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銀河フェニックス物語<裏将軍編>風の香り

銀河フェニックス物語 総目次
裏将軍編のマガジン
・最後の最後は逃げるが勝ち(1)~ 最終回

 ドタン、という物音が裏口で聞こえた。
 将軍家の居宅である月の御屋敷で、夕飯の下ごしらえをしていた侍従頭のバブは不審に思ってドアを開けた。

 と、そこには泥と血にまみれた若い男性が倒れていた。
「誰か来とくれ!!」

バブ後ろ目口開け怒り

 御屋敷には、厳重な警備が張り巡らされている。この不審者はどうやってここまで入ってきたのか。

 バブは包丁を片手にTシャツGパン姿の若者の顔をのぞきこんだ。
 その柔らかなはねた金髪と顔立ちに見覚えがある。体格はまるで別人だが間違いない。自分のよく知っている人物だ。

「バブさんどうしました?」
 駆けつけた使用人にバブは声をかけた。
「坊っちゃまを呼んどくれ」

* *

 
 真っ白な世界から霧が少しずつ晴れるように、ものの輪郭がぼんやりと見えてきた。

 見慣れた天井の模様。
 それだけで、ここがどこだかわかった。だが、どうしてここにいるのかはわからねぇ。

 手足、というか身体の感覚がない。
 夢かも知れねぇし、死後の世界かも知れねぇ。

 目玉を動かして視界を広げる。人の気配がする。首は動かせた。ゆっくりと人のいる方へと顔を向けた。

 俺のモノは勝手に動かすなと言ってあるのに、俺の椅子に勝手に座って、俺のマンガを勝手に読んでいる奴がいた。そいつが本を閉じて近づいてくる。

「気分はどうだ?」

18少年正面@2シャツ

 アーサーの声を聞くのは久しぶりだ。
 ここはアーサーんちの月の御屋敷。そしてここは居候していた頃の俺の部屋。

 俺の知ってるアーサーと顔の印象が違う。
「あんた、髪が伸びたな」
「ああ、伸ばしている」
 やっぱり夢か。

 と、思ったところで、全身に焼けるような激痛が襲った。
「うっ」
 この引きちぎられるような痛みは夢じゃねぇ。息が苦しい。
 あいつは何食わぬ顔でベッドの脇の機械を操作する。
「そろそろ、薬が切れる頃だと思ったんだ」
 左腕の静脈から痛み止めが体内に入ってきた。呼吸が整い、痛みが和らぐ。

 夢じゃねぇことはわかった。死んだわけでも無かった。俺の最後の記憶が蘇ってきた。

 俺は悪徳マフィア、ラダルドの本部に小型機で突っ込んだんだ。
 ヘレンから奪った密売品の弩級連撃電磁砲を撃ちながら。

 あれからどれだけの時間が経ったのか。

「俺はどうしてここにいるんだ?」
「私の方が聞きたい。全身火傷のその身体で、どうやってここまでたどりついたのか」

 爆発の白い閃光を最後に記憶は途切れていた。今のアーサーの話からすると俺は自力で脱出したようだ。
「・・・覚えが無ぇ。何で俺はここへ来ちまったんだ」
 俺のつぶやきにアーサーが応えた。
「ここがお前の家だからだろ」
「俺んちじゃねぇよ、あんたんちだ」
「家と認識したところには鳥も犬も帰ってくる。帰巣本能だ」
「俺は犬かよ」

 アーサーが窓を開けた。心地好い風が吹き込む。

 風に誘われて、俺はゆっくりと身体を動かした。
 重たい腕を伸ばして備え付けのスイッチに触れる。軽いモーター音と共にベッドが折れるように動き出し、俺は上半身を起こした。
 頭はクラクラしたが、薬はよく効いている。痛みは無ぇ。

 手入れの行き届いた庭を見ながらアーサーが話を続けた。
「お前が殴り込んだラダルドは壊滅した。それからヘレンさんは故郷のネル星に帰った。お前に感謝の気持ちを伝えてくれと言っていた」
「そうか」

アレグロむとヘレン逆

 自分がどのくらい寝ていたのか知らないが、ものすごく遠い昔の話のようだった。

 アーサーが振り向いた。
「お前、もう戻るところはないんだろう?」
 その言葉が現実感を伴って頭の中でこだました。

 そうだ。俺は死ぬつもりで突っ込んでいったんだ。生きて帰ることなんて想定してなかった。
 免許もなく、宇宙船を操縦することもできねぇ世界に、どうして俺は生き延びちまったんだろう。

「フローラの近くまで行ったのにな・・・」

風の香り前目絆創膏ななめ

 アーサーは俺の言葉をスルーした。

「銀河警察はラダルドに武力突入するため、準備を進めていた」
「ふ~ん。俺は警察の邪魔をしたってことか」
「逆だ、お前のお陰で手間が省けたそうだ」
「あん?」
「お前が使用した弩級連撃電磁砲は、警察の強行突入に備えてラダルドが準備したものだったんだ。あれがラダルドの手に渡っていたら、警察は突入時にかなりの被害が出たはずだ。それが阻止できた。さらに、ラダルト解散という当初の目的も達成できた。ということで、銀河警察から感謝状と限定解除の免許を進呈すると連絡があった」
「なっ、何?!」
 アーサーは今、何と言った。限定解除免許がもらえるのか、この俺に。
「冗談だ」
「は?」
「冗談だというのは冗談だ」
「・・・・・・」

 俺の頭はついていけない。 

「バブさんがぼやいていたぞ」
「?」
「お前の背が伸びたせいで、とっておいたお前の服が着せられないって」
「捨ててねぇのかよ?」

「この部屋だって、バブさんは掃除に困っている。少しは片付けろ」
 今更のように気がつく。
 3D宇宙船のポスター、プラモデル、机の横に置かれたギター。本棚に積まれほとんど開くことの無かったハイスクールの教科書。
 全てあの頃と同じだ。

「どうして・・・」
「しょうがないだろう、お前の家はここしかないんだから」
 アーサーは黒い瞳で俺を見つめた。
「おかえり」
「ただいま」
 反射的に俺は応えていた。

 自分が口にした『ただいま』と言う言葉。帰る場所があって初めて存在することに気がついた。

 俺は大きく息を吸った。流れ込む風から微かな匂いが漂った。

振り向き逆

フローラが大好きな花の香りだった。    (おしまい)
「風の香り、その後」へ続く

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