「」のために生きた時間 『最高の人生の見つけ方』(2007)2021/7/15の日記
・最後の面接(仮)だった。受けるまでの時間が最も苦痛で、何か備えた方がいいんだけど、結局何をしたら良いのか分からなくて、時計の針が進むのを待つのみ。
・そんな気を紛らすために、映画を観た。ロブ・ライナー監督作品の『最高の人生の見つけ方』(2007)だ。
~あらすじ~
実直な自動車整備工のカーター・チェンバーズと豪放な実業家のエドワード・コールは、入院した病室で共に余命半年を宣告される。棺おけに入るまでにやっておきたいことを書き出した“棺おけリスト”を作った2人は、リストの実現のため人生最後の旅に出る。(U-NEXTより)
・心が温まることは間違いないのだが、それと同時に「どう生きるか?」、そして「どう死ぬか?」ということまで考えさせられる作品だった。2人が直面した「死」の恐怖、そしてそれを超えて生まれる「生」の喜び。ただのお涙頂戴映画に終わらない哲学的な強さを持った作品だ。
「我々はお互いの人生に喜びをもたらし合いました」
・カーターが無くなった後、エドワードが葬儀の演説で述べたセリフが印象的で忘れられない。
「他者」のために
・一見すると、エドワードの人生論は非難の対象となり、カーターが賞賛されそうな気がする。しかし、カーターは余命を宣告されて、僅かばかりの時間を自分のために生きようと決意して、妻や家族の元を離れ、エドワードと共に旅に出る。
・エドワードの生き方が最後のカーターに素晴らしく幸福な時間を与えたことは間違いない。しかし、同時にカーターは「他者」のために生きていた。それは、孤独であったエドワードのために何ができるのかを必死に考え続けていたから。
・一方で「自己」のために生きてきたエドワードも、彼のおかげでカーターが幸福な時間を過ごすことができたのだから、それは「他者」のために生きた時間であることに間違いない。クライマックスで「棺桶リスト」の「見ず知らずの人に親切にする」項目を達成する瞬間は、感動的だ。
・「自己」のためだけに生きることができる人間はこの世の中にいるのだろうか?どこかで自分の存在が誰かの助けになっている。そう思うことができた。いや、もっと言えば、「人は一人では生きられない」という格言に繋がるのかもしれない。
・冒頭で、人生の価値についての話が出てくる。あなたは本作を見て、人は何のために生きていると思えるか、「」のなかに何を入れるか、そんな話がしてみたい
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