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出逢う服 惹かれるセンス

人との出逢いも大切だが、モノとの出逢いも大切だと思う。
時にはその人の人生や価値観を変える程の影響力がある。





僕は昔から洋服が好きだった。

小さい時はたまに親の買い物に付いていき、自分の服も買ってくれる時などは嬉しくて仕方なかった。
僕が大人になってから聞いた話たが、僕の母親が洋服が好きで当時はかなり最先端だった池袋パルコでよく服を買っていたという。

母親の影響は僕だけではなく、僕の兄にもかなり影響はしてる。特に2人いる兄のうちの次男、浩介(コウスケ)だ。


浩介は高校生の終わりくらいから興味が加速した。好きだったミュージシャンが着ている洋服などチェックしてはお金を貯めて買いに行っていた。
浩介の買う服は基本的に高かった。
安い服を買ってる姿をあまり見たことがない。どこからそんな資金が出てくるのか一緒に住んでいながら不思議だったが、細かい雑費などはほとんど使わなかったのだと思う。
本が好きだったので、自分のお金をほとんど服と本に使っていたのだと思われる。




浩介も僕もそうだが、大学生〜社会人と大人になるにつれ、だんだんと高いものを買えるようになってきた。

最初はセレクトショップに始まり、国内のデザイナーズ、そしていわゆるハイブランドにまで手が伸ばせるようになった。

最近ではアメリカ発のストリートブランドが流行っているが、一貫して好むのはヨーロッパのモード系だ。
シューズのみスニーカーやバッシュを履くこともあるが、基本的には派手めのものや奇抜なのではなく、王道の紳士服である。

3歳上の兄・浩介には本当に影響を受けた。

男兄弟には珍しかったかもしれないが、かなり仲も良く大人になるにつれ親友のような感覚だった。
よく買い物も行ったしご飯を食べに行くことも多かった。
洋服や音楽の話も合ったので、中途半端な友達よりもよっぽど一緒に居て気が楽だったのは浩介も同じだと思う。


浩介は特に凝り性だった。
ハイブランドの歴史から最新のコレクション、デザイナーの特長など幅広くファッションについて興味を持ち、調べてはお店にもよく足を運んだ。
好きなデザイナーが新しく有名ブランドのディレクターとなり、最初のコレクションが発売された時は朝早くに新宿伊勢丹に向かう程だった。


浩介とは、普段の時や家族でいるときもファッションの話をするので自ずと僕も詳しくなってきたし、奥深さも何となく知ってきた。
兄弟でも若干、好みの違いは出てくるのが、お互いにとっても面白かった。
お互いに発見があり、お互いに刺激し合っていた。

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ファッションの世界は本当に奥が深い。


何を良しとするのか・何を以てお洒落なのか・値段の高いモノは何がどう違うのかなど、様々な要素が複雑に織り成している。


ただひとつ言えることは、ファッションは

《自由》

だという事。


それだけは専門的にファッションや服飾を勉強した訳ではない僕でも理解できる。


その人が身に付けた服やアクセサリーがその人のファッションとなる。


その自由な表現が出来るから個性が出るし、自由であるが故にありとあらゆる表現かあって奥が深い。
正解が無いから可能性も無限にある。


時季や年によってトレンド(流行)があるのもまた飽きがこない。
流行はもちろん自然に出てくるものではない。
あくまで人為的に計算された流行かもしれない。有名デザイナーがこれだと思って出したものをファストファッションが真似すれば爆発的な拡がりを見せる現象はしばしば起きる。


それもまた面白い。

流行を追いかけず、自分が良いと思う服を買い、それを丁寧に手入れすれば、体型さえ変わらない限り5年・10年と長く楽しめるのも個性だと思うし、それもまた面白いと僕は思う。


本当に自分が惚れ込み、気に入って買った服というのはいつまで経っても大事にするし、細部にまで作り込まれたクオリティーの高い服は10年経とうが色褪せない。


流行など関係なく格好がつくし、別に古かったとしても恥ずかしくも何ともない。


ファッションは自由であり、服への愛着を惜しまず大切にすればちゃんと応えてくれる。


僕はたかだか30数年の人生しかまだ歩んでないが、そう感じてる。

ファッションは好きだし服はいつだって買いに行きたいと思うが、ファッションの仕事をしようとは思わなかった。
グルメな人がレストランなどで働くかと言われればそうとは限らないのと似ているかもしれない。
あくまで自分の楽しみとして、物欲と目の保養のためでもある。


