銀河フェニックス物語【出会い編】 第三話 レースを観るならココ!と言われて (一気読み版)
第一話 永世中立星の叛乱
第二話 緑の森の闇の向こうで
会議が始まる前、配られた社内報を興奮しながらティリーはめくった。
S1特集と題された記事には宇宙船レーサー『無敗の貴公子』エース・ギリアムの写真がふんだんに掲載されている。
非売品のお宝だわ。この会社に入社できてよかった。
わたしはエースの大ファンで写真集やブロマイドを買い集めている。
呼び捨てにしてしまうけれど、エースはわたしが勤めるクロノス社の御曹司で専務、そして次期社長だ。
入社以来、会ったこともなければ、すれ違ったことすらないけれど。
「ティリーさん、S1好きなの?」
隣の席に座った研究所のジョン先輩がわたしに声をかけた。
「は、はい。大好きです」
「週末のレース見るなら、いい穴場があるよ」
とレース観戦に誘われた。
ジョン先輩は、今年三十歳。くまのぬいぐるみのような風貌から、プーさんというあだ名がある。(わたしは偉大な先輩に対してその名前で呼んだことはない)
先輩はのんびりとしたその丸顔からは想像もつかないほど頭が切れ、今年もすでに三件の特許を取っている。
研究所でも一目置かれているジョン先輩のお墨付きってどんな穴場だろうか、と期待してついていくとなぜかそこは駐機場で、フェニックス号が停まっていた。
そして、ジョン先輩はフェニックス号のタラップを上り始めた。
この船には『厄病神』が乗っている。
思わず足が止まる。ジョン先輩が心配そうに振り返った。先輩の手前、ここまで来て帰るわけにはいかない。
船の入り口でジョン先輩がインターフォンのスイッチを押した。
「おーい。レイター、着いたぞ」
「あいよ」
この船の船主『厄病神』のレイターの声が聞こえた。
「もう一人お客さんだ」
「あん? お客? 女性だろな」
お調子者で女好きなレイターが顔を出した。わたしと目が合った瞬間レイターはにやりと笑った。
「ほぉ、俺のティリーさんを連れて来るたあ、ジョン・プーも気が利いてるねぇ」
ジョン先輩が驚いた顔をした。
「え、君たちつきあってたの?」
レイターの面白くもない冗談を真に受けるところがジョン先輩らしい。ジョン先輩は船の研究についてはピカ一なのだけれど、ちょっと抜けたところがある。
わたしはしっかりと否定した。
「違います! レイター、その言い方やめてって言ったでしょう」
「じゃあ俺の警護対象者のティリーさん」
「きょうは仕事じゃないわ」
「じゃあ、やっぱ俺のティリーさんでいいか」
「厄病神にそんな風に呼ばれたくないんです!」
先週、この船で出張に出かけたわたしは、環境テログループに命を狙われホテルが砲撃される、というとんでもない目にあったばかりだ。
その前の出張では大規模な武力衝突に巻き込まれた。
一生にそんなに出会うはずのない出来事が立て続けに起きたというのに、会社では『厄病神の船だから仕方がない』の一言で片づけられている。
しかも、わたしをからかっては喜んでいるレイターの態度はいちいち気に障る。
「ティリーさんは宇宙船レースの観戦が好きだって言うから連れてきたんだ」
「へえ、そりゃ知らなかった」
レイターは意外だという顔でわたしをじっと見た。
「悪い?」
「うんにゃ、ガキにしてはいい趣味だ」
「ガキじゃありません」
と、否定はしたけれど、レーサーに憧れて宇宙船メーカーへの就職を希望したわたしを「子どもじみている」と友人たちが馬鹿にしたことを思いだした。
*
レイターの部屋に通された。
相変わらず散らかっていて足の踏み場もない。プラモデルやら読みかけの漫画やらが床にもベッドにも無造作に置かれている。
ジョン先輩が椅子の上にあった粗大ゴミのようなポンプに触ろうとした。
と、その瞬間、
