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「short hair①」

「僕たち、付き合ってるんですか?」

その子と同じ年齢の時、私は似たような言葉を相手に発した。
どうしても居心地が良く離れられない相手だった。
年齢は10歳か20歳は離れていただろう、会えば会うほど安心してほどけるような、そんな人だった。


取引先の新人の子だった。
何をしても若々しくてオドオドして、それでも時折自分と変わらないくらいしっかりして、ふと気になってしまった。

大学卒業したて、みたいな見た目だったがよくよく聞けば大学は中退してバイトから何から屈折していた。
今の会社にはようやく就職できたらしい、特に仕事が出来ないわけでもなく不器用、それだけだった。
年齢は自分より10歳ほど離れていた。
色白で癖っ毛の手を離せばすぐにどこかに行きそうな、だけど芯はしっかりした子だった。

「昔の自分か?」
そう思ってしまうほどどこか似ていて印象に残った。
大学を入学したものの、すぐに体調を崩し休学、1度も行かずに休学期間ギリギリまで休養、そして1度も大学に行かずに退学した。
医者と自分の判断だった。
周りからは「もったいない!」と言われたものの体調を優先せざるを得なかった。
そんな遥か昔の自分を思い出すような青白い見た目と挙動不審さが溢れる子だった。
ただし自分は癖っ毛ではなく、その子が好きだという直毛のサラサラな髪の毛だった。


好きな音楽も映画も、時間があれば読書もしているらしく似たような趣味な子と仕事以外の堅苦しい話ばかりじゃ辛いよな、という思いでなんとなく話を振ってみたら意外と話す子であった。

「たまに趣味でDJしてるんですよ、レコードじゃなくてPCで。あ、もちろん自分1人で家でですが笑」

もう見た目でわかるようなバリバリの1人で楽しむ系の男の子だった。
電車の中でも街中でもヘッドホンつけてるくらい周りと接したくないみたいな。

「タチバナさんは休みの日だったり時間がある日何してるんですか?仕事終わりとかもですが」

自分の名前はタチバナである、今の会社には数件のバイトののち知り合いの紹介で入社した。
新しく入ってくる子は男女共々ことごとく退社し常に新人の立場であるが入社して何年もが経つ。
特に仕事が合うわけでもなくストレスにまみれているが「やってみないとわからない」そんなバイトが続かなかった経験から今に至る。
上司は男ばかりで言葉足らずだが自分にはそれが良かったらしいのと新人が辞めていく理由でもあった。
昔バイトをして女性だらけの職場でボコボコになっただけある、という話しでもあるが。

休みの日は夕方まで寝てそれから缶ビールやワインをあけて音楽を流しながら毎日ご飯を作りたくないので作り置きを酔いながら作っている。
洗濯や掃除は休みの前日に済ませそのまま飲みたいだけ飲んで寝ている。

なんて素直に言えるわけがない。
しかも自分は見た目的にお酒が飲めないような人に見られ会社の飲み会ではずっとお酒が弱いフリをしている。
入社当初からずっとで、もうある意味飲み会は演技だ。
二次会など行った事がない、なんなら心配されて帰されるのだ、理由はお酒を飲んでも赤くならずなんなら青ざめるから心配になるらしい。
周りの上司たちは日本酒を瓶ごと飲むような人ばかりであるが、自分も大して変わりはないのが本音である。
実際は帰されたあとに誰も行かないような飲み屋で1人で飲んでいる、席代も取ることのない小洒落た店である。
それがもう数年も続いている。
嘘の塊のような人間であるが仕事をしていたら、社会人を続けていたらある意味そうなるのかもしれない。
とにかく飲み会で眠そうにし青ざめれば一次会で即タクシーを呼ばれるようなそんなキャラにいつしかなっていた。

その事を誰にも言わなかったし言うつもりもなかったがツユキ君というお互いあまりいない苗字同士の間柄ついぽろりと話してしまった、この子ならなんかもういいかなと思ってしまったのが本音である。

正直ツユキ君は爆笑していた。
なんならお腹を抱えて膝から崩れながら
「あ、まじっすか?何かタチバナさん仕事と普段別な感じしてたんですよね笑。今度飲みに行きましょう?僕もお酒好きなんですよ、てかまじっすか?笑。僕の日常とあんま変わりないっすね笑」

そう笑うを超えて爆笑し、なんなら行きつけのお店が近い事も最寄り駅が近い事も知る。
なんなら流れで連絡先も交換してしまった。
しかも誰も知らないような小洒落たお店も知っていた。

素直に言う、引くに引けなくなったのとこんなに笑う彼の笑顔が可愛くてたまらなかった。

「あの小洒落たお店に髪の綺麗なボブの女性がいたことがあって、僕その人のことなんか忘れられないんすよねー」



その言葉がなぜか心に残った。




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