今のこの現代にはモノが溢れている。

あり過ぎるくらいだ。


確かに人間には欲求がある。

買おうと思えばインターネットでも簡単に服が買える時代になった。


これだけ在るにも関わらず、納得しての購入や衝動的に買ってしまう程の服に出逢うのは、実はそこまで多くない。
これは僕だけかもしれない。

かなり自分本位な基準になってしまうが、年間を通じて2〜3着、更に言えば年間で1着あるか無いかぐらいの遭遇率だと思う。
もちろん服の用途は多用にあるので、仕事用や運動用に購入することはある。



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僕はこれまでも色々な服と出逢ってきた。


自分のその時の感情や公私における人間関係・生活環境によっても、好みやその時選ぶモノは趣向が変わっているかもしれない。



僕が出逢った中で最も衝撃的だった1着がある。
バーニーズニューヨーク銀座店でその服とは出逢った。


2017年の秋頃だった。
もともと銀座・有楽町・丸の内周辺は買い物といえば頻繁に来ていた。
地名だけ聞くと高級志向だが、必ずしも高い服ばかりではない。

良いお店やこの地区にしかないお店などもあるが、街並みが好きだった。

落ち着きがあり、人を寄せ付けない排他的な印象もない。最先端を行きすぎてもない。


ただただ、上品で主張し過ぎず調和を重んじていると僕は勝手に思ってる。
青山・表参道地区よりも断然こちらの方が好きだ。

いつもの様に何気なくお店を見に行った。
バーニーズニューヨーク銀座店は紳士服の多くが地下のフロアのにあるため、店内中央の階段を降りて正面にポップアップのコーナーがあり、左手の奥の方にセレクトされた新作が並べられていた。

売り場に差し掛かる手前の目立つ位置にマネキンがあり、そのジャケットを羽織っていた。


そのジャケットが仕立てのいい事はすぐに解った。
『あ、これは違う。これはヤバい。絶対高いけど、絶対に格好良い』と直感的に感じ取った。

近くにサイズ違いの同じジャケットがハンガーに掛かっていた。襟のタグにはブランドの名前が刻まれていた。

『DRIES VAN NOTEN』


ドリス ヴァン ノッテン。


浩介と話してた時や一緒に買い物で色々な服を見ていた時に聞いたことがあるブランド名だった。しかし実際はそこまで詳しくは知らなかった。

バレンシアガ、ジル・サンダー、メゾンマルジェラなど有名ハイブランドの中にそのジャケットはあった。


ジャケット自体はとてもシンプルな代物だ。


ブラックフォーマルでも使えそうな無地の黒でラペルの細い1ボタンのジャケットだった。
価格は約11万円。

もちろん似たようなジャケットは他にもあるが、思わずその時はマネキンの着ていたそのジャケットに魅せられてしまい、しばらく見ていると店員に話しかけられた。促されるまま試着することになった。


僕はその当時、ハイブランドや10万円を越えるような服は手を出せなかったし、試着すらした事はなかった。


そうそう一般庶民に洋服1着10万円というのは考えにくいし、よほど服が好きでなければ簡単には買えるレベルではない。


0がひとつ多いのだから普段着としても使えない。緊張してしまうし、もし汚したらなんて良からぬ事も考えてしまう。

どうしたって現実的ではない。



ただ、試着してそのジャケットに袖を通し羽織った時に、今までの人生で味わった事の無いほどの衝撃を受けた。

大袈裟かもしれないが、本当に自分の中でガーンという音と共に全身に電気が走ったような感覚だった。

生地の感触、身体へのフィット感、適度な重量感が今まで体感した事もない心地よさと幸福感だった。

何より細部のこだわりが素晴らしかった。

ボタン、ラペル、スタイルなど、着た人をすっきりと綺麗なシルエットに映すその仕立てに感銘を受けた。


圧倒的に打ち負かされたので、気持ちとしては即購入したかった。


しかし11万という金額にはやはり即決出来なかった。
その日は一旦、気持ちを落ち着かせるためなにも買わず後にした。


その日の夜に浩介へ連絡した。こういう事があったと相談すると、概ね前向きだった。

『ドリスはいいよ。シャツとかなら持ってるけど、着心地が良いのと細身のシルエットで形が決まりやすい。むしろハイブランドのジャケットで11万は安い方だよ。仕立ては間違いないから大事にすれば15~20年は着れるよ』と。