レイターがジョン先輩に飛びかかり後ろから羽交い締めにした。
「ジョン・プー! いつも言ってるだろが。さ・わ・る・なって」
気がつくとジョン先輩の首筋にナイフを突きつけ立てていた。
「レ、レイター、止めなさいよ! 危ないじゃない」
「危ねぇのはこいつだ。スイッチ切ってから動かさねぇと時空ごと吹き飛ばされるところだったんだぞ」
「は?」
意味がわからないけど、あの変な粗大ゴミ。相当な危険物ということらしい。
ジョン先輩はうれしそうにレイターに言った。
「スイッチ付けたんだ。じゃあ触っても安全だな」
「ダメ! あんたすぐ変なところいじるから」
「でも、こないだの特許はそのおかげで取れたじゃないか」
特許が取れた? 意味が分からない。
「おかげだとぉ。俺がすんでのところで止めなけりゃお陀仏になるところだっただろうが。とにかく、何も触らずそこに座って待っててくれ」
と言われても座る場所がない。
散らかっていてよくわからなかったけどこの部屋には最新の4D映像システムと音響機器が埋もれていた。
レイターが手際よく発掘している。
「この船は映像もいいんだけどさ、僕はレイターの解説を聞きながら見るのが楽しいんだ。うちの研究所でもレイターほどの宇宙船お宅はそういないからね」
「解説の料金とるぞ」
レイターの言葉は無視して、ジョン先輩は幸せそうな笑顔で言った。
「ここは飯もうまいし」
ご飯をここで食べる予定とは知らなかった。
ジョン先輩は、食べることが趣味なのだ。研究に没頭すると食べる以外にすることがないからだという。そのせいで若干肥満気味。
いずれにしてもこの船のご飯がおいしいのは否定しない。レイターの作る料理は悔しいけどおいしい。
「ほれっ」
レイターは部屋のどこからかカードを取り出すと、投げてよこした。驚いた。調理師免許だった。
「へえ、プロだったんだ」
ジョン先輩も驚いている。
「次はご飯代をとるって言い出しそうね」
「よくわかったな」
でも、何だか変。この免許、確かにレイターの名前なんだけど、交付された日付が七年前だ。
「一体いくつの時に取ったの?」
「十五。俺は十二ん時から船の調理場で働いてたんだ」
ジョン先輩が不思議そうな顔で聞いた。
「あれ? 十五歳って僕と初めて会った頃だろ。僕が大学の研究生でレイターはハイスクールの一年生だったじゃないか」
「俺は勤労少年だったのよ」
レイターの少年時代というのが頭に浮かばない。
「昔からの知り合いなんですか?」
わたしの問いにジョン先輩がうれしそうに答えた。
「そうか、もう七年になるね。宇宙船お宅の少年が立派な『銀河一の操縦士』になったもんだ」
レイターは口を尖らせた。
「フン。俺はあの頃だって十分『銀河一の操縦士』だったんだ」
*
わたしとジョン先輩はソファーに、レイターはベッドの上にあぐらをかいてすわった。
「さってと」
レイターがスイッチを入れた。思わず目を見張る。
4D映像システムが宇宙空間を映し出し、散らかっている部屋を覆い隠す。まるで宇宙に浮いているようだ。
「ジョン・プー、音声どうするよ?」
「ティリーさん好きなレーサーいる?」
ジョン先輩に聞かれてわたしは迷わず答えた。
「もちろん『無敗の貴公子』エース・ギリアムです!」
ジョン先輩とレイターが同時に顔を見合わせた。どうしたんだろ。
うちの会社のエースドライバーで、御曹司で、専務で、次期社長。
そして、わたしが就職を決めた理由。
社員のわたしが好きなのは不思議でも何でもないはずなのだけど。
「ま、いいや」
そう言いながらレイターが操作した。宇宙船のエンジン音が部屋に響いた。
「これ、エースの船の音。それから・・・」
わたしの目の前に画面が一つ開いた。
