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【私と本】これを読んでウィスキーを飲みたくならない人がいるのだろうか

 これは主題がウィスキーの小さな本で、私は下戸のくせにこの本が好きで何度も手にして読んでいる。どうしてかというと旅の本でもあるからです。
 著者である村上春樹氏が、スコットランドとアイルランドという、ウィスキーの聖地に2週間を過ごして書いた文章と現地の写真が収められた本。

 むかし付き合っていた彼でジャックダニエルが好きという人がいた。味が、というより気分を好んでいたようにおもう(アメリカのファッションや文化を好んでいた)。この人は味への興味関心がとても強い、典型的な牡牛座だった。夜に出歩くのも好きで、前後不覚になるまでよく飲んでいた。アルコールに弱い私が飲みやすくおいしいだろうと言って、ある日ミルク割りのジャックダニエルを作ってくれた。口あたりがまろやかで、飲みやすいし酔いもまわらない(少量なら)。

 そうか、ウィスキーはミルクと合うのか。

 それで納得がいくことがひとつあった。父もアルコールの中ではウィスキーが好きで、よく「この煙っぽかとこがよかとさね(長崎弁)」と言って飲んでいた。
 私には煙っぽいというのがしばらくわからなかった。後からおもったのは、つまりスモーキーな味わいということで、それはタバコやコーヒーに共通する(父はスモーカーだ)。そしてそれはウィスキーにも言えて、だからこれらは分類すると似たような部類に分けられるのだと解釈した。

 話を本に戻す。

 まず、スコットランドの端っこにあるアイラ島についての文章から始まる。シングル・モルトの聖地巡礼ということらしい。ここに書かれている文章を読むと、(下戸であるにもかかわらず)飲んで味わってみたくなる。思わずのどが鳴るのだ。
 小さな島や田舎のおいしいものは、なかなか外には出回らない。理由としては生産が僅かということももちろんあると思うが、その土地ごと味わうのが一番おいしいからだろうと想像する。このようなことに五島列島や沖縄諸島でも遭遇する。その土地の空気。
 この本に出てくるウィスキーを、スコットランドから遠く離れた日本の、九州の端っこに住んでいても手に入れることができるような時代だけれど、できることならこの島を訪ねてその空気ごと味わいたい。

 そしてアイルランド。うつくしい風景や地元のパブなどの生き生きした写真と共に、旅の様子が書かれている。
 現地のパブで出会った老人と土地のウィスキーを絡めた印象的な文章がある。こういうのを読むと、行ったこともない町の会ったこともないその人の存在感をありありと感じ取れる。そんな文章を書けるってすごい。

 父がひとりになって移した店で、一時手伝いをしていたことがある。店名に惹かれたと言ってふらりとやってきた男の子が、父の人柄と店を気に入ってよく来てくれるようになった。私と同年代だったその男の子は人柄がよく、あまり愛想のよくない私にも色々話しかけてくれた。あるとき私がこの本を読んでいるのを見てにこにこしながらこう言った。

——僕もこの本持ってるよ、いいよね~。この写真みたいに「すきかえし」をやってみたくて、アイラ島に行ったことがあるよ。それでやらせてもらって記念に写真も撮った(にこにこ)。

※ウィスキー造りの工程のひとつであるモルティングを手作業でおこなう「フロアモルティング(=すきかえし)」を著者がやっている写真のことを言っている。

 とっても素直で好奇心旺盛な人である。上記のミルク割りのことを話したら、その場で作って飲んで「おいしいね!」とまたにこにこして言った。この飲み物は名前をカウボーイといって、カウボーイビバップというアニメの主人公が好んで飲んでいるもの。れっきとしたカクテルなのだ。この人はバーテンダーだからこのカクテルのことなんてほんとうは知っていて、私に花を持たせてくれたのかもしれない。

 ウィスキーについて思いつくままあれこれ書いた。

もし僕らのことばがウィスキーであったなら

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