銀河フェニックス物語【出会い編】 第六話 アステロイドと美味しいご飯 (一気読み版)
第一話 永世中立星の叛乱
第二話 緑の森の闇の向こうで
第三話 レースを観るならココと言われて
第四話 朱に交わって赤くなって
第五話 今度はハイジャックですって?!
『厄病神』の力は凄い。前回の出張でわたしはハイジャックに巻き込まれた。
だけど不思議なことに、プライベートではそんなに大変なことは起きない。
研究所のジョン先輩とフェニックス号でレイターの解説聞きながら宇宙船レースを鑑賞し、その後、レイターの助手席に乗りアステロイドで飛ばし屋とバトルをする。
宇宙船レースの最高峰S1グランプリがある週末はこのパターンで過ごすことが増えてきた。
*
フェニックス号は最新の4D映像システムを搭載していて迫力満点。
わたしは憧れの『無敗の貴公子』エース・ギリアムが勝利するレースを堪能する。
エースはレーサーでありながらわたしが勤めるクロノス社の御曹司で専務。
学生の頃から大ファンだったわたしは彼がいたからクロノスの入社試験を受けた。
入社とともにエースファンの友だちとのつきあいは疎遠になった。
彼女たちはわたしにエースのことを聞きたがるけれど、仕事で知ったことは軽々しく話せない。
昔と同じようには盛り上がれなくなってしまった。
田舎のアンタレス星系から就職でソラ系へ出てきて、まだ、こちらに友だちもいないわたしにとって、趣味のレースを一緒に見る人がいるのは素直に嬉しい。
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きょうもエースは一位でゴールした。
「ほーほほほほ、エースは安定の優勝。最高だわ」
レイターが応援しているプライベーターのチーム・スチュワートは今日も六位。
「万年六位は逆立ちしたってエースには勝てないわね」
「うるさいうるさいうるさい!」
その興奮状態のままレイターとアステロイドへ出かけて飛ばす。
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S1と飛ばし屋はもちろん違うけれど、エースのレースを擬似体験したような気分になる。
エースファンのわたしはレーサーに憧れがある。
そのせいだと思う。このだらしない『厄病神』が操縦桿を握るといつもよりかっこよく見えてしまう。
ジョン先輩はバトルをするレイターの船に絶対に乗らない。アステロイドまで自分の船で出かけて観戦している。
「怖くて乗れないよ」
とジョン先輩は言う。
確かに猛スピードで急旋回して、迫ってくる小惑星をギリギリでかわしていくのは恐怖に近い緊張感がある。
けれど、そのスリルを味わうと脳の中から興奮する物質があふれ出る感じがして、わたしはやみつきになっている。
簡単に言えばジェットコースターみたいなものだ。
「ジェットコースターは設計上安全が確保されているけれど、バトルは違うよ」
とジョン先輩は言う。
それを聞いていたレイターが口をとがらす。
「『銀河一の操縦士』の操縦は安全第一に決まってるだろが」
「どこが安全なんだよ。あれは船の限界を超えてるぞ。一つ間違ったら大惨事さ。だからティリーさん、もう止めよう」
とジョン先輩は言う。
レイターがバトルで使っている船はごく普通のファミリー船で、あんなに飛ばせるのはどう考えてもおかしい。
リミッターを外しているのだろう。
それでも、この件に関してはレイターが言うことの方が正しい気がする。
レイターはバトルを楽しんでいる。
船の限界は超えているかも知れないけれど、レイターの操縦の限界は超えていない。おそらく『安全第一』という言葉に嘘偽りはないのだ。
*
最速を目指す飛ばし屋は、少しでも船を軽くするため一人乗りが常識だ。
二人乗っていると初速でスピードが出ない。
「ねぇ、わたしが乗っていない方が楽なんじゃないの?」