「この画面がエースの搭載カメラ。このリモコン貸してやるよ。エースのコクピット内とエース目線で見た様子、外から見たところと、三つのカメラが切り替えられる」
「きゃあ」
わたしは興奮した。
エースが目の前にいる。画像が綺麗で実物が目の前にいる様だ。
フルフェイスのヘルメットで表情はよく見えないけれど、胸がドキドキしてきた。
わたしのあこがれの『無敗の貴公子』。
きょうももちろんポールポジション。
とその時、
RRRRRR
ジョン先輩の携帯通信機が鳴った。
「えっ、まずいな。すぐ行きます」
眉間にしわができている。
「トラブルで呼び出された」
「ご愁傷様。録画しとくよ」
とレイター。
「あの、わたしも・・・」
エースのレースを目前にして残念だけれど腰を上げた。あらためてジョン先輩と録画を見に来た方がいいだろう。
「折角だからティリーさんはここで楽しんでいってよ。いいだろレイター?」
ジョン先輩はそう言ってくれるけれど、レイターは女好きで有名なのだ。
「厄病神と二人きりはちょっと・・・」
わたしの声を遮るようにレイターが言った。
「安心しな、俺は大人の女しか興味ねぇから」
全く腹が立つ。
「じゃあ、危険だわ!」
「ははは大丈夫だよ」
ジョン先輩が笑った。
「どうしてそんなこと言えるんですか?」
ついジョン先輩に突っかかる。わたしのことを子どもだって言われているように聞こえた。
「あいつとは長いつきあいだけど、女性を泣かせたところは見たことがない。それに・・・」
「はいはい、お仕事、急いで急いで」
レイターに追い出されるようにジョン先輩は仕事へ出かけていった。
何かをジョン先輩は言いかけた。
わたしはその言葉の続きが想像できた。「それに・・・レイターには好きな人がいるんだ」って。
レイターには片思いの『愛しの君』がいる、と、先週の出張中にダルダ先輩から聞いた。
わたしには全く関係ない。
関係ないんだけれど、なぜだろう。ちょっぴり気になる。
*
ブルルルルゥゥゥウ
事前飛行が始まると、もうわたしはエースの画面に釘付けになった。
「あんた、ほんっとにエースのことが好きなんだな」
「わたし、エースがいるからこの会社に入ったの」
と、言った後で「しまった」と思った。子どもじみてるって馬鹿にされるんじゃないか、と心配した。
「ふうん、物好きがいるもんだ」
「物好きとは何よ。エースの人気を知らないの?」
エースはルックスもよくて女性に大人気だ。
女性誌の人気アンケートでも『無敗の貴公子』は芸能人を押しのけてランク入りしていて、わたしは写真集もブロマイドも購入している。
「知るか」
気のない返事だった。
*
そして、赤いスタートシグナルが消えた。全機一斉にスタート。
ジョン先輩が太鼓判を押すだけのことはあった。
この船の4D映像システムは文句なしの大迫力だ。
本物のレースには一回しか行ったことないけれど、その時の観戦場より近づいて見える。
そして、音。まるでエースの船に乗っていると錯覚しそうなほどクリアーだった。
「エース、がんばって!」
わたしが応援してもしなくても、エースはいつも通り先頭を独走している。
学生時代、故郷のアンタレスで、彼氏と一緒によくテレビでS1を見た。
こんなにクリアな映像じゃなかったけれど、無敗の貴公子の連勝にわたしはいつも大はしゃぎした。
あれから三ヶ月。遠い昔のことのようだ。
遠距離で自然消滅した彼氏も今このレースを見ているだろうか。
*
レースは中盤に差し掛かった。エースはトップをキープしたままだ。
「さすがエース、きょうも安泰ね」
わたしのつぶやきにレイターが思わぬことを言い出した。
「いや、そうとも言えねぇぜ。あいつドジってる」
「えっ?」
「エンジン音をよく聞いてみな。ちゃんと回ってねぇ」
レイターに言われて耳を澄ましてみるけれどよくわからない。
