことはなかった。この質問を受けるまでは。

「料理するの?」

先日、異性と食事に行ったときだった。一人暮らしをしている、という話からこの質問が飛んできた。

「うーん、最近ちょっと仕事が忙しくてあんまりできてないけど、時間があるときはするようにしてるよー」と答えた。嘘偽りない事実だ。

相手はそっかー、と言い、私を悩ませることになる質問をぶつけてきた。

「じゃあさ、得意料理、なに?」

と、と、得意料理……?

私の頭は一気にパニック状態に陥った。得意料理、ない。そんなもの、持ち合わせていない。
とりあえず最近料理したものでも挙げておこうかと思い頭をフル回転させてみたけれど、ゆで卵を茹でたのとレタスを割いたのくらいしか思い出せない。あ、あと米洗って炊飯器のボタンも押したな……、って、そういうことじゃない。これは料理じゃない。違うはずだ。
仮にゆで卵を料理にカウントしたとして、でもこれを得意料理としてしまうと「いや、料理全然せんやんか……」と思われてしまう。違うんだ、そうじゃない。料理はするんだよ、最近してないけど、料理はするんだよ。でも、得意料理と言えるものがないだけなんだよ!

もう少し過去を遡って、自分が何を作っているのかを思い返してみた。

カレー、ハンバーグ、親子丼、卵焼き、パスタ……。

意外とあるけれど、どれも得意と胸を張って言えるものはない。カレーなんて、スパイスから作るならまだしも、私が鍋にぶっこむのは、日本人ならお馴染みの、リンゴと蜂蜜がとろりと溶けているあのカレールーなのだ。隠し味も特になく、野菜と肉を切って鍋に放り込み、あとはグツグツと煮るのをたまにかき混ぜながら見ているだけなのだ。これを得意料理とするならば、世の人々の得意料理はほぼもれなくカレーと言えてしまうだろう。

ハンバーグに関しても自信はない。いたって普通なのだ。だってレシピ通りに作っているから。親子丼も出汁は食品メーカーから発売されているものに頼っているし、卵焼きもめちゃくちゃフワフワで絶品かと言われると自信が持てない。パスタも……以下同文。

いや、ないわ。やっぱりないわ。
私、得意料理、持ち合わせてないわ……!

「特にこれっていう得意料理はないけど……、だいたいレシピ見たらなんでも作れるから下手ではないと思う……」と眉間に皺を寄せながら答える私。だが彼はまだ諦めていなかったようで、「じゃあ、友達が家来て、なんか作ってよ~って言われたら何作る?」と追い打ちをかけてきた。いや、友達来てそんなん言われたら、ピザの宅配かコンビニ買い出しの二択やがな……。

こうして「得意料理、なんて答えるのが正解なのか問題」が勃発したのだった。ああ、また悩みが増えてしまった。

こんなとき、頼りになるのはやはり友達だ。それも、男女両方の気持ちがわかると言われている、ゲイの友人だ。彼に女性が得意料理を聞かれたときに、なんと答えるのが一番模範的で正解なのかを問うてみた。

「……照り焼きやな!」

いくつか候補を挙げてくれ、最終的に下してくれた答えが、照り焼きだった。
調理方法もそんなに難しくないし、だから失敗しにくいし、まだ自分たちの歳だとがっつりしたもの食べたいし、かと言って唐揚げとかチキン南蛮って味の好みちょっと分かれると思うし、肉じゃがは今どきあざといし、トータルして一番今から練習しやすくて得意料理です! って最短ルートで言えるようになるのって、照り焼きが最強やと思う! とのことだった。

……なるほど。というか、やはりゲイってなんかすごいな。なんかが何かというのは上手く説明できないけれど。視点がたくさんあるというか、どちらの面も理解ができるというのは、本当に頼りになる。特に私みたいな男心のわからない人間にとっては。とにもかくにも、私の「得意料理なんて答えるのが正解なのか問題」はこれにて解決した。

「よし、わかった! 私今日、晩ごはんに照り焼き作ってみる! ありがとう!」と友達と別れ、鶏肉を買って帰宅した。さて、作るぞー! と張り切って調味料の棚を開けた。

……ない。調味料、全然ない。

なぜだ……自分ひとりで住んでいる家なのに、なぜこんなに綺麗に調味料がなくなっているのだ……。

私はハッと思い出した。そういや定期的にくる「断捨離したい欲」に任せて、ぽいぽいと物を捨てたのは3月だっただろうか……。そしてその中に、そんなに大して使わなかったものと、消費期限が近付いている調味料を、綺麗さっぱり捨ててしまったような、そんなような……。忙しさにかまけて料理をする頻度が減ってしまったので、なくても問題ないと思い捨ててしまったような……。みりんや料理酒はまだわかる。でも、醤油さえもない。さすがに捨てすぎな気もする。

照り焼き作るうんぬん以前の問題やな……。ひとりの家で、思わず声がこぼれた。
週末は、とりあえず調味料を買い出しに行こう。そう決意した、日曜の夜だった。


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