飛行機へのペット持ち込み議論の論点を整理する
正月に発生した旅客機火災事故で、貨物室に預けられていたペット2体を救出できなかったことを受け、著名人による「ペットを客室に持ち込めるようにすべきである」という発信が相次いだ、という件。
まあ私としては、影響力のある人がモノを考えずに安直なことを言うなよ、と思うばかりであるが、この議論を少し整理したい。
まずこの議論のズルいところは、『動物愛護』というピースフルな単語を盾にすることで、賛成する人は優しい人、反対する人は動物の命を物のように扱う優しくない人、というレッテルを貼ってしまう感情論が先行してしまう点。これは議論をおかしな方向に導いてしまうので非常に厄介である。
そして、一番重要な点は、預け入れる場所(貨物室/客室)の議論と、非常時の脱出方法の議論は別、ということ。ここを理解できていないままに、発信力の高い人がコメントしてしまうのが非常に残念だ。
両方の議論にまたがって、『客室に持ち込んで一緒に脱出』は、動物愛好家の方には残念ながら、あり得ない結論なのである。
⓪公共交通は「他人と乗り合わせる」乗り物であるということ
公共交通は、他人と平等に乗合うことで動いている。誰か一人の意見を融通することはできない。それが生きるか死ぬかの緊急事態であればなおさら、最上位のプライオリティは人の命を守ることなのである。議論をする前に、これが飛行機に限らず、全世界共通の非常時の共通認識であるということは肝に銘じたい。
①ペットを預け入れる場所をどこにするか
まずは現在のルールを確認する。国内にはなんだかんだでたくさんの航空会社があるが、全部調べるのは面倒くさいので、代表的な最大手2社(JALとANA)の輸送約款に定められた内容をみていく。
なお、約款とは簡単に言えば、「弊社がお客様を運ぶ条件はこうです、事前に了解してくださいね」という意思表示であって、切符を買った時点で、この約款に同意したとみなされる。これは鉄道でもバスでも船でも同様である。
見事に同じことが書いてある。愛玩動物=ペットとは、人間に飼いならされた動物であって、会社に引き渡される荷物(貨物室に入れるもの)として扱う、ということである。
まず、この”約款”というものの視点からは、
約款に同意しないのであればその会社を利用せず、自分が納得する航空会社を選ぶべき、という大前提がある。
つまり、切符を買った時点でこの約款には同意したことになるのだから、約款を読んでいない自分の失点を棚に上げて後から文句をいうというのは、大人の世界では認められないのである。
次に、なぜ航空会社が機内持ち込みを認めていないのか、という点である。当然これは航空会社の職員ではない私としては推察にしか過ぎないのだが、大きく2点が思いつく。
1つめは運行上の支障の回避である。動物は人間と違って、手を使えないのでなんでも口に咥えてしまうが、仮にゲージから脱走でもして、装置や配線などをかじってしまったら上空で大変なことになるし、大声で吠えて乗務員同士のインターホンや、ほかの旅客への声かけが聞こえなくなったら非常に厄介である。人間でさえ人の言うことを聞けない人がいるというのに、どんなに訓練したペットであっても飛行機のなかという慣れない環境下で、動物を思い通りに動かせるわけがない、というのは想像に難くない。
2つめは、ほかの旅客との共存。世の中には、動物が苦手な人がいる。単に怖いとか苦手だという人だけでなく、アレルギーを持っている人もいる。アレルギーも程度によるのだろうが、人によっては健康状態に重度に影響を及ぼすため、医療環境の限られる上空での危険はできる限り排除したい。
……と、素人の私が考えるだけでも、ざっとこんなところは容易に思いつくのだ。
こういった経緯からペットは貨物室で、ということになったのだとすれば、私はこの取り扱いを継続することに賛成である。
②どうやって脱出するか
一番肝心な、「非常時の際にどうやって脱出するか」ということ。
真意は察するしかないが、『多くの著名人がペットを客室に(以下略)』というのは『羽田の事故を受けて』ということなのだから、要は、一緒に逃げられればいいね、ということなのだろう。果たしてそれは可能なのだろうか。
では、現状の2社の脱出時の注意点を見ていく。
