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オーストラリア2400km自転車旅43日目🚴

43日目   「パース」

・・・長い夜だった。空が明るみだした。
見上げると雲ーつ見当たらない。
この分だとすぐに暖かくなりそうだ。良かった。

足をしっかりマッサージして、ストレッチも念入りにし、サポーターをつけた。
長袖を脱ぎ、下にきていた黒のTシャツも脱いで、一番お気に入りの元白のTシャツを着た。
思いっきり毛伸びをし、それから頬を2回パンパン叩いた。

ジーン、、、寒いから頭に響いた。

「さてさてゴンゾー、今日は160キロ。。。これで最後だ!」


そう言って漕ぎ出した。眠さは不思議とそれほど感じなかった。きっと緊張していたから。

最後の日にふさわしく、風は向かい風。
でも、真夏の向かい風とは色が違う。全然戦える。
筋肉の調子はすごくいい、躍動感があった。

ガンガン漕ぎ進んだ。もう明日のことを考える必要はない!
例え膝が壊れても、大丈夫。

もくもくと休憩を入れずに漕ぎ続けた。走るにつれて、風景がだんだんと街らしく変わっていった。
道路を通る車も途切れることなく連なって走っていた。

確実にパースが奥にある。。。

もう本当に自分だけの時間と空間を、あの恐怖の先にあった孤独な自由を味わうことはできないな・・・

喜びと寂しさが同じ速さで膨らんでいく。

道路は完全に整備され、何車線もある幅の広いものに変わり、交差点も、信号も目に入るようになった。

パース15キロほど手前で、火事に遭遇した。大きな交差点脇のブッシュが燃えていて、煙がもくもくとあがっている。

その煙で前方はまったく見えなかった。
まだ消防車も来ていなかったし、サイレンすら聞こえていなかった。

・・・迷ったあげく、まっすぐ進んだ。
その火は思いのほか広範囲で燃えていたようで、走っても走っても煙を抜けない。
気付けば前も後ろも右も左も何にも見えなくなってしまった。
一分ほど走っても抜けず、苦しくなってきたので引き返そうか・・・と一瞬漕ぐことを止めたが、また後ろに一分間かけて煙の中を走るのは嫌だと思い、前に進んだ。
約30秒、息を止めて漕いでようやく抜けた時には生きた心地がしなかった。

「バカヤロー!殺す気か!」

後ろを振り返り、中指を立て息を切らしながら叫んだ。

・・・そのうちに、俺とゴンゾーはすっかり街に囲まれていた。

・・・最後の太陽は、建物の裏側にもぐった。

「おい!最後の戦いだってのに、あっけない野郎だな!
・・・・今日はもう少しお前と語り合いたかったのに・・・」

あぁ・・・寂しい。

歩道を勢いよく走っているとゴンゾーの前輪がパンクした。
初日以来一度もパンクしなかったゴンゾー。

パースの中心地まであと10キロのところでプシューっと抜けた。
歩道の脇にそれ、芝生の上にゴンゾーと共に腰を下ろした。

「ゴンゾー、よくがんばったな!」

タイヤの中からチューブを取り出し、穴を見つけ、のりを付けてパンクシールをそこに貼った。

そののりが乾くのをゆっくり待っている間、夕日で赤く染まったビルや、行き交う歩行者を眺めていた。

空が急いで暗くなろうとしている。少し目の奥が熱い。

修理を済ませ、しっかりと空気を入れなおし、ライトを点して再び走り出した。

いくつかの橋を超え、

いくつかの信号で止まり、

いくつかの高いビルを横目に走り続けた。



・・そしてとうとう俺は、恐らくここがパースの中心街であろうというところに着いた。。。

あくまで念のため、行き交う歩行者の1人に尋ねた。
「ここは、『centre of Perth』 ですか?」

「yeah」

あ、やっぱりそうなんだ。

「・・・あらまっ、着いちゃったよ。」

達成感・・・体の中のどこかにあるのは感じながらも、
拍子抜けな感じだ。

・・・・

正確に、どこどこの噴水、とか何々ストリート、と言うふうにゴールを決めておくべきだった。

今にも出そうでなかなか出てこないくしゃみのように、涙や感動や達成感の大きな塊を、喉元につっかえたまま、、、

しぶしぶBPを探すことにした。

『レインボーロッジ』というBPがパースにはあって、そこがすごくいいよ、と誰かに聞いた覚えがあった。
レインボーロッジ・・・その名前もいいな、と思っていた。

人に聞きながらそのBPを探した。
街の中心部から少し離れた高台にあり、静かで、いい雰囲気だった。。

受付で、一晩泊めさせてください、と言うと

「あなたひょっとして自転車でブルームから来た人じゃない!?」
と、受付のメガネをかけた女性にそう言われた。

「何で知ってんの?」と聞くと、前ここに停まった人が自転車でパースに向かっている人がいるって話していたということだった。
シュンはひょっとして前ここで泊まったのか、と思ったが、疲れていたのでそれ以上深くは聞けなかった。

