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第3話 【クリスタルな石?】 -100年後の蚤の市で見つけたモノ-

ここは100年後の蚤の市。
古い本や家具、大工道具なんかを扱う屋台が建ち並ぶ。
その一角、白い木綿布を敷いたテーブルの上に、雑然とモノが溢れている。
ふと、パーツのような形をした“不思議なモノ”に目が留まる。
これは一体、何に使うものだろう?
店主に訊ねるも、ニヤリとするばかりで教えてくれない。

なんだ、これ…





「お、いらっしゃい、また来たね!」
3度目ともなるといい加減、顔を覚えられてしまった。
「今回はあんたのためにとっておきのを用意してあるんだ」と、店主。
ごぞごそとテーブルの下のケースを漁り始め、ポンと商品をテーブルの上に置いた。

「さあさあ、あんたもこれを着けてくれ…じゃあ、さっそく始めようか」
言われるがままに差し出された手袋をおずおずとはめる僕。
まずい、もう店主のペースだ。
ふっーとひと息ついて、今回も店主と僕の真剣勝負が始まる。



① 小石くらい

大きさは小石くらい…と言っても石なんて大きさはまちまちか。
人間の体で例えると鼻くらいの大きさ。
5cmほどで、指でつまんで投げるにはちょうどいい具合だ。
だけど、水切りするときのような薄い石では無くて、もう少し厚みのある塊のようなものだ。



② 重い!

手に取ってみると、そのズシリとした重さにハッとする。
見た目以上に、重い。
思わず手からこぼれ落ちそうになって、慌てて持ち直す。
「おいおい、気をつけてくれよ」と店主も慌てる。
この重さはもう、ペーパーウェイトで間違いないのでは。



③ クリスタルみたい

そして、最大の特徴はこのクリスタルのような美しい形。
「1、2、3…」面の数を数えてみると、16面あった。

「それ、立ててみな」と店主。
立てる?ああ、テーブルに置いてみるってことね。
最初に置いてあったのとは別の面を底に、そっとこの“石”をテーブルの上に立ててみた。なるほど、この姿もまた美しい。

それを見て、店主は「それだけかい?」と続ける。
それだけ?手でコロコロと回しながら、別の角度でも立ててみる。
形・重さの妙で重心に偏りがあるのか、変なバランスで自立している。面白い。

「それ、16面のうち7つの面で自立するんだよ」。
なるほど、やはりオブジェとして飾れるペーパーウェイトで間違いなさそうだ。



④ キラキラ輝く

「これ、飾れるペーパーウェイトですね」と答える僕。

「言ったろ、今回はあんたのためにとっておきのを用意したって」と鼻で笑う店主。
違うのかぁ。

もう一度仕切り直そうと、手の中で輝く“石”に目をやる。
手の上でゆっくりクルクル回すと光がいろんな面に当たり、キラキラと輝いている。あれ、今回は経年変化していない。
「そう、今回はあらかじめ磨いておいたのさ。だから手袋。このキラキラな状態ってのもヒントなんだよ」と店主。

黄金色だが、素材は真鍮ではなく、シリコンブロンズという金属の塊らしい。
だから重いのか。
「シリコンブロンズは、銅とケイ素の合金で、鉛中毒に配慮したそざ…おっとちょっと喋り過ぎちまった」と長い顎ヒゲを撫でながら店主はバツが悪そうに言った。
食中毒?
まさか、食べ物と一緒に使うの?



⑤ 一緒に使うもの

「さあ、その飲食物はなんでしょう、それが重要だ!」
さっきの失言を覆うように、店主は少し大きな声で言った。

飲食物…飲み物?
これ、もしかして…金属の氷か!
たしか石製の繰り返し使える氷があるって聞いたことがある。
飲み物の中で、いろんな立ち方をするオブジェ型の氷…
でもこんなにエッジがある形だと、コップに傷がついてしまいそうだな。
それに何より、重い。

それか食べ物…この上に載るものだから、きっと小さいもの。
金属の上に凍った肉を置いて溶かす、なんてのは聞いたことがあるけど、ここに肉は載らないな。
もっと小さいものって一体?

「ほら、あれくらいのヒントじゃ難しいだろ。これだよ、これ」
そう言いながら店主は板チョコレートを取り出した。

ああ、わかっ…らない、全然わからない。
なんだこれ、チョコレート用の“石”?






答えは…

「今回はやっぱり難しすぎたな、これはチョコレートの台座と言うんだ」
店主が見せてくれた説明書きにはこう書いてあった。

チョコレートの台座は、チョコレート一粒を味わいつくすためのテーブルウェアです。
金属の高い熱伝導率を利用して、チョコレートを冷やしたり、温めたりします。

とやってるうちに、店主がなにやらゴゾゴゾと準備を始めた。
「冷たいバージョンもまたいいんだけどよ、あれは事前に冷凍庫に入れておかないといけないから、今回は暖かいバージョンな」
そう言って、沸騰したお湯の中に、“石”をドボン。少し待って引き上げると、板チョコレートを1欠け“石”の上に置いた。
すると、チョコレートが少しずつ溶け出して、それに伴ってあたりに甘い香りがふわっと広がっていく。

「板チョコってついつい食べすぎちまうんだよな」
このチョコレートの台座は、甘いものを食べ過ぎてしまう人に向けて作られたものなのだそうだ。
食べるのを我慢するのではなく、一粒でもっと豊かにできないか。
輝く台座に鎮座する姿、溶けて甘味の増した味わい、とろっとした舌触り、広がる甘い香り…そんなふうにチョコレート一粒を味わいつくす、そのためのテーブルウェア。

そうか、このためにあらかじめ磨いておいてくれたのか。

「さあ、頭もたくさん使ったことだし、パンも用意しておいたから、そのチョコすくって食べてみなよ」







あとがき

今回の「100年後の蚤の市」物語、いかがだったでしょうか?

86400"(はちろくよん)の山本です。
私たちは、東京の下町、荒川区を拠点に、まちの職人と一緒にものづくりを行うプロダクトデザインスタジオです。
ニューアンティークをスローガンに、育てながら長く使えるものをデザインしています。100年後の蚤の市に並ぶさまを夢見て。

86400"がつくるもの。
それは、◯、△、▢といった、単純な図形でできるもの。
傷が付いたり、変色したりしながら日常に溶け込むもの。
長く長く使ってもらうために、僕たちが大切にしていることです。

結果、パーツのようなものが出来上がってきますが、その単純さゆえか、はたまたニッチなシーンを想定した商品のためか、「パッと見て何かわからない」とよく言われてしまいます。
これは、現代の刹那的な販売のやりとりには不向きかもしれませんが、100年後の蚤の市に並んだときの店主とお客さんのやりとりはきっと面白いことになるに違いないとワクワクしています。

実際に100年後の蚤の市に並ぶさまを見ることは叶いそうにありませんが、ここに架空の蚤の市を開催して想いを馳せることにしました。
またのご来店、お待ちしています。



チョコレートの台座についてはこちら



ひとつ前のお話はこちら



#創作大賞2023 #お仕事小説部門


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