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銀河フェニックス物語 <ハイスクール編> 第九話(最終回) 早い者勝ちの世界

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 レイターは口を尖らせ、面倒くさいという顔をした。

「何でだよ。論文の認定は、先に思いついた者が勝ちじゃねぇ、先に申請した者が勝ちだ、ってサッパちゃんがいつも言ってるじゃねぇか。あんたの名前で受理されたんだ。何の問題もねぇ」

 手続きが完了して、初めて論文は形となる。
 サパライアン教授はくどいほど僕たちに言い続ける。教授は過去に申請遅れで自らの発見を認められなかった、苦い経験があるのだ。

「けれど、僕が納得できない」

横顔困ったやや口逆

 どうして僕は自分の名前で登録してしまったんだろう。
 バローネ理論を誰にも渡したくなくて、冷静さを欠いていた。

 落ち着いて考えれば、彼女が先に結論にたどり着いていたことはわかったのに。恥ずかしさに泣きたくなった。

 レイターが僕の顔をじっと見た。
「じゃあ、秘密の取引しようぜ」
「秘密の取引?」
「あんたにやって欲しいことがあるんだ。それでバーターならいいだろ」

 僕はごくりと唾を飲み込んだ。
「な、何だい?」

「このバローネ理論、実用化して船の燃費を向上させて欲しいんだよね」
 レイターはさらりと実用化を口にした。けれど、そんな簡単な話じゃない。彼だってわかっているはずだ。
 この理論はあくまで学問の世界だ。さらに研究して、技術を確立して、試作品を作って、試験を繰り返して、と道のりは険しい。

「実用化には、まだ、時間がかかるよ。メーカーの協力も必要だ」

「わかってるよ。俺たち二人にできるのはここまで。でも、あんたはこの先へ進むことができる」

 レイターの言う通りだった。僕の未来には選択肢が広がっていた。 
 大学でサパライアン教授の助手を務める予定だった僕に、バローネ理論の発表後、公的な機関や民間の各メーカーから好条件で就職の引き合いが来たのだ。
 優柔不断な僕が、どうしたらいいのかわからなくなるほどの。
「もちろん、僕はこれからも研究を続けていくけれど・・・」

 僕は、進路について悩んでいた。
 サパライアン教授は「大学の外へ出てみろ」と勧めてくれた。けれど、期待の大きさはプレッシャーとなり、僕は躊躇していた。

「ジョン・プーさんならできます」 

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 フローラの確信に満ちた声が、僕の背中をぐっと押した。
「学問は机上だけではなく、人々の生活を豊かにするためにあることを、あなたなら体現できます。これはわたしの希望です」
 凛とした強い覚悟のようなものが伝わってくる。

 もう、僕に、断るという選択肢はなかった。
「わかった、約束する。何年かかっても実用化させるよ」

「頼むぜ。大人になったら、俺は銀河一の操縦士、フローラは花屋になるんだ。そんで、俺たち、銀河中で花を売りまくる予定なのさ。そのために、燃費のいい船が欲しいんだ。な、フローラ」 
「ええ」
 未来の夢を無邪気に語るレイターの横で、フローラは静かにうなずいた。

「まずは、船買うために金貯めなきゃな。俺たちが船を持つ頃には、実用化できてるとうれしいんだけど、あと何年でできる?」

 僕は答えに詰まった。いつまでにという約束は無理だ。
「レイターはせっかちね。ジョン・プーさんが困ってるわ」
 言い終えるとフローラが軽く咳き込んだ。

「大丈夫か?」
 レイターが心配げに彼女の背中を優しくさする。
「大丈夫よ。楽しくて、つい興奮してしまったわ」

 二人の間に、強力な引力が存在していた。
 レイターはフローラを支えている。そして、レイターにとってフローラは居場所だ。

横顔笑顔ノースリーブ

 場から発するエネルギーが熱エネルギーになり、さらに光エネルギーに変換されている。その空間から輝きがほとばしっていた。

 宇宙をどこまでも突き進んでいく光のイメージ。

 恋愛というものに、無縁な人生を送ってきた僕にでも、この時、はっきりとわかった。愛は可視化するのだと。

 いつか、僕にもそんなパートナーが現れるのだろうか。
 いや、そんなことを考えている余裕は僕にはない。

 バローネ理論の実用化という、重い課題を背負ってしまった。
 でも、それは羅針盤のように一つの方向性を僕に示した。理論を掘り下げるのではなく、人々の生活に一番近いところで追求していきたい。

 僕の将来が決まった。宇宙船メーカーの研究所へ進もう。      (おしまい)

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ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」