彼女は俺を部屋まで案内してくれた。何だか廊下が入り組んでいて迷路みたいだ。

「ここよ!」

彼女はドアの前で立ち止まり、シーツと枕カバーを俺に渡すと

「空いているべッドを使ってね」
と言って、帰っていってしまった。

ゆっくりドアを開けた。。。

中は意外に広く、2段べッドが右に左にと壁に沿って配置されている。で、その真中のあいたスペースに、日本人の女の子が3人、あぐらをかいて会話をしている。

化粧品の匂いがプンプンする。

日本語の音楽をスピーカーで流しながら。。。

俺は・・・状況を把握できないまま、その部屋に入る一歩をとても重く感じた。

なるべく目を彼女達と合わせないように気をつけながら空いているべッドを探した。

カップ麺のどんべいや、たくさんの化粧品が置いてあるのが目についた。

俺が放っている体臭がすごかったのか3人は急に黙り込み、
スピーカーから流れている音楽だけが響いた。。。

部屋は狭くなかったが、俺の空気を薄めるには小さすぎる。。。

シーツと荷物をベッドの上に置き、とりあえず部屋を出た。

受付の所に置いておいたゴンゾーをBP内に入れてもいいという許しを得たので、
中に入れ、中庭の壁に立てかけカギをかけた。

「なーゴンゾー、ここは一体どこだ??

これが、
ここが、
パース?」

何て言えばいいのか、別に不快ってわけではないが、快でもなかった。

環境の変わり方が急激すぎた。

「まーいいや、深く考えないでおこう」

とにかく3日ぶりのシャワーを浴びた。

それからカバンの中に入っていた最後のツナ缶を取り出し、蓋を開けた。
ツナのブロックを一枚一枚めくりながらゆっくり噛みしめた。

あぁーこの味、ほんと飽きずによく食べたなぁ。

これのおかげで足ガチガチになった!

それを食べ終え、手を合わせて
「ごちそうさま」を言った。

・・・ん?『ビール』飲みたいな。

どうしても飲みたいと思った。
受付の彼女をまた探し、この時間にお酒を買えるとこはないか尋ねた。
時間は9時を回っていて、近所の酒屋は閉まっているという。

この旅の節目としてビールがスイッチになる気がした。

迷ったが、先ほどの部屋へ行き、日本人の子達に

「ビールを1本売ってくれないかな?」

とお願いした。俺は目を会わすことができず視線をそらした。
・・・どんべいを見つめて何秒たったか分からなかったが、、、

ようやく一人の子が

「私もってるよ」

と言って、キッチンまで行こう、
と案内してくれた。

この時間のキッチンは薄暗かったが、その方が落ち着いたし、やっと彼女を直視することができた。

よく見るとニコニコしていて、別に警戒されている表情でもない。
冷蔵庫から1本ビールをとり、くれると言うのだが、買って飲みたいと言って、2ドルを彼女の手に押し込んだ。

それで、再びゴンゾーのところへ行き、傍に座り込み、目を合わせた。

「ゴンゾー!お疲れさん!乾杯!」

ビールの栓をプシュッと回し、ゴンゾーのタイヤにかけた。

「うまいか?」

そう聞いた後は、一気に自分で飲み干した。

「うまいな!」

しばらくの間、アルコールが満遍なく体の隅々に行き渡るのを感じた。

「あまり実感ないけど、俺たちとうとう成し遂げたみたいだ。お前も壊れていないし、俺も死んでない!」

「・・・おい・・・なんか言えよゴンゾー」

「・・・まーいいさ、お前が何も言わなくとも、俺はお前に言いたいよ」

「・・・ありがとう」


部屋に戻り、べッドにシーツを敷き横になった。

俺は酒に強くないから、1瓶のビールで頭の中がクルクルだ。
目をつぶってみたがしばらくは眠れそうになかった。

同じ部屋にいた女の子達の話し声が聞こえる。

「ねー・・わた・・元彼・・・好き・・」

「超いい・・・じゃん・・・」

「最近・・・肌・・・ガサガ・・」

「お腹す・・・で・・ダイエッ・・」


・・・ここは一体どこなんだろう??


なーゴンゾー


なーシュン・・・


・・・俺は何をしてたんだろう??


涙やら感動やら達成感の塊は、相変わらず喉元につまったまま、上にも下にも行こうとしなかった。。。

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