「あん? 楽に勝ってもつまんねぇだろうが」
「よくわかんないわ。バトルに勝ちたいんじゃないの?」
自信満々でレイターは言った。
「っつうかこの辺の奴らに負けるわけねぇし」
レイターが負けたところは見たことがない。
彼は自称『銀河一の操縦士』で、飛ばし屋の世界で伝説の『裏将軍』だったという。
「じゃあどうしてバトルをしてるわけ?」
「飛ばすの楽しいだろ?」
「ええ」
否定はしない。
「それでいいじゃん。俺は他人を乗せて飛ぶのが好きなんだ。これでいい女だったら言うことなしだ」
そう言ってニヤリと笑った。
「よかったわね。あなたのバトルに付き合う、こんないい女がいて」
「ガキでいい女ってのは聞いたことねぇな」
「何度言ったらわかるの、十六歳はわたしの星では成人です!」
「ガキって言われて怒るところがガキなんだよ」
「なんですって」
いちいち腹が立つ。
*
レイターと船に乗っているうちに段々とわたしも操縦のうまい船、下手な船の見分けがつくようになってきた。
「傷の付いた船には乗るなよ。操縦が下手だって言ってるようなもんだ」
実家で父の船を借りた時に、傷つけてしまったことを思い出した。
ソラ系へ出てくる前に故郷のアンタレス星系で小型宇宙船の操縦免許は取得した。
免許の筆記試験は満点だった。
けれど、実技は苦労した。追試を繰り返して何とか実技試験に合格した時には、これでもう操縦しなくて済むとホッとした。
よって現在、初心者マークのペーパードライバー。
*
レイターが気づいているかどうかわからないけれど、バトルの間はわたしに優しい。
旋回する時、急加速する時、声をかけてくれる。
意識の大半が操縦に向いている中でよく気が回ると思う。
だから、バトル中はレイターとあまり喧嘩をしない。ハイになった状態で同じ時間を共有するからだろうか。
なのに、なぜだろう。
バトルが終わると急にイライラさせられる。
「ちゃんとジョン先輩が後ろからついて来られるように操縦しなさいよ。速度オーバーじゃないの」
レイターはすぐに宙航法違反する。
「これぐらい、ついてこられねぇ方が悪い」
「ここは公道の大通りよ。アステロイドじゃないんだから」
「ちんたら操縦してる奴に付き合ってられるかよ」
「法に違反してるあなたが文句を言うのはおかしいわ」
「うるせぇなあ、いい女はぶつぶつ言わねぇもんだ」
「ぶつぶつ言ってるのはあなたでしょ!」
ジョン先輩があきれた声で通信してくる。
「またかい。夕ご飯までに機嫌を直してくれよ」
夕ご飯。悔しいけれど、レイターの作るご飯はおいしい。
「仕方ないわね。ジョン先輩のためだわ」
と言って仲直りするのが恒例行事になってきた。
*
就職でソラ系へ出てくるまでわたしは実家の両親の元で生活していた。一人暮らしは初めて。
故郷を出る前に親に大慌てで家事を特訓してもらったのだけれど、料理は苦手だ。
インスタントのクイックレシピかマーケットの惣菜で日々しのいでいる。仕事もまだ一年目で、外食する余裕は無い。
そんなわたしにとってフェニックス号の食事は魅力的だった。
何といってもレイターは調理師免許を持っているのだ。
*
アステロイドからフェニックス号へ帰ってくると、レイターは食材をトントンと小気味よく刻み出した。
ジョン先輩とわたしはカウンターに座ってその職人のような美しい手捌きを見ながら話をする。
レイターは十二歳のころから船の調理場でアルバイトをし、ジョンさんと同じ学校へ通う勤労少年だったと言う。
「レイターはどんな船で料理を作っていたの?」
「前線を回る軍艦」
「え?」
この人が皇宮警備にいて、戦闘機を飛ばしたことがあるとは聞いていたけれど。 軍艦に子どもが乗るなんておかしい。
「学校はどうしていたのよ?」
レイターは眉をひそめながら言った。
「性格の悪い、ハイスペックなカテキョーが船に乗ってたんだよ」
ハイスペックな家庭教師。
