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私と彼女と、あのひとの話

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三人の登場人物が織りなすショートショート、短編小説
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記事一覧

「答辞」|短編小説

「答辞」|短編小説

【1】

2020.2.29

 空が白く広がっているから、午後には雪が降り出すかもしれない。そう思いながら窓の外を眺めていると、国語準備室の扉を遠慮がちにノックする音が聞こえた。振り返り、「どうぞ」と声を掛ける。視線の先には、生徒会長をつとめていた、江本奈智の姿があった。
「おはよう。どしたの?随分早いけど」
 瀬野が問い掛けると、江本はおはようございます、と挨拶をしながらゆっくりと準備室に足を

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あの子とピアノ 3(完)|短編小説

▶冬 2

 あの一件以来、あの子と顔を合わせることはなくなってしまった。どうやらレッスンの時間自体を変えてしまったらしい。
 同じ合唱部ゆえに、コンクールの地区大会や県大会で姿こそ見かけたものの、大勢の中の一人にすぎないし、そもそも学校が違う生徒へなど、話しかける隙などは一秒たりともなかった。あの子の弾くピアノは、あい変わらず凛としていて、とてもすてきだった。

 コンクールシーズン、部活一色で

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あの子とピアノ 2|短編小説

▶夏 2

 小学校を卒業すると同時に、りっちゃんとはぁちゃんは習っていたピアノを辞めた。ピアノよりも体を動かすことの方が好きな二人は、バレーボールやテニスといった部活に所属することになり、もともとおろそかだったピアノの練習がさらにできなくなってしまったらしい。
 辞めるつもりなどこれっぽっちもなかった私はというと、一人でピアノ教室に通うことになっても、それを苦に思わなかったし、いずれは伴奏がした

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あの子とピアノ 1|短編小説

▶夏 1

 あの子と初めて会ったのは、六年生の夏。だけど、その時はまだ、あの子が弾くピアノを聴いたことがなかった。

 小学校に上がると同時に、幼馴染三人で通い始めたピアノ教室だった。私のレッスンは毎週火曜の夕方五時半がお決まりで、その三十分前の五時からはりっちゃんが、私のあとの六時からははぁちゃんがレッスンに入っていた。二人は、ピアノを弾くよりも先生とお喋りする時間の方が長かったけれど、私は違

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ラムネは青い|短編小説

ラムネは青い|短編小説

▶1

 第二体育館のすぐ横にある水泳用の更衣室は、暑さと湿気でむわりとした空気に混じって、プールの水の、塩素の匂いが漂っていた。足を一歩踏み入れただけで、額にじっとりと汗が滲む。六月になってからすぐに梅雨入りし、暑さも急に増した。もうすぐ本格的な夏が来ることを思うと、妙に浮足立つ。うわー、あちー、と話しながら、他の部員たちも次々と更衣室へとやってきた。早々と着替えて外に出ると、夕暮れ時の生ぬるい

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