ひととせ

私には反省文で鍛えられた無駄な文才がありますので、幸い文章を書くという行為に対する苦は…

ひととせ

私には反省文で鍛えられた無駄な文才がありますので、幸い文章を書くという行為に対する苦は一切ございません。走馬灯のように駆け巡る記憶を、刻み込むよう、生き様を綴っていきます。

最近の記事

掌の月の眉

街灯が照らす街の影を踏んでいた。 今日も月は半分に欠けている。 こうして歩いているとどんどん月に近付いているような気になる。 15歳の頃学校の図書館で読んだ、まぁるく青い表紙の本に書いてあった。 今から約2300年前のこと、「地球が丸い」と初めに言ったのは哲学者であるアリストテレス。 彼は星や月を観測することによって地球が平面ではなく、球体であることを考え「月食の時に地球の黒く丸い影が映っていることから地球は丸いのだ」と説明していた。 また、ユーリイ・アレクセーエヴィチ・ガガ

    • 桜三月遊歩道

      緑が萌え芽ぐむ生の匂い。 生暖かな緩んだ死の匂い。 麗らかな遊歩道。 背をまあるくした黒猫。 白線を踏む二人の影に、 君のごまかし。 『記憶』 私はそれをとくに愛した。 電話先で震える唇さえも。 何故なら私が詩人だから。 有名画家の絵に火を付けたのも、 人との別れを好むのも全て、詩人だから。 私のような人間は桜を眺めこう言う。 「死にたくなる季節だ」と。 愛とは、温かなものとはなんだろう。 繋いだ手がむず痒く照れくさい。 そこにいるのにいないような。 そんな君との桜

      • 拝啓、十代の君へ───

        元気でいますか? 自分を大切に出来ていますか? 泣いていませんか? / 覚えていますか? 母の温もり、父の背中を。 守られていたあの時間を。 / 寒くないですか? 貴女に味方はいますか? 今、幸せですか? 終わりのような始まりの朝。 孤独と戦い、空の青さを知った十八の春。 友の優しさに甘え過ぎた夏も 流れゆくネオンの中出逢うあの人との秋も、 困難を駆け巡り白い息を吐いた冬もあったでしょう。 此処来て早十年。 今も月を追いかけ、寂しい夜は慣れません。 貴女が考

        • 向こう側

          橙色のような 桃色のような 菫色のような 18:35 18:55 19:05 19:20 五分置きくらいに見ていた。 白い鉄格子の向こうにある、 磨り硝子を、毎日、決まった時間に。 日が暮れゆくときを こんなにもゆっくりと 体感したことは無い。 とても、穏やかな時間だった。 夕食に出たとんかつが 胃の中で満たされているのか 眠たくなってしまった。 こんなに馬鹿な話はない。 (二〇二三年 五月)

        掌の月の眉

          配慮と無差別

          前世の記憶は無い。 どんなことをしたのか、雌なのか雄なのか人間なのか生き物なのかさえ。 何か良くないことでもしてしまったのだろうか。 穴だらけの落ち葉に目を落とし母の迎えを待つ。 見知らぬ誰かの母達が小さな命を抱き、井戸端会議をしている。 耳にまとわりつくような赤子の泣き声に苛立ちを覚え、視線やるとクリっとした瞳が私を覗いた。 まるで私の考えや心の中を見られたようなそんな気がした。 私の身体の一部は欠陥していて、他人からの視線がいつも怖いし、痛い。 それが自意識過剰だと

          配慮と無差別

          薄氷色

          空が宇宙と同じ色をしている彼は誰時に、こっそり一人ベッドからそっと静かに外に抜け出した。 某病院の屋上。 敷地は狭いがここが好きだった。 昼間は患者が多くいるが、夜に外出する者は居ないので、外の世界と寄り添うのに最適な場所である。 毎日寝起きする病室はどんよりとした空気感で、窮屈で湿っぽくとにかく息苦しい。 深く空気を吸い、吐き出すにはここが最高の場所だった。 結っていない細い髪が緩やかな風に靡く。 代償無しにあれ程にも美しく咲いていた桜は既に散っており、季節は夏を目指してい

          殺虫罪

          虫の羽を取ったり蜥蜴の尾を切ってみたりこのような体験は無いだろうか。 幼い頃、赤いランドセルを背負い一人歩く学校の帰り道でよく硝子の破片やビー玉を見つけては家に持ち帰り母に自慢していた。 キラキラとしたものが好きだった。 春はホトケノザの蜜を吸いながら歩いた。 私はこれを吸うことに対しちょっとした贅沢のように感じていた。 蛇に出くわすのを恐れるのにオタマジャクシや蛙を見るのは好きだった。 運動会のある秋には新しく買ってもらった靴で栗の苞葉を両足で剥いて汚したり、友人とグリコ

          僕の春

          昨夜は風が強かった。 「この辺りだったかな」 よいしょと口に出しながら重たい腰を下ろし、胡座をかいた。 見上げると八重桜の木と木の間からちらりちらりと薄月がこちらを見ている。 年に一度、君と桜を見る。 付き合った頃からそうしていたが今は違う。 350mlのビール缶と、君の好きだった駅前のドーナツを持って一人でここに来る。 約六十年、彼女と過ごした幸せな毎日を思い出そうとするが、朝ご飯に出てきたしょっぱい卵焼きよりも先に浮かんでくるのは恍惚とした瞳と最後の言葉だ。 あと何年こ