「ブースターの点火でさっきタイミングはずしただろ」
そうなの? わたしはよくわからなかったけど。
「変な負荷がかかってる。このままだと逃げきれるかどうか微妙だぜ」
厄病神が不吉なこと言わないで欲しい。
「ティリーさん、次のカーブでよく音を聞いてなよ。あいつのことだから、とりあえずここで立て直そうとするが、多分うまくいかねぇ」
「『銀河一の操縦士』の読みってわけね」
そして、エースの船がカーブに入った。
エンジン音に集中する。
え、確かに不安定。わたしが聞いても何だか変。
『おっとエースの加速が落ちましたね。エンジントラブルでしょうか?』
解説者も似たようなことを話している。
気がつくと二位のギーラル社が迫ってきた。レイターが言った通りの展開になっている。不安になってきた。
*
レイターはトップ争いには興味がないらしい。
「バカ野郎、そこじゃねぇよ。攻めるとこわかってんのかよ」
ワークスじゃないチームの応援、というか・・・罵倒している。
「逆サイドから出ろっつうの。馬力の違い計算しろよ。次の周回で後ろに抜かれるぞ」
「このチームって万年六位なんでしょ」
「うるさいうるさいうるさい!」
ジョンさんがレイターの解説がおもしろいと言っていたことを思い出す。レイターの言うとおりにレースが展開していく。
心配だ。
エースと二位との差が開かない。無敗の貴公子がこんなところで負けてしまうの? いや、そんなはずはない。
リモコンの画面をどこにしたらいいだろう。とりあえずコクピット内のエースを凝視する。
あと残り一周。
ライバルのギーラル社はぴったりくっついている。
「ダメだな」
レイターがつぶやいた。
「どういうことよ!」
わたしはレイターの襟ぐりをおもいっきりつかんだ。
「く、苦しい」
「ダメってどういうことよ、ダメって」
涙声になってしまう。
レイターの読みはここまですべて当たっている。
『無敗の貴公子』が無敗じゃなくなったらどうなっちゃうの。『一敗の貴公子』いや、そんなのダメ。ありえない。
「だから、ギーラルのオクダはまたダメだって」
「え?」
わたしの力が抜けた。
「あんた、音をちゃんと聞いてる? またエンジンが回りだしたじゃねぇか。これじゃオクダは抜けねぇ。エースが逃げ切る。しかも差を広げるぞ。チッ、つまんねぇな」
もう最後は聞いてなかった。良かった。エースがまた勝つ。
そして、レイターの言うとおり徐々にエースのペースが上がり、ギーラル社を引き離してゴールした。
「やったー。エース最高!」
思わずわたしは両手を上げて叫んでいた。
表彰台の様子が大画面で映し出される。
優勝トロフィーを高々と掲げるエースはほんとに格好いい。レイターはもう興味がないようだった。
エースのインタビューが始まった。
『きょうのレースはよくありませんでした。前半でブースターのタイミングを失敗しましたから』
『そうだったんですか』
ブースターの件は解説者も気づいていなかったようだ。少しだけレイターを尊敬する。宇宙船お宅のこの人は解説料を取れるのかも知れない。
「『銀河一の操縦士』はレースはしないの?」
この人が操縦上手なのは知っている。
「レースに行くかい?」
「えっ?」
「きょうあたりアステロイドに行けば、いくらでもやってるぜ」
「それは飛ばし屋のバトルでしょ」
そう言いながら少し興味があった。エースが勝って気分が興奮していたこともある。
「夕飯前にちょっくら行ってくっか」
レイターはスーパーマーケットへ買い物へ行こうと言うのと同じような軽さでわたしを誘った。
「うん」
わたしは素直にうなづいていた。
*
フェニックス号に搭載されている小型機の助手席に座った。
クロノスの少し前の型だ。
ごく普通の低価格のファミリー船。それこそちょっとお買い物にという普段使いの船だ。