ある人物が頭に浮かんだ。銀河一の天才軍師で将軍家の跡取り御曹司。
「アーサーさんと同じ船に乗っていたの?」
「ああ」
嫌そうな顔をしてレイターが答えた。
銀河連邦軍次期将軍のアーサー・トライムス少佐は先日ハイジャックに襲われたわたしたちを助けに来てくれた。
ソラ系へ戻ってからアーサーさんについて検索をかけたら、十二歳で士官学校を首席で卒業し、前線を回る軍艦に乗艦した、とプロフィール欄に載っていた。
アーサーさんの動向はニュースで取り上げられるのはもちろんのこと、女性誌でも特集が組まれる有名人だ。
わたしの故郷アンタレスは、独自の軍を持たない代わりに連邦軍が駐留している。
父は軍隊があるから戦争するんだ、と、幼いわたしを連れてよく「駐留反対」のデモへでかけた。
そんなわたしだから、連邦軍にあまりいいイメージは持っていなかったのだけれど、アーサーさんはわたしが思い描いていた軍人とは違う紳士だった。
*
レイターが手早く中華鍋を振り、炒め物を始めた。いい香りが漂ってくる。
ジョン先輩が身を乗り出した。
「レイターはハイスクールの頃は月にある将軍家の大豪邸に住んでたもんなあ。僕は『月の御屋敷』に入るのに足がすくんだよ」
『月の御屋敷』とは将軍家の居宅を指す言葉だ。
レイターが器用に菜箸を動かしながら言った。
「あの頃、学校通うのにアーサーんちに居候してたからな。あいつんち部屋が余ってるから」
それで、レイターの住民登録先が将軍家になっているんだ。飛ばし屋の伝説『裏将軍』もそこから来ている。 少しずつ謎が解けてきた。
ぼわっ、と炎が上がった。
「ほれ、青椒肉絲とスープ」
あっという間に食事ができあがった。
期待を裏切らず、美味しい。
ジョンさんがちゃかして言った。
「うまいよ! レイターは銀河一の調理師でも食べていけるんじゃないかい」
「ば~か、俺は銀河一の操縦士だっつうの。腹減った時に作り立て食えばうまいに決まってるだろが」
レイターの言葉にわたしはつい反論してしまった。
「そんなことないわよ」
「あん? どうして?」
失敗した。突っ込まれてわたしは答えに困ってしまった。
*
先日のこと。
クイックレシピの食材をフライパンで温めるだけ、という夕飯だったのに失敗して、焦げた肉野菜炒めを食べる羽目になったのだ。
お腹は空いていたけれど、肉は固いわ野菜は苦いわ、わたしは泣きそうになりながら食べた。
レイターがニヤリと笑った。
「今度はティリーさんの手料理をご馳走になろうかな」
「む、無理よ無理」
それでなくても料理が下手なのに、フェニックス号のキッチンは業務用の火が出るコンロなのだ。
レイターはわたしが料理が下手なことに気がついて意地悪なことを言い出した。
ジョンさんが助け船を出してくれた。
「レイターやめなよ。ティリーさんが料理上手でもプロと比較されるのは嫌だよね」
ジョン先輩は勘違いしている。でも、そこは黙っておこう。
「ちっ、せっかくのチャンスだったのに」
レイターが舌打ちして悔しそうに言った。
レイターはわたしをからかうチャンスを狙っているのだ。わたしの困った顔を見ては喜んでいる。本当に性格が悪い。
「レースも料理も似てるよな」
とレイターが言った。
「そうなの?」
「ゴールから逆算して手順を考える。状況に応じて更新する。その段取りが注意深くできりゃいいんだ」
ジョン先輩が手を打った。
「そうだね。レイターの作る料理は温かいものがいつも全部一気にできあがるもんね」
レイターの言葉はわたしへの当てつけだ。
わたしは料理も操縦も下手だ。段取りも手順も悪い。料理なんてバラバラのタイミングで出来上がる。
厄病神はほんと意地悪だ。
わたしは美味なチンジャオロースを味わいながらため息をついた。 (おしまい)
第七話 「真っ赤な魔法使いはパズルもお得意」 へ続く
ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」