見事に同じ内容が書いてある。要約すればひとこと「手ぶらで逃げろ」ということである。残念ながら、これはもう揺るぐことはないだろうし、私は絶対に変えてはならないルールだと思っている。ペットを連れていようが、スーツケースに世界にただ一つの超お宝を入れていようが、大事な先祖の遺品を持っていようが、国家元首だろうが一般庶民だろうが、どんな条件であっても、手ぶらで脱出なのだ。
なにより、今回の羽田の事故で、乗客乗員が全員生還できたのは『”手ぶらで逃げろ”が守られたから』なのだから。
ではなぜ、脱出時は手ぶらなのか。
これも私としては察することしかできないが、3点。
1つ目は、脱出シューターが風船だから、という点。風船という表現が正しいかはわからないが、空気で膨らむものということでは概念は同じだろう。あなたの身の回りに割りたくない大切な風船があったら、尖ったものや、硬いものから離すだろう。犬や猫の尖った爪や牙、ゲージの角、こういったものが危険因子なのだ。「ウチの子はこまめに爪を切っています」なんて主張は通らない。脱出シューターは、生きるか死ぬかの瀬戸際で、ただ一つしがみ付くことができる、「蜘蛛の糸」のようなものだ。ハイヒールでさえ脱げと言われているのは、できる限り、危険の可能性は排除するということ。その”糸”が切れてからでは、もう遅いのだ。
2点目は、そのシューターがそのまま船になる、ということ。
仮に事故が起こって海に不時着したとすると、この脱出用のシューターを、機体から切り離して簡易ボートにすることで、救助を待つ(らしい)。
飛行機の出口、つまりボートの数は大型機でもせいぜい6~8か所で、そこに300人が分乗するのだ。人間を乗せるだけで精いっぱいだ。
3点目は、言葉にするより、JALのHPに乗っていた絵を見るのが分かりやすい。
航空の世界には、90秒ルールというのがあるようで、脱出シューターが展開したら、90秒で旅客が脱出できるように訓練をする、というもののようだ。
しかし、300人乗りの大型の飛行機であっても、機内に通路は2本。猶予はたったの90秒。単純計算でも、1秒あたり3~4人が脱出しないと間に合わないなかで、今回のように火災が起きて逃げ場が限られるケースもある。そこであなたがペットを抱えたいがためにたった1秒通路を塞ぐことで、数百人の命を危険にさらすのだ。この行動こそ、「この蜘蛛の糸はおれのものだぞ」といって他人を排し、もろとも地獄に転落したカンダタの行動に他ならないのである。(ペットじゃなくてスーツケースでも一緒。)
よって、仮に客室にペットを持ち込んだとしても、一緒に脱出はあり得ないのである。
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(おわりに)「権利」と「わがまま」の線引き
誰にだって意見や主張する「権利」はある。しかし、その主張によって、誰かの権利や利益が侵害されてしまうものは、それは正当とはいえない。そのラインを越えてしまったら、それは権利や自由ではなく、わがまま・自分勝手ということになる。
公共交通が他人と乗り合わせる空間であるという性質上、他人の命を危機に追いやってしまうことは許されない。まして、飛行機という地上とは著しく異なる環境にペットを連れ込んでおきながら、逃げる時だけ一緒にいられないのは優しくない、というのは都合がいい話である。
じゃあ地上の新幹線にペットを乗せて移動をすればいいかいえば、そんな単純な話ではない。新幹線だって、他人の乗りあう空間であり、非常時に人の命を守るという優先順位は変わらないのだから、非常時に人間もペットも同じように避難するという環境を作りたいのであれば、自家用車などの他人と共有しない空間で移動するほかないのである。
(余談1)私も犬や猫は好きです。
(余談2)航空業界の裏側や脱出のイロハは、「CREWでございます!」というシリーズの漫画によくまとまっていて、おもしろいです。回し者でもなんでもないですが、参考にした部分もあるので、載せておきます。https://mangacross.jp/comics/crew
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