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医学部の地域枠入試を受けるべきか?


最近こんなニュースが話題になっています。好意的に受け止める非医療者の声も、多いように思います。


地域枠入試とは、特定の地域(その県で医療資源の少ない地域、いわゆる僻地)で6-9年働くことが条件になっている入試形態です。
一般的に奨学金と抱き合わせになっており、金銭的援助があり、上記の条件をクリアすると免除になります。入試枠が一般枠と別になっており、チャンスが1つ増える上に、ハードルが低くなる傾向にあります。

奨学金や難易度といった理由で、地域枠を検討したり、教師や保護者から勧められる場合も多いと思います。

私は現役医師ですが、地域枠入試を勧めません。後悔している人を少なからず知っているからです。

ここでは進路に迷っている高校生向けに、地域枠入試をやめた方がいい理由と、例外として地域枠入試をしても良いかもしれない人の条件を書いています。



1. 制度上の問題


少し退屈な項目だと思いますが、より実際を知ってもらうために、先に制度のことを話します。
地域枠の概略ははじめに書いた通りですが、それに加えて離脱を防ぐ仕組みがあります。
詳しくはこちらですが、違反した場合に、「年利10%ほどで増えている奨学金を」「一括で」「即返す」というペナルティが以前からありました。

よく現状の制度を知らない人は、「卒業するときに返せばいいじゃん」と言います。仰る通り、資産がある家なら可能な額ですし、借り入れて返すことも可能と思われます。
しかし今後は難しく、少なくとも地域枠を検討している段階の人はほぼ不可能だと思ってください。
理由は、お金を返して離脱する人が多く、規制が強化されている傾向にあるからです。

より理解するために、脱線しますが「専門医制度」という話をします。
医学部を卒業した後は、2年間の初期研修があります。初期研修では、各診療科(内科、外科、小児科etc)の最低限の知識を身に付けるため、色んな科で順番に働きます。
その後に専門医研修として、自分の希望する診療科を選びます。

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初期研修と違って、専門医研修は必須ではありません。
しかし数年前から、医師の質の保証のために新専門医制度が始まっています。それまでは各学会が定めていた専門医を体系化し、専門医機構という組織が一括して管理するようになりました。

質の保証という目的である以上、今後は就職する上で、専門医資格がさらに重視される傾向に変わっていくと予想されます。
(必須にはならないと思いますし、なくても専門性を持って働いていくことは可能ですが、少数派になると思います。)


ここで話が戻ります。
地域枠を離脱したペナルティとして、専門医取得を制限するという方向に変わっています。現実としてキャリアがかなり制限されることになります。

離脱した医師を雇った研修病院にもペナルティが課せられるようになっており、ほぼ離脱不可能と思った方が賢明です。大学によってはそもそも離脱自体を認めていないところも多いです。

実際に離脱した場合の要件など詳しく入試要項に書いていない県もある印象です(実県の担当者から説明があるのかもしれませんが)。
利率や条件が県によってバラつきがあるため、比較してみてください。


奨学金に関して

返済不要の奨学金は魅力に映るかもしれませんが、医師になるのであれば、返済が難しい額ではありません。奨学金は拡充されつつあるので、奨学金を目的に選ぶのはデメリットの方が多いです。

そもそも、離脱した場合の利率がサラ金・リボ払い・カードローン並であり、一般的な奨学金と比較して法外に高いです。

↑ 奨学金の検索サイトです ↑

教育に関して

地域枠と似た仕組みに、自治医科大学の制度が挙げられます。自治医は僻地医療の充実のための大学であり、教育システムやネットワークも確立しています。
それに比べると、地域枠は完全にただの「枠」であり、僻地医療のための教育などは貧相です(少なくとも自身の大学ではそうでした)。
自治医はそのシステムから選択肢としてアリだと思いますが、地域枠はナシです。


2. キャリアの問題


さて、個人にとっては1番大切な部分になります。私が知っている中では、キャリアで悩んでいる人が多い印象です。
制度上の問題で書いたように、離脱はほぼ不可能という前提で述べます。

