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どんどん伸びる子、トラベルコ  〜勝手に全プレスリリース分析!PRと事業の関係を紐解くVol.1〜

昨今、事業を行う上でのPRの重要性が認識され、PRの視点を経営に活かそうという機運が高まっているように感じている方も多いのではないでしょうか。
良いものを作れば売れるという時代は終わったということが繰り返されるようになってからだいぶ経ち、企業の勃興と衰退も激しさを増すばかりです。
そんな現代を生きる私たち、これからを生きるビジネスパーソンにとって重要となるのがPR(Public Relations)の視点。

マーケティングトレースはよく目にしますが、PRトレースはあまり見かけません。
そこで、チェンジメーカーのためのPRと編集に取り組む70seedsでは、PRの視点から成長企業の分析を試みることにしました。

企業のPR・広報の基本戦術であるプレスリリースを軸にしながら、時間の流れとともに変わっていった企業のPR戦略とその影響を分析、考察していきます。

どのような戦術・施策を誰に向けて打ち、どのように事業拡大につながっていったのでしょうか。


第1回で取り上げる企業は・・・

記念すべき第1回目は、私(書き手:園部)が個人的にヘビーユーザーでもある旅行メタサーチサイト「トラベルコ」を運営している株式会社オープンドア(1997年設立)を事例として取り上げます。

設立当初はRPGゲームなどの携帯関連事業も手がけていましたが、2011年ごろからリソースを旅行事業に集中させ、2015年12月にマザーズへの上場を果たしました。2016年12月には東証一部への市場変更をしています。

このnoteでは、株式会社オープンドアのプレスリリースが公開されている2007年1月から2019年5月現在までの施策を中心に分析、考察しています。

会社が公表している資料を中心に分析を行ない、推測を交えながら、客観的な視点から外れないように留意しながら考察しています。


1. プレスリリースから読み取れる施策とその影響の概要

株式会社オープンドアのプレスリリースは主に4つに分類できます。(全プレスリリースを分類したスプレッドシート


1-1 ①サービス系(青塗りつぶし)

2006年から上場前までのプレスリリースの多くを占めているのが、新機能やサービスの改善など、ユーザーの利便性向上のための施策の報告をする旨のものです。観光地の特集を組んだり、食やアクティビティを切り口にした特集を組むなどして、インターネットで旅を買うという経験に慣れていないユーザーに対しての購買のハードルを下げることに寄与したのではないかと推察します。

1-2 ②調査系(緑塗りつぶし)

トラベルコは、ユーザーからのデータを活かし、人気の検索ワードを集計してそれを発表しています。ユーザーが作り出したデータ自体がユーザーのためになるという好循環を生み出すネットワーク効果ですね。特に2012年頃からは毎月コンスタントにその月ごとの人気検索ランキングを発表しています。

1-3 ③ビジネスファクト系(赤塗りつぶし)

2015年12月にマザーズに上場して以降、同24日にJTB海外ホテル予約と連携したのを皮切りに、連携や提携についてのプレスリリースが急激に増加しています。
トラベルコのユーザーが着実に増えたことで、各旅行代理店などが連携を開始。連携のほぼ全てがマザーズへの上場以降ということを踏まえると、上場することによる会社への信頼性が増し、事業の拡大につながっていることがわかります。

1-4 ④掲載実績系(グレー塗りつぶし)

2009年頃からはメディア露出に関するプレスリリースも増えています。
はじめは、ビジネス系の新聞や節約情報について特集した雑誌などで露出していますが、2010年に初めてテレビで取りあげられて以降は連鎖反応のように続き、2014年までのメディア露出には目をみはるものがあります。

特に、お金や節約といったこととの親和性が高く、価格に敏感なF1層を対象としたメディアへの露出も多いのが特徴です。

分類種別と年ごとにプレスリリースの本数を整理してみました。

2015年以降のメディア露出については少し落ち着いた印象です。
最近ではTVCMをはじめとする広告に資本を投入しているため、広告による認知拡大の比重が高まったといえるでしょう。

