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#6派遣の仕事探し【悔しすぎる言葉を言われて泣いた】



こちらの続きです。


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毎日、変化や成長のない仕事の生活に飽き飽きしていた私は、「忙しい仕事」がしたいと思った。

春から娘の幼稚園に週1回、親子でプレスクールに通えることが決まったので、平日フルで働けるのもあと数か月。

いっそ、短期で条件のいい仕事がないかと派遣会社4社に相談し、複数提案して頂いた。

事務系の正社員からコールセンターのパートに転職した時は、事務仕事に関する嫌悪感みたいなものがあったので心のどこかで避けていたのだが、今回は別に事務でもよかった。

となると事務職は求人サイトで募集しているようなパートより派遣の求人の方が圧倒的に充実しているので、登録していた派遣会社へ連絡を入れたのだった。


|派遣会社で仕事を探す


派遣会社に「遅くても17時半終業で、残業なしで土日祝休みのいい仕事ないですか?」と電話で相談すると、いい条件に合ったものをメールや電話で紹介してくれる。

無理そう…と感じたものは具体的にそう思った部分を正直に伝え、より自分に合った仕事を待つ。

いいかも!と思った仕事は、選考に進みたいですと伝え、派遣会社内の社内選考に進む。

私以外にも声をかけている人はいるので、社内選考によって応募者の中から一番仕事ができて続きそうな人を探しているのだと思う。

そのため保育園に預けている子どもがいるという点はここで不利になる。子どもの体調不良の心配が無かったり、もしもの時に残業を頼める人の方が明らかに派遣会社としても顔がいいだろう。

(私の勝手な推測含む)

社内選考が通ると、私は安心できる。あとは就業先の会社へ派遣会社の担当者と顔合わせという名の面接に行って、お互い認識の違いなどがなければ「お願いします」となるはずだ。

なので派遣で求人を探す時の山場は社内選考なのだが、ある派遣会社2社から同時に「社内選考が通りました」と連絡が来た。


|求職中悔しかった言葉


2社の仕事はどちらも魅力的だったがすべてを比べた時に、第一希望と第二希望の差があった。

もちろん第一希望に行きたい私は、第二希望の会社に少し時間をくださいと伝え、第一希望だけ「よろしくお願いします。」と伝えた。

そこから何とも時間のかかること…!

就業先では複数の派遣会社に求人を出していたらしく、私と別の派遣会社の派遣さんの第二選考が行われたのだ。

結果を待っている間、第二希望には待っていてもらっていて私は焦っていた。

もし選考に落ちて第二希望も流れてしまったら、また仕事探しは一からだし、想定してた仕事開始日に間に合わないし、どうしよう…

第二希望から「まだですか?」と連絡が何度も来て申し訳なさと焦りでマックスになった私は、賭けに出た。

―――

「私が通る可能性はどれくらいですか?」

「ほぼ確定だと思うんですけど向こうからの正式な返事を頂けていなくて…」

―――

と、第一希望の担当者とやりとりをした段階で第二希望を断ったのだ。

「別の派遣会社で選考が進んだので、今回はお断りします」

すると、

「はぁ~~(深いため息)。別の会社で仕事進んでる時に、応募しないでもらえますか?あと、職歴短いからしっかり続けられるとこで働いたほうがいいですよ?次回から気をつけてください。失礼します。」

と言われた。出先だったのだが、悔しすぎて涙が出た。家だったら嗚咽しながら思いっきり泣いてた。

職歴短いという自分でも一番突かれたくない所を、月のようにえぐれたナイフで一突きだ。

心がズーンとなっていたら、2分もたたないうちに再び電話が鳴った。

「別の方が、残業可で18時までOKだったみたいで、今回は無しになりました…」

ブラックホールに吸い込まれたように、お先真っ暗になった。さっき確定って言ってたよね?!とも思ったが、第二希望を断る決断をしたのは自分だし、働ける条件を狭くしているのも自分だ。

今の状況から考えて私がやるべきことはただ一つ。

「先ほどお断りしたお仕事なんですけど、まだ可能でしたらやはり選考を続けたいです」

と、月のナイフを振りかざしてきた担当者へ電話したのだ。

さらに屈辱だったのが、「どうしてですか?」と聞かれた時に

「先ほどの言葉を聞いて、自分で考え直したのですが、お待ちいただいてた状況で非常識かと思いまして…」

と認めたくもない非を伝えなければならなかったことだ。

悔しすぎて、声は震えていたと思う。


何が悔しいのかというと色々あるのだが、このような仕事探しをしている自分の状況だったり、職歴が短いことに対する劣等感だったり、スキルや職歴のない自分自身だったり、いままで見て見ぬふりをしてきた部分に対してで、悔しい気持ちが大爆発した。


でも、一ついいことがあった。私はまた一つエネルギーを得たのだ。

私の原動力は常に悔しさだ。煮えくり返るほど大きな悔しさほど、私のエネルギーとなるものはない。

そして決めた。

この仕事が終わったら、自由に働こう


職歴が少ないこともスキルがないことにも劣等感を抱かなくてすむように、

23歳で子どもができたことでキャリアが失われたと思わないですむように、

家族との時間を何よりも思いっきり大切にできるように、

自分に自信を持てるように、

私にしかできないこと、私だからできることをやってやろう。


そう決めたのだ。


ちょうど短期だし、準備期間として頑張ろう、とモチベーションを上げつつ、私の事務生活は始まった。



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