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小さな福祉施設での出会い

私、とある社会福祉法人にある本当に小さな福祉施設の現場責任者として働いています。私が働いている施設では学齢期の児童・生徒の放課後の支援(一時預かり)をしていますが、福祉への啓発活動を一つの目的としてボランティアを募集しています。そこに意外な人物が見学に来ました。

その人は軽度の知的に障害を持った成人男性でした。彼はグループホームの職員の方と同行して現れました。当然、事前にアポイントをとってもらっていたのでそのような人が来ることを知っていたが、実際に会って話してみるととても素晴らしい体験となりました。

私は彼が来た目的を「夕方することがなくホームで時間を持て余すならボランティア活動に参加したい。できれば継続的にボランティアできるかどうかまずは見学したい。」と聞いていました。「見学なら」と私も軽い気持ちで了承しました。

お会いした第一印象は物静かな人かなと感じました。私は同行した職員の方と名刺交換し、当事業所の目的、役割、その日に利用される方の情報について軽く説明しました。その間彼は何も言うことなくじっくりと話を聞いていました。

私は職員同士で軽い情報共有を行い、彼についていくつか質問をしました。

私「彼は普段どのような施設で働いているんですか?」

職員「彼は施設には入っていません。週に1,2日老人ホームでシーツ交換の仕事をしています。少し前まで他県で暮らしていたので現在はジョブコーチの人と仕事を探しているところです。」

私「彼はなんでもできそうなので飲食系や工場とかでも働けそうですね。」

職員「そうですね。でも彼は人と関わる仕事がしたくて特に学齢期の知的に障害を持った人の支援をしたいんですよ。実は数年前にヘルパー2級の資格も取得しているんです。」

私「えっ!!!」

彼「僕はこれまでいろんな経験をしてきました。今まで生きてきて感じた中で自分が本当にやりたいことは特別支援学校に通う子供たちのサポートしたいという気持ちにたどり着きました。」

彼の話を聞くと自分は障害を持って生まれてきている事は理解している事。でも自分は常に健常者の中で生活してきたという自負。そして自分から健常者の方の世界に飛び込んでいる事。(実際に彼は自分で派遣会社に登録したり、趣味のバスケットボールを活かし健常者の社会人サークルに連絡して練習に参加したこともあります。)

健常者の世界に入るとからかわれたり、いじられたりする経験も多かった。でも、彼は自分を通してコミュニケーションが生まれているとポジティブに捉えている。どんな経験をしても彼はポジティブに物事を捉えることができるため人と関わることを止めない。いつも行動を起こし続けている

そんな彼は人生を振り返り、ひときわ輝いた思い出を語った。高校から入学した特別支援学校の時の記憶だ。中学校まで普通学校に通っていた彼は特別支援学校で人に頼りにされる喜びを知った。そして頼ってくれた人に全力で応えることの充実感を知った。その経験は彼の人生を決めるほど重要な価値だった。

「障害者と健常者の違いはあまり感じない」と彼は言う。現に彼はヘルパー2級の資格を持っている。そして私は福祉の資格をほとんど持っていない。さらに学生時代は福祉ではなく流通科学を学んでいた。支援者としての経験値ではなく、福祉としての経験値に関しては私より彼の方が上だ。

「私と彼は何が違うのだろう?」健常者と障害者という違いのみだ。社会は前者を信用し、後者は信用を得にくい。私はこの事実を認めている。なぜなら事例がないからだ。

解決方法はひとつ事例がなければ作れば良い。彼だけでなく必死に社会に適応しようとする障害を持つ全ての人達と共に(既に個人個人では実現に向けて動いている)。

とカッコつけたことを言っときながら彼を実際にボランティアスタッフとして採用できるかは管理している法人、そして運営に携わる機関の承認が不可欠で残念ながら難しい。それでも上に「福祉と社会の間にあるギャップ(相互理解)を壊そうとしている人がいる」と報告しよう。

どんな形であれ私は彼を応援する。健常者も障害者も関係なく同じ思いを持った仲間として

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