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薄氷色

AM4:19

空が宇宙と同じ色をしている彼は誰時に、こっそり一人ベッドからそっと静かに外に抜け出した。
某病院の屋上。
敷地は狭いがここが好きだった。
昼間は患者が多くいるが、夜に外出する者は居ないので、外の世界と寄り添うのに最適な場所である。
毎日寝起きする病室はどんよりとした空気感で、窮屈で湿っぽくとにかく息苦しい。
深く空気を吸い、吐き出すにはここが最高の場所だった。
結っていない細い髪が緩やかな風に靡く。
代償無しにあれ程にも美しく咲いていた桜は既に散っており、季節は夏を目指していた。
巡り巡る季節の変わり目に応じ、コロコロと匂いが変わるのが好きだ。

"千羽鶴や御守りに祈るよう縋るように、何かを確信したがり信じたがる者に、もうすぐお迎えが来ます"

スリッパを綺麗に並べ置くくらいにはとても冷静で、失う怖さは少しも無かった。
世界中と繋がっている薄氷色(アイスブルー)。
塗り潰されたキャンバスに思い切り腕を伸ばし、両手を広げ宙と交信した。
掴めもしない水蒸気。
纏まった小さな水の粒たち。
瞼を閉じた次の刹那、すぅっと溶け込んでいった。

________1

誰も悲しまない朝方に背中から羽根が生えたようで、きらきら輝く旭光がスポットライトのようにこちらを当てていて心地良い。
無抵抗に落ちゆく肉体はコンクリートを目がけていた。

________2

バトミントンに使われるシャトルのような扱いだ。
ゆるゆると舞えるのかと思っていたのだが、空気抵抗はほぼゼロに近く、上では物凄い数の真っ黒な烏(カラス)が飛んでいた。

________3...


『嗚呼、嗚呼』


烏は鳴く。
その羽は青や紫、緑などの光沢を帯びているように見える。
神はいない。神はいない。
私にはそう聞こえた。

薄れゆく意識の中で微かに温もりを感じる。

AM4:47

あまりに空しく、果敢ない薄氷色。

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