コンプレックスはあってもいい
突然ですが、私にはコンプレックスがあります。
…というか、逆にコンプレックスを一つももっていない人の方が少ないと思います。
私自身も、数えきれないほどのコンプレックスを持っている人間の一人なのですが、
最近、そのなかでも特に自分の中で強いと感じているコンプレックスがあります。
それは、ぶっちゃけ「学歴」です。
言い換えると卒業した大学の偏差値です。
情けない話ですが、もしもう一度人生をやり直せるとしたら、もっと真面目に勉強して、もっと偏差値の高い大学を出たかったと時々思うことがあります(同じ大学を出ている方には申し訳ありません。偏差値にコンプレックスがあるだけで、大学自体は誰よりも大好きなくらい大好きでした)。
一方で、どうしても私は“何かを暗記すること”、つまり認知能力を測る物事(たとえば学校のペーパーテストや資格試験など)に対して苦手意識があり、
たぶんもう一度人生をやり直したとしても、結局きっと同じように上手くできなかっただろうとも正直思います。
たしかに学校というのは、学力で実力を測られる場所であり、学力というのは、少なくとも今の日本においては基本的には“認知能力”を指標として測られます。
ーーしかし、それがなくなるのが社会人なのかもしれない、と最近思います。
社会に出たら、その人の実力を測るものさしは、学生時代とは比にならないくらい多様化します。
コミュニケーション力、人間関係構築力、マネジメント力、リーダーシップ、プレゼンテーション力、課題発見力、ロジカルシンキング…。
必要なスキルは職種や仕事内容によりけりだし、しかもその仕事は自分の適正にあわせて自ら選択することができます。
だから社会人になった今、もう一度人生をスタートするような気持ちで、
もう一度ゼロから自分を積み上げていく気持ちで、
今までの自分がこうだったとか、自分はこれが苦手であれが不得意でとか、今までこう言う失敗をしてきてとか、
そういう今までの「自分」という概念を一度マッサラに取っ払って、リセットして、
仕事というものに向き合っていってもいいのではないかと、個人的には思います。
そしてタイトルにあるように、コンプレックスとは決してあってはならないものだとか、解消すべきものとかではなくて、
べつにあっていいものだと思います。
冒頭に書いたように、きっとコンプレックスを一つも持たない人の方がきっと稀だから。
コンプレックスがあるなら、そのままずっと持ったままでいればいい。
だけど一つ言っておきたいのは、自分の価値というのはたった一つのものさしで決まるわけじゃないということ。
これは、私が自分に対して言い聞かせておきたいことです。
学歴だけで、知性だけで、その人の価値が決まるわけではない。
こんな私にだって、パッとは思いつかないけれど、誰かにうらやましがられるような、自分の「強み」や「得意」がきっとあるはず。
だからコンプレックスはもったままで、勝負できる自分の「強み」や「得意」を武器にして戦ったっていいのだと思う。
それが学生にはない、社会人の特権なのかもしれないと思います。
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