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【エッセイ】新世界の魔女とアラサーフリーター女のハチャメチャ生活

私が魔女と暮らすことを決めた理由は、至極子供じみたものだった。

26歳。
新卒で入った会社をなかなか辞めることが出来なかった私は、
「仕事を辞めるため」に次の転職先を決めた。
ニートになるのは怖かったから。
結果、新しい会社も半年で辞めた。
自己分析もしっかりとせず勢いで決めたのだから納得の結果である。
そしてあっけなく、恐れていたニートという生物に変身した。

実家暮らし、家事苦手、貯金無し、むしろ整形に使ったカードローンと大学時代の奨学金の返済で借金まみれ。
そんなろくでなしの私の目に飛び込んできたのは「今うちでバイト募集してるよ」「部屋空いてるよ」という大阪の親戚(敬意を込めて魔女と呼ぶ)からの連絡だった。

……行っちゃおうか。

転職活動なんかしたくなくて、でも何もしていない自分も嫌で、貯金は底を尽きて借金はふえるばかり。
それと、母親。
かつて私がしっかり貯金をして、一人暮らししたい、と打診したら猛反対した母親。
夜に出かけることが増えると「そんなに私のことが嫌いなの?」と典型的ヒス構文を浴びせてきた母親。

嫌いなわけない。私を女手1つで育ててくれた大事な人だ。そして私のだらしない部分を見て心配しているのもよく分かる。

それでも、
やっぱり正直、そんな環境からも逃げたかった。

渡りに船とはこのこと。
【魔女と生活する】というのはとても魅力的な提案だった。
私は現実から逃げるために東京を出た。


魔女のこと

魔女との生活を綴る前に、
まずは魔女が魔女たる所以についてお話ししたい。

魔女は私の母親の叔母、つまり私の祖母の妹だ。たまに東京に来た時に喋るくらいで、そこまで大きな接点は無い。

声が大きくて、気が強くて、足音がうるさい。
もりもりに盛った白髪混じりの髪の毛に、高い鼻。ドギツい色を好んで、ショッキングピンクの靴を履く。
余談だが、私が小さい頃には「ヤッホー!」と、サングラスをかけて肩で風を切って現れるその様子から「ヤッホーのおばちゃん」と呼んでいた。
幼少の私からしたら少し怖かったけれど、一度会ったら忘れないようなインパクトと生き方が羨ましくもあった。

「アンタは本当にどんくさいね」
「子供たちの中でいちばんトロい子じゃないかしら」

彼女はこんなことを東京に来る度に私に言った。その口調もアニメにでてくるような、いかにもな魔女。
ラピュタのドーラに似ている、と彼女の知り合いが言っていたのを聞いた時は、これだ!と思った。湯婆婆のようでもあるし、荒地の魔女と言われてもウンウン、と思える。
ここまで書けば何となく想像できるだろうか。
圧倒されるような精神的気迫。
そんな彼女に呼び名をつけるなら「魔女」がピッタリなのだ。


魔女の会社のこと

話は冒頭に戻る。
大阪行きを決心した私は、その月の末には魔女の会社でバイトとして働き始めた。常に勢いで生きている。

それまでやってきた仕事、大学で学んだことと近い職種なこともあり、どんくさい私でも早い段階で「楽しい」と思える瞬間があった。
バイトだからそこまで責任を感じずリラックスできていたのかもしれないが、何より、職場の環境が東京での生活とは全く違い、全てが新鮮でドキドキできて、嬉しかった。

家と職場は通天閣のすぐ下。
社長夫人である魔女は、街で知らない人はいないくらいの有名人だ。
皆、彼女のことを「ママ」と呼ぶ。
(これもドーラを彷彿とさせる)

魔女の周りにはいつも話し相手のおじいちゃんやおばあちゃんがいて、職場の前のベンチで世間話を平和に繰り広げている。目の前にはSNSでもよく見るハッテン場。カオスでしかない。
たまに近所の喫茶店のバナナジュースを従業員みんなで飲んだり、夕方には各所にチラシを貼りに新世界の街を自転車で爆走したり、老舗の鴨つけ麺のお店にみんなで行ったり、
古くて新しい、知らない世界に溶け込んでいく瞬間はとても心地の良いものに思えた。
初めて自転車でこの街を巡った日、なめらかな風が肩を撫でていった感覚を今でも覚えている。

社員やアルバイトの皆さんも個性豊かだ。
いじられがちな新人芸人の先輩は、よく声が小さいからとおじさん達に特設ステージで大声出し大会をさせられていた。(そしていつも最下位)
一人称が「ワシ」のおじさんも独特で、自分で描いた謎のイラストをラミネートして職場の壁に貼っていた。
他にもポケモンGOしかやらないおじさん、優しいママさんバイトに高校生の先輩、スズメの餌やりが日課のバイトリーダー……全ての人にクセがあり、でもどこか暖かくて、さすが魔女の元で働くだけあるな……と感じた。
(もちろん、働いていくなかで難しい部分もそれなりにはあるけれど、ここではあえて、この素敵な部分だけをお伝えしておきます)


魔女との暮らし

魔女は私に空き部屋を用意して、家具も全て揃えてくれていた。
ご飯も頻繁にご馳走になった。
お世話になりすぎるのが嫌で自分でやりたいと言ったら、料理も教えてくれた。
いつも通り、アンタはなんにも出来ないのね、なんて言いつつも。
家事ができないことをボヤいたら、金持ちと結婚してお手伝いさん雇えば良いじゃない。と言われたこともあった。さすがに笑ってしまった。
逃げるために東京から来たろくでなしアラサーにここまでしてくれたこと、とても感謝してもしきれない。そしてたくさん迷惑をかけたな、と反省している。(私は勢いで行動してから後悔することが多い)

