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銀河フェニックス物語 <恋愛編>  第六話 父の出張(20)

アンドレはティリーとの学生時代を思い返していた。
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<恋愛編>第五話「父の出張」①  (12)(13)(14)(15)(16)(17)(18)(19
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 他愛のない毎日がティリーといると色づいていた。一緒にS1を見るようになった。推しのエースにお熱なのは少々癪に障るけれど、所詮は夢の話だ。
 ティリーの自宅で食事を呼ばれた。優しいお母さん、政治好きのお父さんとも親しく話をした。彼女とは大きな喧嘩をしたこともない。

 僕は難関と言われるアンタレス星立研究所の試験に受かり就職が決まった。ティリーも地元の優良企業から内定をもらった。僕はティリーと一緒に未来を歩くことを信じて疑っていなかった。彼女も同じ気持ちだと思っていた。
 何がいけなかったのか、今でもわからない。

 彼女は僕にも家族にも相談をしないで、ソラ系にある宇宙船メーカー最大手のクロノス社にエントリーシートを送り、合格した。『無敗の貴公子』エース・ギリアムが役員を務める会社で働きたいのだという。
 ティリーのお父さんから相談を受けた。彼女をアンタレスに引き留めてほしいと。

 僕も引き留めたかった。けれど……

「わたし、やってみたいの、宇宙船に関わる仕事を。クロノスで働きたい」

n12ティリー正面ポニーテール微笑

 まっすぐに見つめられて、僕は説得する言葉を失った。僕はエースという彼女の憧れに勝てなかった。だが、彼女はわかっていない。大企業の御曹司と一社員の間に接点はほぼない。
「エースの近くで活躍しておいで、僕は待ってるよ」
 彼女が夢から覚めて戻ってくることに賭けて送り出した。幻影に嫉妬する無様な姿は見せたくない。理解ある彼氏として彼女の記憶にとどまりたい。僕の精いっぱいの強がりだった。

 その後、僕の見通しがはずれたことがわかった。
 ティリーがエースとつきあっているという話が流れた。『無敗の貴公子』の熱愛報道の相手がティリーだというのだ。

ティリーとエース デューガ色2目隠し

 不思議とショックは受けなかった。きっとティリーは仕事をがんばったのだ。思いを遂げたその熱量に尊敬の念すら覚えた。相手がエース・ギリアムなら負けても仕方がない。彼がいたから僕はティリーとつきあうことができた。初めから僕は敗北していたのだ。

 だが、今、僕の前にいるティリーの彼氏は一体何者なのか。

 S1は今も好きだ。エース・ギリアムの引退試合はもちろん見た。それはレイター・フェニックスのデビュー戦であり、手に汗握るS1史に残る戦いだった。

 なぜ、ティリーはエースではなくレイターを選んだのだろう。理解できないし納得できない。『銀河一の操縦士』は『無敗の貴公子』とはまるで違う。腕は確かだが、無謀で危険だ。赤信号へ突っ込んでいくような死に直結する飛ばし。

振り向きの3

 真面目でエース一筋だったあの頃のティリーからは考えられない。ソラ系で一体、何があったのだろう。紳士でもなく、彼女に優しくもない彼氏。ティリーは騙されているのではないだろうか。
 この苛立ちが僕に力を与える。彼には負けられない。

 球のスピードは恐ろしく速い。だが、単調だ。慣れてきた。
 俊足の彼はティリーをカバーするため全面を走り回っている。ダブルスのコートは広い。疲れないはずはない。球威は落ちてきている。

 勝機はある。

* *

 
 ったくあいつ、よく粘りやがる。とレイターは思った。

 アンドレって奴、誰かに似てると思ったがようやくわかった。エースだ。俺とは大違いの真面目な優等生。ティリーさんの好みのどストライク。
 そして、勝負を決して捨てねぇタフさ。こっちの隙を虎視眈々と狙うしたたかさ。

振り向き逆前目レース

 ますます気にくわねぇ。

 鈍感なティリーさんは気づいてねぇようだが、あいつが今もティリーに恋愛感情を持ってるのはどこから見ても明らかじゃんかよ。

 この勝負、絶対あの元カレにゃ負けたくねぇ。だが、あいつは俺の速度に対応してきた。こちとらこれ以上のスピードは出せねぇ、っつうか落とさねぇようにするので精一杯だ。
 ティリーさんは限界だ。ちっ、このままじゃ勝てねぇ。どうする。
(21)へ続く

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<出会い編>第一話「永世中立星の叛乱」→物語のスタート版
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ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」