トラベルコ自体のブランド力や認知度が低かった初期の頃から広告を打つのではなく、メディア露出という第三者視点からの信頼性を獲得した上で広告を打った形です。
初期の資本力が小さいときに広告に頼らず事業を成長させる、王道の流れと言えるかもしれません。


2. 施策ごとの分析 「数々の先を見据えた施策」

ここからはもう少し具体的に特筆すべき個々の施策を分析していきます。

2-1 2008年8月6日 特派員ブログ開設

TwitterやFacebookの日本語版サービスが始まった2008年に特派員ブログを開設しています。現地在住者や旅行業関係者など、エリアや旅行に関する知識の高い人が、現地の最新情報を発信していくことで、コンテンツとしての質はもちろん、ユーザーの経験の向上にも影響があったのではないでしょうか。

ブログ自体は2000年9月2日の記事が1番古いものとなっていて、2001年8月25日まではイチローとジュンコさんというペンネームで約1年間ほぼ毎日更新されていました。そのあと3年8ヶ月ほどの空白期間があり、2005年4月7日からエス・ティ・ワールドというペンネームで2007年11月15日まで継続的に更新されています。エス・ティ・ワールドは海外旅行専門の旅行代理店で、その認知拡大とトラベルコブログのコンテンツ蓄積との相乗効果を期待したものと思われます。

ブログを通してユーザーの旅行経験を可視化し、それがSNSで広がっていくという効果が期待できます。2015年8月4日のツイートが現時点で1番古いツイートとなっているため、自社SNSアカウントとの連携をしていたかは定かではありませんが、トラベルコを訪問したユーザーの旅行へのハードルを下げることには寄与していたと考えられます。
また、トラベルコのブログは2019年6月11日現在で44,631記事あり、UGCとしての強みが発揮されています。

2-2 早くからのSNS活用

今でこそ企業がTwitterを活用したコミュニケーションを行うのは一般化していますが、トラベルコは早い段階からSNSを活用しています。

トラベルコ Twitter

初めの頃は、食レポをツイートするなどツイート自体がコンテンツとなるものが多かったようですが、最近では記事のリンクを貼って紹介するという使われ方が主になっています。その点でいうと、他の大企業のようにツイートやユーザーとの交流がコンテンツになっているという傾向はあまりみられません。

メーカーではなく媒介者としての要素が強いため、SNSにおけるポジションの取り方は難しいものがあるのかもしれません。

2-3 各社サービスとの連携

上場直後のJTB海外ホテル予約との連携を皮切りに、連鎖的に企業・サービスとの連携が爆発的に増えています。一般的に広く認知されている企業やサービスと連携することでユーザーの利便性、信頼性が向上したと考えられます。プラットフォーム型のサービスは、ユーザーがいないと掲載する企業が増えず、掲載企業が増えないとユーザーも増えないというニワトリと卵の関係がありますが、トラベルコ はそれまでの地道な努力の積み重ねの結果、一気に好循環を回し始めることができています。


3. スケールした戦略的要因

ここからは、以上を踏まえつつ、トラベルコというサービスがここまでスケールした要因を全体的な戦略を踏まえて私なりに考察します。

3-1 内部の熟成から外部との連携へ

プレスリリースだけを見ると、

【フェーズ1】初期は特集や新サービスに関するものが多い
【フェーズ2】そのあとにメディア露出が増えている
【フェーズ3】上場直前は人気検索ランキングの発表に力を入れている
【フェーズ4】上場後は提携等に関するものが圧倒的に多い

という移り変わりが読み取れます。

これは、初期の段階ではユーザーと徹底的に向き合ってサービスを創造・改良し、その結果としてサービスの価値や利便性が向上したことでメディア露出が増加し、認知の拡大に繋がったといえるでしょう。

マザーズ上場前の1年ほどは、特集や新サービスについてとメディア露出についてのプレスリリースが減り、人気検索ランキングのプレスリリースが大部分を占めています。それでも業績・ユーザー数ともに伸びていることを考慮すると、この時期ではすでにネットワーク効果によって事業が拡大し、リソースはそれまでのブラッシュアップに注ぎ、上場に備えていたのではないかと推測されます。