魔女と私は、仕事が終わってからご飯を食べつつ、ゆっくり会話するのが日課だった。
と言っても彼女は「当時26歳の私」の「祖母」の「妹」なわけで、見た目はパワフルでも歳はそれなりだ。
したがって、会話の内容はほとんど毎日同じようなものだった。(話したことを忘れているのだ)
それでも、母でも祖母でもない不思議な立ち位置にいる魔女は、私にはとてもありがたい話し相手だった。

魔女は自慢話が多い。
地頭が良くて勉強してこなかっただとか、若い頃は男の子とよく出歩いていただとか。
人によっては嫌かもしれないが、嫌われることさえも気にしないその姿勢と自信が羨ましくて、私は魔女の人生に興味津々だった。

相談もたくさんした。
対人関係のことを話したら「アンタは気にしすぎよ、人なんてそんな他人のこと気にしてないんだから」と言い、
人の評価を気にしすぎるという悩みには「何も言われないで無視されるより嫌われて悪口言われる方が話題の中心になれていいじゃない」と言った。

いちばん印象に残っているのは、恋愛相談。
私は当時、東京に好きな男がいた。
付き合ってはいないけど、ずるずると関係を続けていた男が。
大阪行きを決めるまではそこまで親密ではなかったのに、そこからどんどん仲良くなってしまって(きっともうすぐ会えなくなる寂しさから余計に燃え上がっていた)、旅立つ頃には大好きになってしまっていた。
大阪に来てからも電話をしたりLINEをしたり。
離れて5日目には寂しくて死にそうになっていた。
切り替えが得意な私ではあるが、東京への唯一の未練は彼のことだった。

私は彼のことも魔女に話した。
愛知出身の人だと言うと、「名古屋の男は東京の女とは合わないのよ」と根拠の無いことを自信ありげに言っていて、ちょっと笑ってしまった。

離れて悶々としているのも嫌で、私は彼との関係を終わらせようと思った。
電話をする前に「東京の男にフラれてきます!」と報告すると、
「男は踏みにじって捨てるものよ」と返された。
そ、そうなんだ……。
「男なんていくらでもいるんだから、大阪で彼氏作ればいいじゃない」「夜出かけてもあたしはなんも言わないわよ」「この辺はあぶないけどね」なんて声をかけられて、私は自室に戻った。

その時の電話の内容はまだしっかりと覚えている。気持ちを伝えたうえで、じぶんはだらしない人間(フリーターだし、お金ないし)だから、あなたには選んでもらえないと思うから、終わりにしよう、と言った。
本当は否定してほしかったけれど、そのままお別れすることになった。
私には魔女のように男を捨てることは出来なかった。

柄にもなくボロボロ泣いて、少し赤い目で部屋を出て、お風呂貰います、と浴室に向かった。
私が正社員だったら付き合えた?とか、大阪に来なければよかった?とか、ずっと無駄なことを考えていたけれど、少しさっぱりして、ほっぺを叩いてリビングに戻った。

「それでどうでしたか?」
「……フラれました!」
「そうですか」
「新しい男みつけます!」
「それはそれは、頑張ってください」

ちょっと小バカにしたような、でも心配してくれているような、こちらを全く見ずにテレビを見ながら話してくる魔女の空気で、少し救われた自分がいた。
そして吹っ切れた私は、Tinderで無双することとなる。


魔女とわたしの生活

魔女との生活は、意外にも心地よく(それはなんだかんだで魔女が私に気を遣ってくれていたからだと思う)、それなりに続いた。
知らない街で楽しいことも悲しいことも経験して、人の暖かさも知った。
夢も改めて見直すことが出来た。
そして今、どこかに魔女のことを記録しておきたくて、寝起きのままここに打ち込んでいる。

まだまだ書き足りないくらい細かいエピソードはたくさんある。
全て書くと日が暮れてしまうので厳選すると、
魔女が犬のフンを触った手で氷を直掴みし、そのまま麦茶に入れて飲んでいるのを目撃した回は特に印象深い。
私はそれ以来、麦茶を飲むと心做しか良くない臭いを感じるようになった。
魔女に衛生管理という概念は無い。

また、魔女の姉にあたる私の祖母もなかなかの曲者であり、魔女が東京に来る度にバトルを繰り広げていた。
祖母は常にトップに立ちたいという欲望から町内会の婦人部部長を何年も務めたものの、虚言癖があるためか町で1番の嫌われ者でもあった。
Googleのストリートビューで実家を検索すると、玄関前に仁王立ちする祖母の姿を見ることができる。
無作為に通行人を捕まえて話し相手にするのだ。
図太い性格で生命力が高く、もちろん今でも存命で、おそらく400歳まで生きるのではないかと噂されている。
この祖母についてはまた後日記事に出来たらと思う。

話が逸れてしまったが、魔女とわたしの生活はとても実りのあるものだった。
いつか私が魔女と同じくらいの年齢になった頃には、彼女のように唯一無二の存在になれていたらいいなと思う。

※一応の身バレ防止としてある程度フィクションも混ぜています。読んで気づいてしまった方はそっとしておいてください。

見てくださってありがとうございました!

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