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生涯に一度でいいラーメン

 5月の前半、次なる撮影目的地は島原半島を経て天草だった。

 まずある日の午後に、近所の撮影があった。ここを終えてから島原半島へ向かうスケジュールとして計画を立てた。
 ある、温泉地にほど近いところにひとつめの宿をとった。温泉がついていて、そう高くもない値段だ(素泊り設定だったしすごく安いというんでもないが)。
 宿が決まっていたことで、もう意識は撮影のための手順や地図などの確認に向いていたところ、出発2日前の夕方電話が鳴った。知らない番号だったけれど、島原あたりの市外局番だったので出てみたところ、その宿からのもので、なんだろうとおもう。予約はWebからやった。
 そこへは近所の撮影後に向かい、夜の到着だったので予想到着時刻を入れておいた。20時にしていた。
 それでどうして電話をかけてきたのかというと、温泉は20時で閉まるけどいいの? だった。え、そんなこと書いてあった?・・・と面食らいつつ、いいわけないのでキャンセルさせて欲しいと伝えた。おじさんは、残念そうにしつつも「また機会があったらきてくださいね」と言った。うん、そうします。
 というわけで、直前の宿探しとなって焦ったけれど、無事に見つけることができた。やはり温泉地のそばの、ビジネスホテルだった。

 ぎりぎりまで撮影をして、ちょっと苦戦しながらも(理由はとくに秘す)力を出しきって車を走らせた。道を進むにつれおなかがすいてきたから、てきとうな場所で夕飯をとり、また走る。あと20分くらいかな、ってところで電話が鳴ってその音にびくっとし(そんな時間にあまり鳴らないので)、出てみると予約しているホテルからだった。遅いから(21時とかだったかな)心配してかけてきたようである。もう少しで着くことを伝えると、安堵した様子でていねいに駐車場の位置も教えてくれた。こちらも安心しつつ向かった。
 チェックインを済ませ、領収書の作成を注文するとこちらの意思どおりに受付けてくれ、じゃあやはりあのときのあれ(前回の記事参照)は相手の理解力に問題があったんだななどと鼻をならしつつ部屋に入ると、なかなかの広さだった。ただし温泉つきではなく風呂場は普通の浴槽だけど。
 ひと通り身の回りを整理したり、お風呂を済ませて休んだ。
 建物は古めで、部屋もとくべつ新しいわけでもないけれど清潔にしてあって、デスクの他には小さなテーブルとソファや、なぜかミニキッチンまでついていた。湯沸かしは電気ケトルだったし周辺環境も静かでよい。
 ここは朝食の設定はなく、4,000円ちょっとだったしまあわりとよろしかろう。

*

 さて、翌朝は港に行きそこからフェリーで天草に渡る。天草の目的地周辺には商店などが少ない記憶があったから買い込みをしていった。
 天気はうすく雲がかかっていたけれど問題ないと言い聞かせ(自分らに)、手続きを済ませて車ごと船に乗った。30分程度で向こう岸に着いた。30分前は長崎県にいたが、着いてみるとそこは熊本県なのである。
 港から目的地まで、車で1時間ほどの移動距離だった。途中、ちょっとした写真を撮ったり、道の駅みたいなところでかまぼこの買い食いをしながらだいたい予定時刻に目的地に着いた。さあ仕事だ。
 どうもちょっとじんわり暑かったけれど、なるべく集中して周辺のちょっとした移動をしながら撮影をした。ここではある希望がとおらずフラストレーションぎみの要素があったけれど、そんななかでもしっかりといい写真を撮ってもらうことができたのはよかった。青空も出た。
 休憩をはさみつつ、周辺のいくつかのポイントを撮り終えた。

