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桃のプライド

「天下無敵」

これは桃の花言葉である。まんまるで艶かしい形と甘く豊潤な果汁をたっぷりと含んだ桃から想像もしていなかった花言葉に私は一瞬にして心が撃ち抜かれてしまった。あれほど小さく控えめな桃が古くから″不老長寿の実″、″魔除の効果がある実″と謂われていると聞いて、私はなんだかとてつもない力を感じてしまい青果コーナーにまっしぐらで桃をお迎えに行った。帰り道は手元の袋の中からあふれんばかりに漂よう甘い香りに終始翻弄されていた。


帰宅してすぐに台所へ行き、透明なセロファンに保護されてお利口さんに箱に収まっている桃を丁寧に洗って水気を拭き取ってあげた。普段なら桃を洗ったらそのまま丸ごと齧り付くのが我が家でのお決まりだ。無我夢中になって口のまわりがベトベトになるのも厭わず、甘い果汁が手から溢れ腕をつたいそれを掬うことに溺れる感覚がたまらない。だけど今回に限っては違った。あんまりにもお利口さんでお姫さまのような桃を目にして齧り付くことに躊躇する私がいた。なんだか少し嫉妬したのかもしれない。誰でも魅了するような濃厚で甘く立ち昇る香りを身につけて、今までも、そして、これからも永遠に大切にされ続けるような桃が私の手の中でずっしりとした重みを預けていた。そんなことを考えながらも気づけば桃に歯を立てて食らいついていた。嫉妬と羨望が入り混じった私は凶暴な獣に近かったかもしれない。果肉を削がれ手の中から消えたはずの桃から移った香りは私の手にベールが被ったかのように優しく纏わりついていた。桃の花言葉が「天下無敵」と謂われるは、形があっても無くてもそこに必ず存在したと強く記憶に残すことができるからなのかもしれないと想いに耽った。


今週は小学生の頃並みによく転ぶ満身創痍な1週間だった。毎月のように血を流す女の私でも、予期せずに健康なところから流れる鮮烈な赤色にはヒヤリとした冷たい感覚と痛みに襲われた。そんなついていない1週間の厄除けとして桃を頬張り満ち満ちた心持ちになる。「天下無敵」の異名を授かって明日からの新しい1週間に静かに闘志を燃やす。桃のプライドを身につけて。


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