我が子よ<掌小説>

月明かりが綺麗だった。何故か周りに誰もいない。
しんとしているだけの帰途時を、校長(元彼)と歩く。黙っていた。
「、、、、だろ?あの子」
「、、、、ええ」
小学校教諭になって4年目。2校めの赴任先で、まさか夢にも思わなかった。元彼。校長職になった男との再会と、放任した娘。
18で産み、直ぐに乳児院へと預けたままの我が子との再会。しかも受け持ち、担任になるなんて。
右に曲がる。
「一目見て分かったよ。ソックリだもんな、君に。遺伝だな、やっぱ」
笑うのを見ると、瞬時にムカつく。
「笑い事じゃないでしょ。体つきは、あなただわよ完全に!保護者の中には、ヘンな噂を流すのもいるのよ」
今度は眼鏡の縁を触る。欠伸を大きく出して来る。
「まぁ、、どうにかなるだろ。テキトーにあしらえばいいじゃん、五月蠅いのがいたら」
真っ直ぐが彼、駅方向へ向かうのがわたしである。
「じゃっ。また明日。お疲れ。再度確認するけども、俺は認知は絶対、しない。君だって名乗れないだろう?本人に向かって」
「・・・・」
大股に歩く背中が、月明かりに遠くなる。

18歳。色町でアルバイトをした。
とて、まるで一杯飲み屋が3件あるだけ。それに、毛が少々生えた程度のスナックに数か月間、勤めていた。装飾が紫系だらけの店だった。
既に大学進学が決まっていた。やっとこの地を出られる、らりほー!心の底から解放感で、充たされた。望まれない子として生まれ、施設で育ったわたしは、軽い気持ちだった。
勤めて4日めぐらいだったろうか?
「暇だねぇ」「こんな所に来る客って結構、モノ好きかもね」
キンキラキンの衣装に薄化粧を施し、ママと他の4人と喋っていたら、ドアが開いた。灰色のスーツ姿のおじさんだった。
「若い子いるぅ~?若い子!」
酔ったように所望した。「いますよぉ~っ、ウブな生娘が!」
ママに背中を押され、ソファに同席したのが出会いだ。

「ボクねぇ~っ。がっこーのせんせーなのぉ。しょうかっこーの。研修があってさぁ~っ。締めつけられちゃって、もぉ~っ、大変なのよぉ。明後日の朝にぃ帰るんでねぇ、思い出づくりでもって思ってぇ~っ」
ぐでん、ぐでんになりながら喋る。酒臭い中に、チョコの匂いが混じる。
「おくさんとはぁ、未だ未だラブラブでぇ~っ」
何だコイツは、わたしは思うだけであったが、「はい、はい」「いいですねぇ」ママの接客は流石、プロだ。

翌日。たまたま休日だった。ぶらぶらと散歩。唯一の本屋で本を買い、唯一の喫茶店で読んでいたら、掛かる声があり、、、記憶がない。

一人で調べ、一人で病院を訪れ、出産した。産声を聞く間もなく、
「女の子でした。じゃっ。名前はどうします?考えてありますか?」
「歩実(あゆみ)にして下さい。歩いて実(みのる)、歩実です」
「分かりました。ちゃんと伝えますから」
白いお包みに包まれた歩実は、看護婦に抱かれ、小走りに連れ去られていった。

大学進学。箔がつくかと教員過程を選択。
過去は欠片も思い出さなかった。折角だからと採用試験を受けたら、合格。
22歳で教壇に立った。前校では学年主任の子を堕ろしたが、何ともなかった。

あれから7年が経っているのだ。
(・・・・・)
出勤前、いつものように姿見で身だしなみを見る。
ハッとした。望まれない子を産んだわたしの親が、わたしを育児放棄。施設に預け、そのままだったのであるのと同じように、わたしも歩実。
我が子に対して、同じ処遇をしている。繰り返しているのだ。

出勤する。「1年2組」教室に入る。
「おはようございます」挨拶を交わし、連絡事項を伝え、、、。
嫌でもまず、目に入るのは歩実。我が子の姿だ。ひとりの教え子である、我が子。

「あゆみちゃんって、先生に似てない?」
「そっくりだよね」
「何であんなに似てるのかなぁ?」
「施設にいるんだって。パパにもママにも会った事、ないんだって」
「え~っ!ほんと~っ?」
昨日も雑談の声が聞こえた。
「歩実ちゃん」
呼べば「はい」他の子達と同じように返事をしてくれる。
(ママだよ、あなたのママは、わたし。先生。パパはね、校長先生なの)
いつも心の中で言っている。けど、ちゃんと告白。
わたしは口に出せるだろうか?出せる日が、来るのだろうか?

<了>






#創作大賞2023

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