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ショートショートなど(一話読み切り型)

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ショートショート、創作文をここに載せていきます。また、「地味さんに恋して」という日常の地味な存在に対する愛を語った物語も一話完結型で載せていきます。 ※ここに載せる物語はフィク… もっと読む
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記事一覧

【創作文】松本スーパーウォーカーに会いたい。

(約1300文字) 毎月世界を揺るがしている雑誌『月刊スーパーマーケット』。その専属モデルである松本スーパーウォーカーは、バーチャル空間『今日はカレーの気分』でよく目撃されているらしい。 俺は松本スーパーウォーカーが七百日連続で夢に出てきたことを機に、バーチャル空間『今日はカレーの気分』に入ることを決めた。無論、布団から出ずに。この世の中、ベッドの上で決めたことは大抵が素敵な方向か、とんでもない方向に向かう。ええ、そうです。たった今あなたが考えたように“穏やか

【創作文】アレが欲しい

A:「あのさ、俺今すぐにピンクのアレほしくなってきたんだけど」 B:「ピンクのアレ……? ああ、ピンクのアレか。いいね」 A:「なあ、どのピンクのアレがいいと思う?」 B:「うーん、俺なら左から三番目かな」 A:「へぇー。ちなみにそれ、いつの話の左から三番目のピンクのアレ?」 B:「二ヶ月前」 A:「あー、じゃあ今は左から三番目はお前が思っているピンクのアレじゃないわ」 B:「え? そうなの?」 A:「うん。今は多分、そのピンクのアレは一番右なんじゃないかな」 B:「へー、そ

【短編】そこに生きる結晶

(約12000字)  まだ来ない――。  薄い木製の屋根に壁。自然が豊かなこの場所にちょこんと建てられた簡素で小さな小屋の中、いるのは私一人だけ。上司から「異動先で住むアパートを決めてこい」と言われ、最寄り駅からバスに乗ってこのバス停に初めて降り立ってから早一年。一日に停まるバスの数を知ったときは「ええっ!?」と声を上げてしまうくらいに驚いたけど、今ではすっかり慣れてしまった。  お尻が冷たくなるボロボロの待合椅子には座らずに、代わりにくたびれた黒いトートバッグとビニール傘

【掌編】毛玉取り器のある生活

(約3400字)   床に転がった電動毛玉取り器。佐倉ライワ優希はベッドに座りながらそれを眺め、すうっと斜め下に右手を伸ばした。 「届かない」  優希は一言だけ呟き、ベッドに寝転がった。毛玉取り器は床に転がったまま。勝手に宙に浮いて優希の手元までやってきたりしない。 「もし今、このベッドの上で生まれ変わって毛玉取り器になったらどうしよう。ふふっ」  優希は右手を額に置き、はあっと息を吐いた。キィィイイイ……と、ルームのドアが開いていく。パタパタパタパタ、とスリッパの

【物語二つ】薫る静か/ this Person (F∪N) 

(約20000字) 【物語1】薫る静か 「体調どう? 今日の食事会、来れる?」  ベッドに横になりながら学生時代の友人である和香からの電話に出ると、彼女は酷く心配そうな声で僕に話してきた。 「和香、ごめん。ちょっとまた体の調子が悪くて」 「そっか。残念」 「本当にごめん」 「ううん。体調不良なら仕方ないよ!」 「また欠席になった」 「気にしないで。ナオも『今回は仕事で欠席する』って言ってたし、私だって食事会欠席することあるし、参加出来る人だけ参加する、でいいと思うよ」

【SS】くらげ一夜

  (約1600字) パソコンとスマホ、あとは生きるのに必要な分だけの衣服と作り笑いと劣情を持って、健康保険証みたいなもんは置いてきて、よく知らない宿に行って、そこの部屋でこれまたよく知らない別の宿を予約するんだよ。  持ってる現金はニ万円。一万円札が一枚と千円札が十枚。  海沿いの宿の近くで飲んでたら、そこの常連らしい歯の抜けたオヤジさんが「ここは鯖の煮付けが美味いんだ」って熱燗啜りながら教えてくれた。で、僕は正直に「すいません。鯖ダメなんですよ、アレルギーで」

【SS】大衆river

大衆river ショートショート (1864字 )   私が小学生になったばかりの頃、父が運転する車の中、二人でたわいもない会話をしていたら、父が何気なく呟いた。 「世の中には勝ち組と負け組があるけど、それで言うたらウチは完全に負け組やからな」  それは本当に“何気なく”という言葉が似合うシチュエーションで、小学生の私に向けて放たれた。負け組。当時の私はその言葉の意味をよく掴めなかった。純粋にも“不平等”なんて海外にだけ存在するものだと思っていたのだ。だって、学校