もともと、店を後にしてからそのジャケットが気になって仕方ない僕にとっては浩介に相談したことで、より背中を押された気分だった。


また、浩介は続けて『バーニーズとかの高級セレクトショップはあんまり買い付けする入荷数が少ないから、ワンサイズ1、2着しか入らないよ。ドリスは人気あるからもしかしたら新作なら早めに見に行った方がいいよ』とも話してた。

浩介とのやりとりの後、ドリスヴァンノッテンの事について調べた。


@ドリス ヴァン ノッテン

ドリス ヴァン ノッテン(Dries Van Noten)はベルギーのラグジュアリーブランド。様々なカルチャーやテイスト、時代を融合させて、シーズンスタイルをつくり続けている。

創業者はドリス・ヴァン・ノッテン(DRIES VAN NOTEN)。1958年、ベルギーのアントワープ生まれ。祖父の代から続く高級品分野のブティックを経営する家系に生まれる。10代このろから両親についてパリやミラノに服の買い付けにいくなど、ファッションに携わる環境で育つ。そのためデザイナーへの道は自然に決まっていった。

77年、アントワープ王立美術アカデミーのデザイン科に入学。在学中に、フリーランスとしてデザインを手がけ、父親の経営するブティックのバイヤーなどにも携わる。81年、アントワープ王立芸術アカデミーを卒業。

卒業後、アントワープの政府が企画したモード活性化のためのプロジェクト、生産工場とデザイナーを結びつけるためのコンクールに参加。当時のメンバーはドリスを含めアン ドゥルムメステール、ウォルター ヴァン・ベイレンドンク、ダーク ビッケンバーグら後に「アントワープの6人」と呼ばれるデザイナーにマルタン・マルジェラを加えた7人。

※ファッションプレス ブランド紹介ページより引用

僕は銀座店で衝撃を受けてから1週間後くらいの週末にまた見に行くことにした。
気になって仕方がなかったからだ。

今度はバーニーズニューヨーク新宿店に行った。
浩介からで、新宿店の方が広くて品数も多いとの事で見に行った。そして浩介と浩介の奥さんも見てみたいというので何故か3人で行くことになり、新宿駅東口で待ち合わせた。

浩介が言っていた通り新宿店の方が8階建てのメンズだけで3フロアくらいあり、品数も多かった。

お目当てのジャケットは置いてあり、自分に合うサイズがあったが、店員がすぐに寄ってきて『もう出てるだけですよ』と言っていた。浩介の話通り、あまり在庫は持ってなかった。

もう一度、試着する事にした。
やはりあの時と同じ感覚がまた蘇ってきた。


もう腹を決めて買うしかないと思う程だった。

浩介も『これはイイね。間違いないよ』と言っていた。
もちろん兄嫁も良いですねと話し、満場一致で購入に至った。

対応してくれたスタッフも好印象だった。
飄々とした色白の若そうなお兄さんだったが、おそらく服が好きなのだろう。ドリスの特徴や新作についてなどかなり細かく話してくれた。

洋服を買う際に店員さんとの印象もけっこう重要視している。


それも縁だと思うからだ。

向こうはあくまで仕事なのだが、ただマニュアル通りの接客をするのか、相手の好みを汲み取り、寄り添うように似合う服を探す店員とでは印象が全く違う。


せっかくモノがいいのであれば、気持ちのいい買い物をしたい。

サービスもやはり大事だと思う。



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購入後はそこまで着る機会はないが、たまに眺めては満足感と幸福感を得ている。


見る度に、触れる度に思う。


ドリス ヴァン ノッテンのシンプル且つ洗練された細部に光る抜群のセンスを。


今回のジャケットとの出逢い以降も、年に1着はドリスヴァンノッテンの服を何かしら買うほどの虜になってしまった。


最初に出逢ったジャケットとは、まだまだこれから長い付き合いになると思う。

自分の今後の人生を共にすると考えれば、良きパートナーとなれる服に出逢えた事は、僕は幸せだと思う。


服も出逢いだ。

まだこの先もどんな出逢いがあるかわからない。


それも、ふとした何気ない時に強烈なインパクトを受ける時が来るかもしれない。


アンテナは常に張っていよう。

僅かに光る、作り手のセンスを見逃さないように。

眼を凝らし、全身で感じとろう。

緻密なセンスの奥に、必ず神が宿っている。

僕はそう信じている。

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