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【短編小説】 冬、邂逅

冬が電車に乗って行った。
ぼくは「ああ、行ってしまったな」と思ったので、駅のホームにジャケットを脱ぎ捨てた。

ぼくの乗る予定の電車がホームに入ってくる。
冬を連れ去った電車が走っていった方向から。
降りてくる人の群れに逆らって、ぼくは電車に乗り込んだ。
座った席から、ぼくのジャケットがホームの駅に座っているのが見えた。
「じゃあね。」とそいつが言うので、ぼくも手を振った。

扉が閉まり、ゆっくりと電車が動き出す。
がたんがたん。
ぼくはこれからこの電車がどこへ行くのか確認しておこうと思って、窓の外に目をやった。
窓から見える線路は、大きく右にそれていて、その先は木が生い茂っているせいで全然見えやしない。
参ったな。このまま右にそれ続けたら、いつか冬と鉢合わせてしまうよ。
不安になってずっと窓の外を見ていたら、やっと木々の先が見えてきて、大きく右にそれた線路の先はまっすぐになっていたので、ぼくはやっと安心して遠心力に身を委ねることが出来た。

窓の外に見えた時計台の針は、14時40分を指している。
まだ14時なのに、雲が太陽をひとりじめしていてぼくらはちっとも太陽に会えない。
けちな雲だなあ。でもまあ、いつもぼくらに譲ってくれているから、たまにはひとりじめさせてやろう。かわりばんこだ。

そう思ってぼくは、窓の外から電車の中に視線を移動させた。
車両の中には、多いとも少ないとも言えないくらいの人がいる。
スーツ姿の男の人、綺麗なお姉さん、新聞を持ったおじいちゃん。
そしてたくさんの広告。
「眠っている間に貯まる貯金。貴方も試してみませんか?」
「業界最大級の求人数。新たな環境でキャリアアップ!」
「人間専用バッテリーと言えばココ!不具合も即日対応します」...

そういえば、あの電車はどこへ向かうんだろう。
この街の冬を乗せていったから、次の駅でも冬が乗ってくるかもしれないな。
あの電車はきっと、きちんと時間どおり駅に着いては、いろんな街の冬を呑み込んで、これまた時間どおりに出発する。
ぼくの街の冬と、隣の街の冬が仲良しだったらいいのだけれど。

* * *

「それでは、これで手続きは完了となりますが、何か気になる点はございますか?」
「えっと...あの、天国には、いつ行けるんでしょうか」
「大体1週間程度でのご案内となるかと思います。」
「い、1週間もかかるんですか」
「はい。この時期はイベント事が多い季節ですので、孤独感に耐えきれずここにいらっしゃる方や、寒さに耐えられなかったホームレスの方などが多くいらっしゃいますので、少し忙しい時期なんです。」
「そうなんですね...わかりました。では、1週間後にまた来ます」
「恐れ入りますが、よろしくお願いいたします。」

対応してくれた窓口の女の人は、申し訳無さそうに頭を下げつつ、ぼくの提出した書類を手早くまとめて奥に引っ込んでいった。本当に忙しいみたいだ。

「はあ...今日いけるかと思っていたんだけど」
つい、ため息が漏れてしまう。
とぼとぼと来た道を引き返した。

世界ではたくさんの技術が進歩していくのと同じくらい、心を病んで自殺してしまう人たちが増え続けていった。
その数が無視出来ないほど膨れ上がったことに政府は危機感を感じ、様々な医療機関や技術者たちに莫大な資金を投資して「寿命の寄付」が出来る装置を開発させた。
最初は倫理的な面から多くの批判を受けたこの装置だが、各国の偉い人たちが話し合っている間にも増え続ける自殺者数により、この装置は法的に使用が認められたのだ。

ぼくは迷うことなくこれに志願した。

外に出ると、たった1時間ほどの手続きだったのに辺りはすっかり暗くて雪が降っていた。
さっきまで冬が近くにいたから、これはその名残かな。
駅についたぼくは改札を通り、また電車を待つ。
また電車に乗ることになるとは。
良いのか悪いのか、ちょうどいいタイミングでホームに電車が入ってきた。
電車は時間通りなのに、寿命はそうじゃないんだな、とまた文句が出そうになるのを堪えて、今度は人の群れに混じって電車に乗る。

ぼくは来たときと同じように、窓の外に目をやった。
ただ帰るだけだから同じ景色なのだけれど、不意にその景色に目を奪われた。
電車の窓は、まるでカメラのフィルターだ。
ぼくの目という名のカメラの、フィルター。
乗る電車が違うだけで、少しだけ景色が違って見える。
普通に生きているときは、こんな些細なことにも気が付かなかった。

それくらいぼくの心は疲れていた。
「疲れた」なんて何百回も感じていたことなのだけれど、こういうふとした瞬間に思い出させられる。

でもどうして、今なんだ。
窓から見える景色がこんなに綺麗だというのに気付くのも、小さい頃からぼくが好きだった季節が冬だったことを思い出すのも。

行ってしまったと思っていたのに。
そう思いつつ、ぼくもそう言われるのだろうな、とあのジャケットのことを考える。
「また会えたね。」と言ってくれることをほんの少しだけ期待しながら、ぼくはずっと窓の外を眺めていた。

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