わたしはてっきりレイターがレースに参加するのかと思ったのだけれど、このファミリー船で行くっていうことは、観に行くという意味のようだ。
気がつくと小型機は浮上していた。
ほんとうにスムーズでなめらかな操縦。自称『銀河一の操縦士』の操縦をこんなに近くで見たのは初めてだ。
流れるようで動きに無駄がない。
知らないうちに加速していて、あっと言う間に小惑星帯のアステロイドに着いた。
会場には見るからに気合いの入った、改造船が集まっていた。
ギャラリーが集まり、もうバトルは始まっていた。小型船が次々と公道の小惑星帯を高速で駆け抜けていく。
どう見ても宇宙航空法のスピード違反だ。でも、銀河警察も黙認している。
普通の人はわざわざ小惑星帯を抜けようなんて思わない。アステロイドには飛ばし屋か暴走族しかいないのだ。
目の前を猛スピードで船が飛んでいくのはテレビで見るS1とはまた違う。
「迫力あるのね」
「レースより、よく人が死ぬからな。あんたもメットは付けときな」
わたしは少し怖くなって言われた通りにヘアバンド型のヘルメットを付けた。
「さてと、どこの飛ばし屋さんと遊ぼうか」
「バトルに出るの?」
わたしの問いにレイターが驚いた顔をした。
「あん? あんた出ねぇつもりだったのかい」
「ち、違うわ。レースに出ると思ったんだけど。でも、この船・・・」
レース専用船の中に自家用船がまぎれているようだ。
とその時、
プププププ
「そこの船、C3ポイントのバトルでどうだ」
わたしの声を遮るように、レースを申し込む通信が入った。
相手は競争仕様バリバリの改造船。
「っつうことだから、受けちゃうぜ」
レイターが応じた。
「C3ポイント。了解」
「OK」
*
スタート地点にはギャラリーの改造船がたくさん集まっていた。
「ティリーさん、ここは上級者用だから頭っから加速するぜ」
「うん」
上級者用というだけあって小惑星の間隔が狭い。でも、緊張感よりも気分が浮かれている。
そして、相手の改造船が横に並んだ。
簡易スタートシグナルの赤いランプが消えた。
船が飛びだす。
Gがかかり、シートに身体が押し付けられる。
わたしはびっくりした。
加速する、って言ってたけど、この船でこんな初速が出るはずない。
わたしは新人とは言え宇宙船メーカーの営業なのだ。間違いなく改造してある。
小惑星をぎりぎりの最短距離でかわしていく。息が止まる。
一つ間違ったら、死ぬ。
レイターの横顔を見る。真剣な表情で操作している。
胸がドキドキしてきた。いつもと違う。
操縦する姿が美しい。『銀河一の操縦士』だ。
一緒に飛び出した改造船は全く相手にならない。遙か後ろに小さくなっていた。
ゴールした。
「一分十二か。まあまあだな」
レイターがつぶやいた。
相手のことは最初から眼中にない。タイムの更新が目当てだったようだ。
レイターに聞いてみた。
「エースとあなたどっちが早いかしら?」
「俺に決まってるじゃん」
自信過剰だ。
「そうかしら」
「ま、エースはこんなとこ来ねぇからな。あいつは危険なことはしねぇんだ」
とげのある言い方に腹が立った。
「じゃあ、あなたがレースに出ればいいじゃないの。レーシング免許持ってるの?」
「あんなもん取るほど暇じゃねぇよ」
レーシング免許は簡単には取れない。
「『銀河一の操縦士』名乗ってるのに持ってないんだ」
つい、嫌味を口にした。
「俺はつまんねぇところじゃ飛ばねぇの」
「自分が免許ないからって、銀河最速のS1をつまんないなんていう言い方するのやめてちょうだい」
レーシング免許を持ってないのに、エースのことをバカにするのは許せない。負け犬の遠吠えみたいって言おうかと思ったけど、さすがにそれは口にしなかった。
PPPPP
船内に警告音が鳴った。
「な、何なの?」
