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あのこは貴族

東京出身・東京育ちの裕福な世界で生きてきた榛原華子と、地方出身上京組で貧困と背中合わせで生きてきた時岡美紀。二人のこれまでの人生を対比しつつ、一人の男性が間に入ってくることで二人が近づいていくという物語である。

どちらもモヤモヤとした感情を抱えて生活している。どっちも幸せとは言えない。満足していない。華子も美紀も正反対だからこそ互いが羨ましい。
「隣の芝生は青い」という言葉があるが、その世界を女性の立場から鋭く描いている。

「それがわたしにとっては、いちばんのコンプレックスなんです。たまたま恵まれた家に生まれただけで、ベルトコンベアー式にぬくぬく生きてきて、苦労も挫折もなくて、だから人生に、なんにも語るべきことがない。(中略)本当になんにもないんです。」〈榛原華子〉

物語の中では、女性がいかに周囲も自分でも無意識の中で結婚・出産という"普通"に囚われているか、社会での女性の立ち位置の理不尽さなども書かれており、現在もこれが何も変わっていないことが痛々しく感じられた。

そこから華子も美紀も自分で気づき行動することで、自分の場所と自由を手に入れていく様は開放的だった。

ああ、日本は格差社会なんじゃなくて、昔からずっと変わらず、階級社会だったんだ。(中略)
自分は、彼らの世界からあまりにも遠い、辺鄙な場所に生まれ、ただわけもわからず上京してきた、愚かでなにも持たない、まったくの部外者なのだ。
でもそれって、なんて自由なことなんだろう。 〈時岡美紀〉


この作品を読んだのは東京一人旅をしていた最中だった。何の気なしに本棚から持ってきたが、東京にいてその“狭い世界”に実際にいながら読むことでよりリアルに物語の世界を感じることができた。

自分は地方出身者だから美紀の立場に多く共感する部分があったが、華子のような人があの日あの場所に存在していたのかと思うとどちらの人生もきっと寂しかったんだと思うし、東京という都会がその寂しさを際立てているのだと実感した。

旅の終わり、窓から見た東京の夜景がとても綺麗で川面に映る街の明かりがキラキラと輝いていた。東京で美しいと思えたのはこの夜景だけだった。

夜景を見てから平原綾香の『星つむぎの歌』を偶然聴いたら、夜景の光と星が結びついて、さらに「僕らは一人では生きていけない 泣きたくなったら思い出して」という歌詞が華子や美紀へ通じるメッセージのような気もして、物語と旅が一層重なって思えたのだった。


出典:『あのこは貴族』山内マリコ 集英社文庫
   『星つむぎの歌』平原綾香

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