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オーバーステイの代償 Chapter 2 出頭・勾留

カリフォルニアドリームを生きながら、不法滞在者・及び不法就労者としての生活も3年を過ぎていた。その頃、俺はよく目の前に壁があるような感覚になっていた。その壁は絶対に越えられなくて、その先に進めない。不法滞在者であるということは、社会的ステータスの向上が出来ない。仕事をしたくても、正規雇用が出来ない以上、雇用されながら、昇進すると言ったステップアップの道は、ない。越えられない壁が立ちはだかる、行き止まりだ。Dead end.いくら頑張ったところで、高いところへは行けない。Im trapped.

カリフォルニアでの生活にお別れして、荷物をまとめて日本に帰るべき。もうその頃は気づき始めていた。カリフォルニアドリームから覚める時間。夢から覚めるきっかけが欲しかった。カリフォルニアドリームに踏ん切りをつける事がどうしても出来なかった。

そのまま日常を続けていても、おそらく何も起こらない。移民局のオフィサーが家に来て逮捕されるような事も、ほぼあり得ない。カリフォルニアドリームを生き続けることができる。そんな事を考えていると、当時働いていたスポーツフィッシングボートのオーナーから、メキシコにしばらくボートを移動させるから、一緒に来い、と誘われた。当時俺はメキシコでのスポーツフィッシングに憧れていた。俺もカジキを釣れるかもしれない。夢みたいな話だった。

メキシコトリップのプランはこんな感じだ。スポーツフィッシングのボートでカリフォルニアのニューポートビーチからバハカリフォルニアの先端、ロスカボスまで移動し、カジキ釣り大会のお祭り騒ぎに参加する。その後、バハ半島とメキシコ本土の間の内海に面した場所にある、オーナーの別荘にボートを移動させる。その後、ボートでカリフォルニアまで航海する。途中、オーナーとオーナーのゲスト達が、プライベートジェットでメキシコに来て、数日乗船しては、またカリフォルニアに帰る。それを何度もやる。その際釣りをするから、俺は釣りのサポートや魚の処理をやる。

旅の終わりに、メキシコからアメリカに再入国する際に、ボートで再入国することになる。米国再入国の行程がリスキーだった。最悪、俺は移民局のオフィサーに逮捕され、ボートのオーナーは、俺の不法入国に関わったということで、法的な措置を受けるだろう。

最後のステップでボートのオーナーに迷惑がかかることがあってはいけない。米国水域に入る前の最終入港地である、エンセナダ(Ensenada)で俺はボートを降りることに決め、そしてオーナーにはメキシコに行くとに返事した。こんなチャンスは二度と無いだろうと思ったし、この旅が、日本に帰国する為のきっかけになるような気がしていた。

メキシコとアメリカの国境の街、ティファナ(Tijuana)では、徒歩でアメリカに入国できる場所がある。そこではカリフォルニアの運転免許証を見せて、自分はアメリカ国民である、と嘘をつけば、簡単に入国できる。いつも日系アメリカ人に間違えられる俺にとって、そんなイカサマはチョロい。ただし、また嘘をつかなければいけない。嘘をつけば、またカリフォルニアドリームの続きが見れる。そんなシナリオを画作した。

結局、そのシナリオ通りには事は進まなかった。メキシコでのボートの旅を終えた俺は、ティファナの国境で、米国の入国審査のカウンターで、日本国パスポートを提示した。すると、入国審査官は、2003年の夏から、ずっとアメリカに滞在している事について質問した。俺は全て正直に語った。

内心ほっとした。長いカリフォルニアドリームから覚めた瞬間だった。日本に帰るきっかけができた。その日の夜、ニューポートビーチの自宅のベッドでは寝れないだろうと悟った。死ぬほどビールが飲みたかった。

その日の夜、俺はカリフォルニアのサンディエゴ市とメキシコのティファナの間にある、入国管理局の留置所で一夜を過ごした。確か、一睡もしなかったと思う。留置所にはメキシコ人が何人も勾留されていたが、日本人である俺は、一人だけ別室に入れられた。人種が違うと、何かしらのトラブルが起きるからだろう。俺は分厚い防弾ガラスのような素材で作られた、水槽のような場所に入れられた。向かい側にはメキシコ人が何人も入っていて、俺を珍しそうに見ていた。

翌朝、俺はサンディエゴ市内にある別の留置所に移動した。そこでは文字通り見ぐるみ全て剥がされ、持ち物は全て没収された。素っ裸にされて、水のシャワーを浴びるように指示された。シャワーを浴び終えると、水色の囚人服を支給され、また水槽のような部屋に入れられた。その部屋には、他の囚人達が次々と入ってきた。メキシコ人やグアテマラ人などが居た。俺は片言のスペイン語で彼らと話をした。

スキンヘッドで悪魔のような眉毛をした若い兄ちゃんに話を聞くと、彼はメキシコからアメリカへの密入国をする際の案内人だそうだ。今回、その仕事中に捕まったそうだ。こういった仕事をする連中のことを、コヨーテとかポイェロス(Polleros・鶏飼い)という。彼は自分はポイェロだと言っていた。捕まるのは初めてでは無いそうで、本人は反省している様子もない。捕まって、しばらく勾留されるのも、仕事のうちなのだろう。最終的にはアメリカの税金で、メキシコに強制送還されるらしい。メキシコに戻ったら、また捕まるまで、ポイェロの仕事をするのだろう。

続く

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