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親愛なるジョン 花束の代わりに

私は子どもの頃、少しの間だけある田舎の一軒家で暮らしていた。
そこは酷く閉鎖的な環境で、携帯もネットもない。
そんな暮らしの中、私の救いは本と、自然と動物たちだった。

そこにはね、たくさんの生き物がいた。
犬や猫はもちろん、野生の生き物なんかもいたりして。
夜は星が綺麗だった。手が届きそうなくらい。

そちらの人間たちとは非常に折り合いが悪く、暴力や暴言は当たり前。
そうかと思えばまるで空気のような扱い、孤独。
支えなんてものはなく、心が壊れそうだった。
ひとりぼっちで、ただただ毎日に耐えて。
辛い記憶だからなのか、当時の数ヶ月間の記憶が所々曖昧になっている。
あんなに苦しかったこと、忘れられるはずなんてないのに。

そんな時いつも側にいてくれたのは動物たちだった。

中でも印象的だったのは、真っ黒い大きな犬。
一見熊にも見えちゃうような、強い見た目に反して心優しい犬。

名前はジョン。

あの家で一番私を気にかけていたのは多分こいつだ。

大丈夫だよ。僕がいるよ。
君に笑ってほしいんだよ。
そんなふうに言ってくれている気がした。

ジョンの事は、子どもの頃から知っていて、数十年の思い出がある。
悪戯はするし、散歩に行っても飽きたら私を置いて家に帰るし。
呆れちゃうようなこともいっぱいあったね。
あ、私がよそ見をしている間にお菓子を横取りされたこともあった。

小さな私を噛もうとして、大目玉を喰らったりもしてたな。
でもね、あれはジョンを驚かせてしまった私が悪かったんだ。
私の手に歯を立てたけど、
私だと気づいて噛まないでくれた。
ジョン、あの時はありがとうね。
頭が良い子だったんだ。

一緒に暮らしてから君は、孤独な私の親友だった。

一緒に綺麗な景色を見に行ったり
泣いている私に寄り添ってくれたり
抱き合って、一緒に昼寝をしたり

そんなふうに暖かな時間を君はくれた。

あの日、朝からバケツをひっくり返したような雨が降っていね。
限界を迎えた私は、気づいたら家を飛び出していた。
傘をさしていたかどうかも、思い出せない。

泣きながら飛び出した私の後ろをついてきたジョンを、
私は叱りつけた。
だって私はもう、ここには戻らない。

ジョンは飽きたら自力で家に帰れるのはわかってたんだけどね。
でも、雨も降ってるしさ…なんて言い訳だ。
八つ当たりしてさ、本当にごめんな。

ジョンはずっとついてきた。
いつもなら帰る場所をこえても、ずっとずっと。

いつもみたいに横には並ばない。
悲しそうな、心配そうな顔でついてきた。
もう帰らないって、君にはバレちゃってたんだなァ。

結局、探しにきた車に捕まってジョンは飼い主に引き渡した。
私は、そのままこっちに帰ってきてしまった。

あの日のジョンの顔が忘れられない。
あんな記憶が最後だなんて、あんまりだね。

それからかなりの時が経って、
数年前に君は虹の橋を渡ったと聞きました。
ごめんね。本当にごめん。

私は君との思い出の地に花束をそなえに行くことすらできない。
そんなことすらしてやれない。
だからね、花束の代わりに…

ジョン、素晴らしい時間をありがとう。
どうか安らかに。

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