上場直後は他社との連携がプレスリリースのほとんどを占め、メディアへの露出もまた徐々に増え始めました。上場したことでメディア露出に加えた信頼性と資金を得たことで、それまでよりもサービスの幅、ユーザーの数も圧倒的に増加しています。連携がさらなる連携を呼び、周りを巻き込みながら螺旋状に規模が拡大していく好循環です。

プレスリリースで発表されていないメディア露出では日経新聞などの記事が多いですが、これらは認知の拡大というよりは業績についての記事で、株価の上昇、それを起因としたさらなる業績アップを周知するという側面が強く、ユーザーの獲得への影響はそれほどないと考えます。

このように、その時々のフェーズにあった施策、情報発信がうまく戦略的に組み立てられていたことが、トラベルコがここまで拡大した要因として読み解けるのではないでしょうか。

3-2ユーザーアセットの活用

人気検索ランキングでは、ユーザーの検索結果がいつの間にかそのランキングの構成要素になっているため、意図的な順位づけではなく公平性が担保されます。

さらに、市場の興味関心・トレンドをいち早く取り込み特集にしたりすることでそのムーブメントをさらに大きなものにするということができる。移り変わりの激しい旅行のトレンドをユーザーの検索データから読み取り、それに対応した特集をすぐに組めるというのはトラベルコの強みです。

また、ある観光地がたまたまメディアで取り上げられた結果、トラベルコでの検索ランキングが急上昇したという場合もあれば、トラベルコで特集を組んだ結果として検索ランキングが上昇し、その動きが市場に広まっていくということもあります。

社会と複雑に絡み合いながら、トラベルコが売りたいものを押し付けるのではなく、市場が求めているものに柔軟に素早く対応できるのは検索エンジンを自社で構えている大きな利点です。

4. 類推される成長要因とリスク

株式会社オープンドアは、開発を委託せず自社での開発を一貫して行なっているため、ユーザーから収集したデータをすぐに次の施策に反映できるのも競争優位になっています。

つまり、優秀なエンジニアの確保が事業発展のためには必須であったわけですが、大型の資金調達をすることなく高い自己資本比率を保ったままエンジニアを確保していたのはスタートアップの採用競争が激しかった時代において素晴らしいことです。

しかし、これは逆に優秀なエンジニアが他の企業に流出してしまったり、システム障害や革新的な技術革新が起きた時にトラベルコの事業が危機に瀕するという可能性も大いに秘めていたと言えます。リソースを確保し続けて来られた裏側には、社員エンゲージメントの高さを保つ効果があったことも、PR活動の効果として考えることができるかもしれません。

5. 個人的な所感

この事例からは、企業だけでなく、個人にも活かせる学びがあるかもしれない、というのが個人的な気づきとしてあります。

株式会社オープンドアがトラベルコというサービスの初期にコツコツとコンテンツを作り、磨き上げていくことで、まずは目の前にいる人の役に立とうしてきた姿勢は大変堅実で美しい姿だと思いました。

トラベルコは単なるメタサーチサイトとしてだけではなく、ひとつのメディアとしての役割も兼ねています。そのため、Public Relationsでいう社会との関わりは非常に複雑でそのステークホルダーも非常に多岐に渡ります。

それぞれの発信力が高まったことで、個人レベルにおいても様々な人との関わりを常に意識することが求められるようになった現在、変化の激しい世の中を生きていくうえで、トラベルコの戦略的な行動から学べることは多いように思います。

個人の時代ということが言われるようになり、SNSでのフォロワーの獲得に必死になったりする人を見かけることもありますが、まずは目の前にいる大切な人の役に立とうと全力で向き合うことから全ては始まるのではないでしょうか。本質でないものに囚われ、表面上だけで固めてしまったものは非常に脆いものです。

何者かにならなくてはいけないというようなプレッシャーを感じがちな世の中ですが、何者かになろうとしてなるのではなく、いつの間にか何者かになっているのだと思います。目の前のことに愚直に向き合うことは一見遠回りに見えるかもしれませんが、それこそが何者かになるための近道なのかもしれません。「何者か」になるために 

調査・分析・執筆:園部優樹(70seeds)
監修:岡山史興(70seeds)


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