祖父の本音
桃色のシャツを着た小さな背中が、完全に見えなくなるのを待ってから、「武(たけし)なんだけど」
遊びに来ていた父が言う。
「女々しくないか?チイとばかりに」
「今は男とか女とかないんですよ、お父さん」
お茶の用意をしていた母が、わたしを代弁してくれた。
同じ市内に住みながら、中央と端っこ。滅多に顔も合わせない。車で10分前後の距離にいるので、時々、遊びに行ったり来たりの交流だ。
洗濯物を取り込んでいる所に、わざわざ言いに来る。
「それに健蔵(けんぞう)の身代わりじゃないんです、あの子は」
夭折した兄とわたしの息子を、どうしても父は重ねてしまうのだ。
「そりゃそうだが。女々しんだよ、俺に言わせれば」
「どうして?」
母の入れてくれたお茶と、土産のカリントウを前に、わたしも居間へ急ぐ。
流石に高級品は、味も違う。
「色が白いし、目元だってバッチリしている。誰に似たんだか」
「お父さんの子供の頃でしょ。美男子になるわ、ねぇ、お母さん」
母も頷く。適度におだてるのが肝心だ。瞬間、父がニンマリした。
「うん?まぁ、それはいいとして、好きな色はピンクと言うし、着る服だって赤いのが多いそうじゃないか。してみたい習い事は、洋裁だって言った時には、何なんだと思った。ピアノにも関心がありそうだし」
「戯言でしょ、聞いてないわ」
適当にはぐらかす。お茶もいいけど、やはりわたしはコーヒーだ。
「コーヒー淹れるけど、飲む?」
「お願い」「俺も」
夫の友人から頂いた、高級豆を戸棚から出して、準備を始める。
「それに、苺パフェなんぞを食べていたじゃないか。ファミレスで」
「お父さんだって、食べてたじゃありませんか。武にデレデレしながら」
「つきあったんだよ、しょうがないから」
ホントは俺だって、、、、、。文句タラタラの声が、わたしの耳に届く。
レギュラーコーヒーを淹れるなんて、実に久々だ。
買い置きしてあったチョコレートと豆菓子を菓子皿に入れ、コーヒーセットと共に、再びわたしは居間に戻った。
「手伝おう。美味そうだな」
父が立ち、手伝ってくれる。
「今度は洋菓子?嬉しいわ。そのコーヒーってR社の限定品?」
「何で分かるの?」
暫しコーヒーの話題が続いた。しかし、話題は廻り、戻る。
「武が」「武が」女々しい、気に掛かる、まるで選挙人のようだ。
「小学校にあがるようになったら、どうするんだ。赤いランドセルが欲しい、なんて言うんじゃなかろうか?あの様子だと。ピンクのを指定されたら、どうしよう。考えちゃうぞ、俺は」
「はい」「はい」
面倒臭い。放っておく。
「武が」これこれ、「武が」あれあれ、言動をあれじゃあ、ヤバいぞ、
何回も繰り返す。
「そんなに気になる点が多いんだったら」
遂にわたしは反逆に出た。高級品を美味しさに、パワーが漲る。
「直接、言ってよ、武に。お父さんから。もう4歳ですもの。ちゃんと分かるわ。大好きなおじいちゃんからの忠告に、女々女々(めめめめ)武も、さぞや目覚める事でしょうね!」
「そんな事言ったら、嫌われるだろ、武に」
瞬間、わたしは言葉がなかった。母も驚き、父を見る。
「嫌われたくないのね」
「そっ。死んでも嫌われたくなんかない」
玄関の呼鈴が鳴った。
「ただいまぁ~っ」
武の声である。
「おうっ。やっと帰って来たか」
率先して父が迎え出る。
「お帰り、武坊。今日も桃色が良く似合うな」
「うん。僕の大好きな色なの。上に赤いチョッキがあるともっといいな」
見上げながら武が言う。
「そうか、そうか。赤いチョッキか。買ってやろうか?おじいちゃんが」
スポーツ刈りの頭を優しくなで、手を繋ぎながら戻って来る姿に、
「何なの、アレ」
わたしと母は、理解が全く出来なかった。
<了>