まず地域枠は研修先が限られます。初期研修は県外で可能な場合もありますが、専門医研修は指定された中から選ばなければなりません。
自分のやりたい専門が、その指定されている中で学べるかどうかは分かりません。
例えば「小児科」と言う大雑把な括りだと可能でしょうが、「小児の血液疾患(白血病など)」まで細分化すると難しい場合があります。
この細分化した興味まで決まるのは、現実的には医学部の高学年から初期研修期間(入学から5-8年後)以降だと思います。

また、医学部の高学年になると、専門性に加えて、「病院の強みや弱み」「自分の希望する働き方」が徐々に見えてきます。それまでは情報が入ってこないですし、容易に変わります。
専門分野はクリアしていても、研修環境の希望を満たす病院はないかもしれません。地域枠の中で診療科まで入学時に決めてしまうものがありますが、リスクが大きすぎると思います。ただの博打です。


少しそれますが、自分の話をさせて下さい。
私は、「国境なき医師団に行きたい」と思ったのが医学部を目指したきっかけで、高校生の頃から小児科を希望していました。医学生の頃、ある自治医出身の先生にも言われましたが、明確に目的があって医学部を目指した方だと思います。
国境なき医師団が向いているかわからなかったので、初期研修は救急車が多く、研修医の裁量が大きい病院を選びました。その結果は「向いてないっぽい」でした。

その一方で、初期研修中の経験から、小児の虐待や発達障害に関心を持ちました。虐待の分野に強い病院は少なくて、特に自分のように医局制度が好きではない人にとっては、ほぼ地方には選択肢がありません。もし自分が地域枠であれば、義務期間が終わるまでやりたいことを諦めざるを得なかったかもしれません。


さて脱線しましたが、キャリアの問題にはもう1つあります。
病院以外のキャリアが選べないことです。
「他人を健康にしたい」という目的でも、医療以外にも選択肢がたくさんあります。そもそも学んでいる上で向いてないなと思ったり、他分野に行きたいと思うかもしれません。
医学部を卒業した上で、病院以外で働きたいと思うかもしれません。具体的には起業や企業、行政分野が挙げられます。病院で働くことを完全に捨てるのであれば不可能でないかもしれませんが、金銭的ペナルティを考えるとハードルが上がります。

制度の記載上では休学や退学もほぼ難しいです。やむを得ない場合もあるので出来ないわけではないでしょうが、情報がなく分かりません。他の分野を学んでみたいという理由では出来ないでしょう。
また、留年(医学部では多い)する可能性も検討する必要があります。


3. 生活の問題


キャリアに比べると主要ではないかもですが、無視できない問題です。
居住地が限定されるので、家族が出来た場合に問題が浮上します。
少なくとも6年間なので、義務が終了するのは最短で30歳です。
家庭ができている人も多い年齢ですが、育児上や教育上の理由で居住地を選びたいと思っても難しいでしょう。
どれだけ魅力的なところがあったとしても(最近だと兵庫県明石市の児童福祉は有名です)、県外なら不可能です。

より揉めやすいのは、パートナー問題です。
医学部では、正しいかどうかは置いておいて、同じ大学内で結婚相手が決まるケースが多いです。

自分に勤務地の縛りがあった場合、相手の希望と合わなければ悲惨です。よくて遠距離です。こういった進路上の理由で破局するケースも少なからずあったような印象です。



4. 医療制度の方向性の問題


ここまで、個人にとっておすすめしない理由を述べてきました。

この項では、あまり言及している人はいませんが、医療制度全体について述べます。

地域枠は、医師が少ない地域を増やすためのものです。何個の県で導入されていると思いますか?