【創作文】二人分の散文

(3036字) 「あつい」  風呂上がりにタオルで髪を拭きながらふと洗面台の鏡を見た。ところどころ赤みがかったミルクティーみたいな色の髪から水滴が見境なく落ちていく。  ここ半年で三回髪の色を変えた理由と、左手親指の爪の色を髪色に合わせている理由は分からない。好きだったミルクティーは飲みたくなくなった。  少し乱暴にドライヤーで風をあてたあと、耳にイヤフォンを突っ込んだ。歌い手さんの声が脳のどっかを乗っ取る。イヤフォンは五分ほどしたら耳から抜いた。  リビングに移動し

【創作文】日常早朝39

(631字) 【39.0】 谷とも山とも言えない場所から浮かび上がる。ぼやんぼやん。 ただの日常。 僕は昨日買ってきた納豆パックを一つ手に取り、蓋を開け、そこからふわんと浮いてくる細い糸を何も考えずに眺めつつ、箸を持つ手を規則的に動かした。 そういえば今日は熱があったんだっけ。 ところどころパーツがない生物が複数名そこに存在していて、「途中にしていないで早く全部を描け」と口々に言われる。 「いや、途中じゃない。僕的には君らはそれで完成している。今はとにかく納豆を

【創作文】hold

(219字) 明日の朝は布団がほしい。 明日の夜も布団がほしい。 ダブルベッドかシングルベッドかなんて関係なくて、別に畳でも床でもいいんだけど、 とりあえず僕の口紅を透明なグラスに入れる。 カランと音がする。 『泡沫に期限切れの戯言を吹き込んでシャボン玉にしよう』 切な声、三秒。 それを魔法って言うんだね。僕には魔物に思えたけど。 構えたら黒と白の世界に辿り着く。今は遠くの赤と白に馳せる。 そして寝る。 布団以外は何も持っていないけど、寝る。

【創作文】何かに取り憑かれた男とその友人

(897字) ボロネーゼ食べたくなってさ、 とにかくボロネーゼ食べたくなって、 ボロネーゼ食べたんだけど、 そのあと一時間後くらいにボロネーゼ食べたくなってさ、 またボロネーゼ食べたんだけど、 そのあと一時間後くらいにまたボロネーゼ食べたくなってさ、 今度はボロネーゼ食べる妄想だけして、 そしたらまたボロネーゼ食べたくなってさ、 これが一週間続いてさ、 で、ナポリタン屋を開きたいなって思って、 ナポリタン屋開いたんだよ。 それがお前が今いるこの店ね。

【創作文】ロングたこ焼きを作りたい

(811字) 「ロングたこ焼きを作りたい」 朝起きてすぐ、呟いた。 ロングたこ焼きを作りたい。 思い描くロングたこ焼きはだいたい70センチくらい。横に長いやつ。 それを作ってどうするんだろう。 自分でも分からないけど寝起きですぐ言葉に出たんだから、これはもうやるしかないのだと思う。 さて、ロングたこ焼きを作ると決意したはいいものの、たこ焼き機は通常の球体のたこ焼きが作れるものしかない。 なので型から作る必要がある。どうやって作ろうか。 僕は商店街にある金具屋に

【SS】陶芸おじいちゃんと僕

(770字 2021年12月につくったものです)  地域の陶芸サークルに入った僕は、毎週日曜に公民館で陶器をつくっている。そのなかでも、佐藤さんは、群を抜いて形の綺麗な作品をつくる。佐藤さんは七十二歳の元気なおじいちゃんで、普段は農業に勤しんでいる。健康の秘訣は日々体を動かし、自然と触れ合っていることなのかもしれない。  陶芸サークルのメンバーは全部で二十五人で、そのほとんどが六十代、七十代。二十五歳の僕は、唯一の二十代で、メンバーの皆さんからは、まるで孫のように可愛がられ

【創作文】アルはチューするためにいる

(352字) ライライライライ 嘘を忘れるための虚構には休符が無くて 排水溝が溢れ出して 汚い床には踏み込めない 味のない舌を絡めて 白濁を布に垂らして 月まで飛ばした目線と まるで複製されたような同じ声 それを指先でなぞってからまた飲んで 今日も変わらず飲まれ買わされ流されて おい、いつからニコチンがチェイサー席に戻ったんだ 背丈も色もバラバラの花を飾って それを見ながら遊んでいたら 自分じゃない誰かの髪が抜けるから 頭皮のことは考えたくない