「ちっ、めんどくせぇ奴、呼んじまったな」
レイターが舌打ちした。
モニターを見ると、柄の悪そうな船、人目で暴走族とわかる船が、わたしたちを取り囲んでいる。
「さっきの奴、ノーマルそうに見えたのに族とつるんでやがったか。俺としたことが」
「彼らはどうするつもりなの?」
「普通ならこの船をつぶしにくるだろうな」
「つぶしにくる?」
「ほらきた」
う、嘘でしょ。銃撃してきた。
「こういう奴は許しちゃおけねぇ」
そう言うとレイターは携帯通信機を取り出した。
「ああ、高速隊ですか? C3ポイントで暴走族が発砲しています。ええ、今です。はい、よろしく」
平然とした顔で、左手に携帯を持って連絡を取りながら、次々と飛んでくる弾を右手一本でかわしている。片手操縦だ。
一機が猛スピードで近づいてきた。
「ごめんティリーさん。ちょっと我慢してくれ」
レイターは船をぎりぎりのところで急旋回させた。
め、目が回る。とにかくGがすごい。
でも、耐えられないほどじゃない。多分レイターはわたしに気を使って操縦している。
相手はレイターの操縦に振り回されていた。
撃っても撃っても当たらないどころか、仲間同士に当たり始めた。
操縦席を見るとレイターが笑ってるように見えた。
間違いない。さっきの真剣な表情とはうってかわって楽しんでる。
「よし、ずらかるぜ」
急加速しながら小惑星帯へ飛び込んだ。誰も追ってこられない。
「最初からこうして逃げれば良かったのに」
「ま、時間稼ぎしてやらねぇと」
モニターに赤色灯が映った。銀河警察だ。
あの暴走族たちを一斉に取り締まっている。警察が到着するまで時間を稼いでいたということのようだ。
「さてと、帰るか。ティリーさん怖くなったら言ってくれ」
「え、ええ」
さらにスピードが上がった。
けれど恐怖は感じない。
ひじょうに危険なことをしていると頭でわかっているのだけれど、スリルがあって楽しい。レイターの操縦は信頼できる。
喜ぶわたしの顔を見てレイターが聞いた。
「あんた、レース船に乗ったことあんの?」
「レースは見たことしかないわ」
「じゃあ、飛ばし屋の船に乗ったことは?」
「飛ばし屋に知り合いなんていないわよ」
あなた以外。
「ジェットコースター好きかい?」
「よくわかったわね。三百六十度ものとかスペースジェットとかほとんど乗ったわ」
わたしは遊園地のジェットコースターのようなスピード系の乗り物が大好きなのだ。
「あんたがガキで助かったぜ」
「小さな子供はジェットコースターに乗れません!」
レイターがぷっと吹き出して笑った。
窓の外を小惑星が流れていく。
レーシング免許があろうと無かろうと船を高速で飛ばすことは純粋に楽しい。そんな喜びを身体中が感じていた。
気がつくともう木星衛星の引力圏に入っていた。
まるで買い物帰りのようにフェニックス号へ着艦する。四時ごろ出かけて今は六時。二時間しか経っていないとは思えない。
何だかわたしは疲れてしまった。
「さてと、飯にするか」
レイターは全然疲れていないようだ。フェニックス号の厨房に立って料理の準備を始めた。
「簡単で悪いがパスタにするぜ」
「お手伝いするわ」
「いいよ、疲れただろ座ってな。ちょっと飛ばしすぎた」
めずらしくレイターが優しい。
体が重たかった。
わたしはイスに腰掛けてカウンター越しに、ぼーっとレイターの調理を見ていた。
調理師免許を持つというレイターの包丁さばきは見ているだけでも飽きない。
しかも、食材を投げて落ちてくるところをナイフで切ったり、サーカスの真似みたいなことをしている。
いつもなら「何バカなことやってるの」と突っ込むところなのだけれどきょうは素直に見とれてしまった。
ほんとにこの人は器用な人だ。
と、ジョン先輩から通信が入った。
「レイター、夕飯食べちゃったかい?」