 朝買い込んできたもので間食などしながら、その日の撮影は終ってしまったことから宿方面に向かいつつ寄り道もした。天草にはいくつか博物館があって、ある売店で見たポスターから興味をひかれたところがあった。それは市立のK館での企画展だった。他に同市立の博物館との3館共通券がありますよと言われたが、もうあと2つをまわる気はしなかったので好意だけ受け取って展示を見た。
 展示は複製や複写が8割ほどを占めていて、胸の躍るようなものでもなかったけれど、とりあえず観るものは観てそこをあとにした。
 市内中心部に向かう途中で、道の駅を見つけた。ちょっとした空腹と疲れを抱えていたので行ってみたところ、これはもうなんとも言えない場所だった。
 かかしが敷地いっぱいにたてられていた。そこはもと小学校だか中学校だか、とにかく校舎だった土地で、国道沿いから入る道にずらりとかかし、建物の手前の広場にかかし、校舎だった窓の手前にも向こうにもかかし。人間よりもかかしの数が多い、不気味極まりない場所だった。付け加えておくとかかしのクオリティはかなり低い。
 あまりかかしを見ないようにしながら中に入り、物産品などをひと通り見て軽い腹ごなしを選ぶ。食堂は営業を終えたばかりだったので割引のおこわと駆け込みの出汁スープ、残っていたかまぼこ。出汁のおいしさに気もちがほぐれた。
 施設の椅子やテーブルの利用はしていいとのことだったので、しばらく足を休めつつ口を動かし、また外に出た。師匠はかかしの写真を撮っていたけれど、私は撮る気になれなかった(画面を通して向き合う勇気が出なかった)。
 そうそう、広場の一角になぜか昔懐かしい竹馬などの遊具が置いてあって、保育園時代を思い出した私は足を乗せ身体を乗せ歩いてみようとした。あのころの自分をイメージしていた私は、しかしおもったようにはいかなかったのにわりと動揺し、くやしさもわいたけれど、ここで無茶をしてケガなんかすると迷惑をかけるからぐっと抑えた。師匠は乗って何歩か歩いた(すげえ)。

 もうそろそろチェックイン可能な時間が迫っていたし、引き続き寄り道してUNIQLOなんかを物色しながら宿に着いた。
 この日の宿は、けっこうぎりぎりまで決められなかった。地域の設定で悩むところがあったから、時間がかかってしまったのだ。天草には民宿や旅館もけっこうあるみたいだけれど、ビジネスホテル的なところにした。
 着いてみるとキレイな建物で、フロントの受付には最近よく見るブリーチの入ったヘアスタイルの若い女の子がいて、さっさとチェックイン手続きをしてくれた。部屋にあがると小ぎれいだし、悪くなかった。ほっとした。
 すぐお風呂を済ませて寝間着を広げてみるとアウシュヴィッツ強制収容所をおもわせる、ブルーグレー系の濃淡ストライプ生地のワンピースであった。

 この日は朝から間食みたいな感じのものをちょこちょことっていたから、夜すこし遅くなってからおなかが空いた頃に夕飯をとった。車で出るつもりにしていたところ、川の向こうに店が見えた。ラーメン屋だった。
 師匠のなかの何かがくすぐられ、その店に決まり、てくてく歩いて店に入ってテーブルをとり、メニューを広げた。ラーメンは見たことのある種類と見たことのない種類が書いてあった。つまり、おそらくその店のスタンダードとおもわれる店名のついたものと、醤油やら味噌やら塩などといったのとか、あとはもう忘れたけれどラーメンだけで20こくらいあったような気がする。この類の店はまずい、そうおもってももう手遅れである。店名ラーメンを注文した。
 師匠のあのくすぐられた何かは、きっといつかどこかでネタにでもするためとか、ある種の記憶に残るとかいったもののためだったのかもしれない。メニューの内容から察した通り、店のあり方もそのラーメンの味もそんな店だった。

 食べ終えて外に出ると、雨の気配がしていた。

*

 翌日も長崎に戻り撮影の予定だったけれど、朝になると雨は本降りになっていた。仕方がない、様子を見つつもその日の撮影は半分以上あきらめつつ朝食をとった。
 ホテルの一角で出された朝食は清潔感、内容ともに文句なしであった。でもたしか素泊りとの差から800円程度で、800円って朝食にしては高いんじゃないだろうか。まあ、朝食付き(無料)で同等の額のビジネスホテルなんかもあるし、そんなものなんだろう。内訳というのがほんとうのところどうなっているのかなんて、そう知れるものでもない。この宿は選べる朝食をつけて5,800円(和定食にした)。

 チェックアウトを済ませ、ちょっとだけ雨に濡れながら車に乗り込み、港へ行きフェリーで戻った。

*

 今回の撮影を目的とした一連の旅における宿シリーズはこれで終了です。こんなふうに短期間にいくつもの宿に泊まることってそうそうないので、なんか記憶しているうちに書いてしまいたかったのだ。
 これまで自分ひとりの旅で手配してきた宿とまた違った視点で選んだり、泊まってあれこれ感じたりした。こういうのの海外編なんかもやれたらおもしろいんだろうなとおもう。
 ひとつの旅を終えてぽこっとしたさみしさがある。
 宿にフォーカスといいながらかなりどうでもいいようなことまで書いたけれど、全体的にもっと盛りだくさんで、書いてないこともいっぱいある。大変なところだってあったけれど、こんないい仕事はないとおもった。
 また何かおもしろい旅ができたらいうことはない。

*

今日の「仕事」:梅の実をいただきました。数年やらなかった梅仕事、久しぶりに少量漬けでもしてみようかな。

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