答えは、全てです(私立含む)。詳しくは、こちらをご覧ください。


日本は、OECD諸国と比べて、医師が少ないです。養成数も少ないので、増やす気もありません。
医師偏在が問題になっていますが、人口1,000人あたり2-3人の間に収まっており、相対的にさほど地域間での差はありません。
全体として少ないから、過疎地はより少ないというだけです。

参考:OECD Health Statistics 2021. (医師偏在に関しては、Regional Social and Environmental indicatorsという、HealthではなくRegion and Citiesの項目にあります)

ただしOECD dateに関しては、集計や対象データのバラつきなどから厳密な比較にはデータ精度が適さず、地域間格差に関しては個人の開業医を除いて中小病院に限定すると成り立つかもしれません。

私は、個人を縛るよりも、まず養成数を増やすべきだと考えます。
医学知識は病院の中でしか通用しないものではないので、病院以外でも就職できるようになれば、ヘルスケア産業も盛り上がり、国としても悪い話ではないはずです。


僻地に医師を増やす必要があるとして、それを高校生を縛ることで増やすのは、人権という面で、最も下策だと考えます。
まずは現役医師を増やす仕組みを考えるべきです。

賃金の差や、地方の病院の魅力・専門性などいくつか手段はあります。実際に魅力によって人を獲得できている病院も知っています。

しかしこのような手段はあまり取られず、医局人事に頼る場合が多い印象です。
この経緯など、典型でかなり興味深いです。)

現役医師に強制できないのは、日本医師会等の権利団体の働きも多いように思います。日本医師会は開業医団体という側面が強いので、別の方向かもしれませんが。


そして地域枠の人数は、自治体の医師需要推定で決まります。厚労省も同様ですが、医療政策の専門家がやってると思えず、この数自体が根拠に薄いです。

また1番根本的ですが、地域医療を含めた医療政策に関して、今後の方向性が不透明です。例えば、総合診療専門医の扱いが挙げられます。
新専門医制度で総合診療専門医が新設されました。イギリスのGP制度を参考にしているように思いますが、非常に中途半端で、その程度の養成数では実現できません。

地域医療にはデジタルヘルスも活用することで人員不足でも効率的に回せますが、そもそも電子カルテが病院によって様式が違う、病院間の情報連携がイマイチなど、ボロボロです。


長くなったのでこの項をまとめると、以下のようになります。

①医療制度的にも今後が見えず、人口減少の未来に向けて十分に設計していると思えない

②デジタルヘルスで人員不足を補うなどの代替手段も、取ってるうちに入らない

③医者自体が少ないのに増やそうとせず、地方には増やそうとしている。その手段は市場原理(病院間の競争)ではなく、強制力を使っている

④その強制的な手段が、現役医師(特に中堅以降)ではなく、主に学生対象になっている


最後に

複数の方向性から理由を挙げてみました。後悔している人を見てきているので、今の制度の流れを考えても全く勧めません。

ぶっちゃけ、説明段階の手薄さや、そもそもの義務期間の長さや縛りの強さ、契約後に条件が変わっている(新専門医制度との絡みなど)ことを見ると、訴えれば勝てるレベルでバグっています。

訴えるとその後に医者を続けるのは難しいですから(医師の働き方を労働基準法で訴える人もいませんよね。同じくパンドラの箱です。)、訴えてまで・・・という人は出てきません。

不満を持っていても、その後も働くためには従うしかありません。後戻りは効かないと思って下さい。



地域枠は、心から本当にお勧めしないのですが、とはいえ、例外的に検討してもいい人もいます。

それは一般枠で合格する学力が足りていなくて、かつ浪人できない明確な事情があり、医師を目指す理由がある人です。

受験のチャンスが、一度しかない人もいますよね。
金銭的理由や制度的理由からチャンスが制限されているのはとても悔しいですが、そういった人は検討しても良いと思います。夢を叶える大きなチャンスであるのも事実です。


繰り返しになりますが、デメリットが大きく、「合格が楽だから」、「奨学金があるから」といった理由だけで選ぶのは本当にお勧めしません。



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↑ デメリットまとめ ↑


私は何よりも未成年世代の幸福を最優先します。
地域の医療を守るためという大義を掲げて、未成年に苦しみを強要する仕組みは容認できません。
その大義を掲げるなら、もっとやるべきことがあります。「高校生に押し付ける」という安易な道に逃げるのは、大人として相応しくないと思っています。

出来るだけ多くの高校生たちが賢明な選択をしてくれることを心から祈っています。

今後どのように変わっていくのだろうか考えたり、データを参照したい場合は、厚労省の医師受給分科会の資料をご覧ください。
以下に一部ですが貼っときます。

https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000607931.pdf

https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000665193.pdf



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