「うんにゃ、これからだ」
「いやあ良かった、今終わったんだけどさ、そっちで食べていいかなあ?」
「ああ、あとどのくらいで着く?」
レイターは通信機を切ってから舌打ちした。
「ちっ。折角ティリーさんと二人でお食事しようと思ったのによ」
*
「おまたせ」
ジョン先輩がフェニックス号に到着した。
ちょうど二種類のパスタとサラダが出来上がったところだった。
「おいしい」
とわたしは口にせずにいられない。
ちゃんとアルデンテ。
しかもこのトマトソース、帰ってきてから作ったものと思えない旨さだ。わたしがよく利用するクイックレシピのインスタントとは全然違う。
「ここで見るレース、良かったでしょ?」
ジョン先輩が聞いた。
わたしはエースの勝利を思い出し顔がゆるんでしまった。
「ええ、もちろん・・・」
と突然レイターがわたしの口をふさいだ。
な、何するの。
「あんたねぇ」
レイターがあきれた顔でわたしを見た。
あ、ジョン先輩はまだ結果を知らないんだ。わたしったらついエースが勝ったことを報告しそうになった。
「ははは、うちの会社が勝ったみたいだね」
「ご、ごめんなさい」
わたしは下を向いて謝るしかなかった。
「どうする、ジョン・プー。録画ここで見ていくか? 帰ってあんたん家で見るなら転送するぜ」
「そうだな、きょうは疲れたから家で見るよ。来週のレースはここで見るからよろしく頼むよ」
「ああ」
「あの、わたしも来週観に来ていいですか?」
ここでのレース観戦は悔しいぐらいに素晴らしかった。レイターはわたしをちらりと見て言った。
「そうだな、ティリーさんは女性のお友だちを連れてくるって条件でどうだい?」
この人はいつもこう。むっとする。
「おいおいレイター」
ジョン先輩がとりなす。
「冗談だよ。ティリーさんもどうぞ。きょうは楽しかったし」
「そんなにいいレースだったのかい?」
ジョン先輩の問いにわたしが答えた。
「ええ、いいレースしてきました」
ジョン先輩がびっくりした顔をする。
「ま、まさか、レイター、バトルに行ったのか?」
「ああ」
「どこで?」
「アステロイドのC3」
「ティリーさんも?」
ジョン先輩がわたしを見た。
「一緒に行ってきました」
答えるわたしにジョン先輩が頭を下げた。
「ごめんよティリーさん」
どうしてジョン先輩が謝るのかよくわからない。
「楽しかったですけど」
「それならいいけど。レイター、危険な真似しなかっただろうな? 僕としたことが、そっちの危険があることすっかり忘れてた」
確かに危険だったのかもしれない。でもレイターにとって危険だったのかどうか、わたしにはわからない。
「このお嬢さんはなかなかなもんだぜ」
レイターの言葉にわたしはうれしくなる。
「また、機会があれば連れていって欲しいんだけど」
「僕はお勧めしないよ」
ジョン先輩がため息をついた。
*
ジョン先輩との帰り道、わたしは聞いてみた。
「ジョン先輩は、レイターとエースってどっちが速いと思いますか?」
「レイターだろうな」
即答だった。
「え?」
思わずジョン先輩の顔を見つめる。
「あ、いや、やっぱりエースかな。何と言っても無敗の貴公子だしさ。うちの次期社長だし。うんエースだよ」
レイターの操縦が抜群に巧いことは身を持ってわかった。レースの読みも普通じゃない。
とはいえ、あんなお調子者の厄病神に貴公子が負ける姿は考えられない。
「そうですよね。エースが負けるはずないですもんね」
でも、そもそもあの二人が同じ土俵に立つことはないのだ。
少しだけ残念な気がした。 (おしまい)
第四話「朱に交わって赤くなって」へ続く
この記事が参加している募集
ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」