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小説:ハチジョウのキュウジョウ【第2話】「都会での心情」


これは奇跡の島の球場に導かれた野球選手の僕の事実のストーリーである。

第1話「球場」キュウ"ジョウ"はこちら↓


第2話 「都会での心情」 トカイデノシン”ジョウ”


「都会での心情」トカイデノシン”ジョウ”

 時を遡り、2021年8月。
 東京ではTOKYOオリンピックが開催され、盛り上がりを見せていた。
 
 僕は高校野球、大学野球そして大人の軟式野球の大会と野球選手を続けていた。
 さらに本格的に野球がやりたすぎて社会人になってからもう一度大学に入り直して野球部に入ったほどである。このように自身もずっと野球選手をやりながら、世田谷区で地域の母校の中学生の野球部をずっと手伝っていた。

 その話の作文を五輪聖火ランナーの募集のコカコーラのキャンペーンにたまたま応募していたことで聖火ランナーに選ばれていた。地域のスポーツに貢献した人やスポンサーの偉い人やアスリートや俳優などいろんな人が選ばれていて、もしかしたら有名人から聖火を受け渡ししてもらえたりするかもしれないとめっちゃワクワクしていた。
 ご存知の通り、本当なら2020東京オリンピックとしてやる予定だったがコロナの影響で1年開催がズレたため、聖火ランナーに当選した人たちもそのまま1年待っていた。貢献した地域として世田谷区を走る予定になっていたので、「世田谷区の野球場の近くを走るのかな」なんて想像していた。

 世田谷区にも野球場はいくつかある。多摩川の河川敷のグランドは、雨が降るとすぐぐちゃぐちゃになって使えなくなったり、台風が来ると川が氾濫してバックネットが流されて無くなったりする。
 実際に2020年の一年間は何個かのグランドが流れてきた砂で埋まり、バックネットの再建設もあって使用不可能になっていた。おそらく東京には人口が多く週末野球をする人たちが多いが、野球場の広さを取れるスペースは河川敷くらいなので、ある意味しょうがない状況なのである。
 東京の他の地区の大田区、江戸川区や墨田区のようなところもおそらく同じような状況だろう。その他には公園についている球場もある。小さめで危険防止のために高いネットに囲まれていたりはするが、河川敷よりも少し立派である。その分、使用するには人気が高く、使用料金が高いのに2時間使うのに50倍や土日のいい時間だと100倍以上の倍率の抽選に当たらないと使えない状況で、せっせと毎月抽選に申し込んでいたのだ。
 さらに高校野球の予選で使うような観客席付きの球場やその上に神宮球場や東京ドームといったプロ野球が使う球場が存在するが、そこまで行くともう雲の上の存在である。
 東京の野球場事情はだいたいこのような状況で、限りある公園や河川敷の球場を、小学生から大学生、草野球のチームが奪い合っている。


「一生に一回くらい東京ドームや神宮を草野球の仲間で貸し切って試合できたらいいね。」

 なんていつ実現するかもわからない話を毎回しながら草野球の後にご飯を食べる週末が日常で、それでも僕は幸せだった。
 母校の中学の野球部で教えた後輩を中心に自分たちで世田谷区に新たな球団「ハヌマンズ」を立ち上げで世田谷区の100チーム以上参加するトーナメント戦に参加していた。
 地元の世田谷区出身者で構成されていたチームだが、中学野球までしかやっていないヤツ、長い間野球から離れていた人なども多くいて決して強豪メンバー揃いのチームではなかったが、僕がピッチャーで主将として練習会を開いたり、人数を集めたりし、少しずつみんなで奇跡を起こし、
結成3年目に世田谷区で優勝し世田谷区の代表チームに選出される球団にまで成長した。
区の代表になると次は東京都の大会に出場となり、各23区や市、の大会で代表となったチーム同士が戦うトーナメントに進めるのだ。渋谷区や港区なんか強そうだし、気合が入った地区も多い。西東京の方から来るチームもある。

この時の僕は、このトーナメント表に、東京都に含まれる”島”から参加するチームも参戦していることは全く目に入っていなかった。

トーナメント表をみるとたしかに参戦していた。この大会に向けて万全のチーム練習を行っていたが、悲しいことにこの2020年の都大会はコロナの影響で中止になってしまった。僕らの球団の初めての都大会は流れ、幻の世田谷区代表となったのだ。

第3話に続く

都会時代に夢の神宮球場で試合をした時の姿。


続きの第3話はこちら!


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