見出し画像

医療用リハビリ楽器を作るミュージシャン Gilles Marivier ジル・マリヴィエー

今回は、マルセイユ在住のミュージシャン、デジタルアーティストのジルのインタビューです。ジルは昨年、医療機関でリハビリやセラピーに使うためのデジタル楽器を製作する会社を立ち上げました。またその楽器を使い、自身で作曲、演奏活動も積極的に行っています。プロジェクトの内容や、そこに至るまでの経緯を語ってくれました。

メル氏:こんにちはジル!ジルはどこの出身なの?

ジル:両親がよく引っ越しをしていたから「どこ」というのはあまり無いんだけど、生まれはトゥーロン(フランス南部の街)、育ちは一応アジャン(フランス南西の街)かな。自分も16歳から軍隊に入ったから、大人になってからもたくさん引っ越したよ。

メル氏:軍隊に居たんだね。それにしても16歳、早いね!

ジル:うん、16の時は厳密には軍事学校の学生だったけど、既に給与が支払われていたからね。フランスの国内を色々見たかったし、いちはやく経済的に自立したかったんだ。家族のコミュニティーの中から出て、自立した方が平静に過ごせると思ったから。

メル氏:軍隊では何をしていたの?

ジル:人を殺、、、、、、、、。

メル氏:え?!!

ジル:なんちゃって。技術者として働いていたよ。電気機器を修理していたんだ。

メル氏:あぁ、なるほど。今のデジタル・アーティストの仕事と繋がりがあるね。電気技師のポストは自分で希望したの?

ジル:うん、高校で既に電気のコースを選択していたんだ。

メル氏:そんな時から役立ちそうなことをして、、、ジルは地に足がついているんだね。(*我ながら間抜けなコメントだなぁ。)

ジル:もちろん、興味があって好きだったのが大きいよ。

軍に居た時はとにかく国内を移動する生活していたんだけど、そんな暮らしにちょっと疲れて、「もうそろそろいいや。」って思って、2012年に退役した。
音楽をやりたかったから、まずは生活のために安定した収入を得ようと考えて、行政の事務職に就いた。週4日働く傍ら、残った時間は自分のエレクトロニック・ミュージックのプロジェクトに費やす生活を始めたんだ。

メル氏:事務職って、何をしていたの?電気と関係のある仕事?

ジル:全然。書類を作ったり、郵便物を仕分けしたり、アリの巣のアリみたいな退屈な仕事だったよ。ただ、安定を確保しながら自分のプロジェクトを発展させるための目的だったから。収入は軍隊にいた時より減ったけど、時間を確保することがとても重要だったから、そうやって折り合いをつけたんだ。勤務時間減らしながら、だんだん音楽活動に比重を移していった。そして、軍の退職金と自分の音楽活動で生活費が賄えるぐらいになったから、2016年末に完全に退職して、大学へ入って勉強することにしたんだ。2016年からは大学院でインタラクティブ・ミュージックの勉強をした。大学で学んだ知識のおかげで自身で音楽ソフトを開発することができるまでになったんだ。

画像2

メル氏:そもそも何で音楽に興味を持ったの?

ジル:兄がギターを持って弾いていたから、僕もギターを習ったんだ。特に一番惹かれたのは、舞台で楽器を演奏すること。エネルギーがあるでしょ。コンサートをしたかったから、バンドにも参加したんだ。

メル氏:いつギターを始めたの?

ジル:若い時から触ってはいたけれど、全然本格的には弾けなかったよ。本気で練習して弾き始めたのは27歳の時。結構遅いでしょ。バンドで演奏し始めたのは11年前。31歳ぐらいの時かな。

メル氏 : ところでジルはギターを弾いていたのに、どうしてギタリストになろうと思わなかったの?

ジル:現実的、実用的な理由だよ。多くの人が音楽で食べて行きたいと思っている。実際そうする人、思っているだけの人も含めてね。しかもギタリストはいっぱいいる。生活の糧にするのは現実的じゃないよね。だから僕はまず「仕事としてやっていけるニッチな音楽活動の分野を探そう。」って考えたんだ。それが病院のリハビリやテラピーで使う電子楽器を作る、現在のプロジェクトだよ。

メル氏:へぇ、リハビリやテラピーで使う電子楽器!たしかにあまり聞いたことが無いよ。実際どんな活動をしているのか教えてくれる?

ジル:僕は医療施設で電子音楽を使ったリハビリテーションのプロジェクトを提案しているんだ。
ひとつの例だけれど、事故や病気の影響で、言葉が発せられなくなってしまった人は、大なり小なり社会との繋がりを持つことに困難を抱える。僕はリハビリ専門医、心理カウンセラーや言語セラピストと協力して、そういったコミュニケーションのケアが必要な人を、音楽の演奏を介して助けようとしているんだ。従来、リハビリやセラピーの現場で使える楽器と言えば、子供が使うような簡単なパーカッションのようなものしかなかった。だけど僕の作ったインタラクティブな楽器を使えば、彼らはギターやトランペット、シンセサイザーの音も再現できるんだよ。

メル氏:ジルが関わるのは主にメンタルのケアということ?

ジル:もちろんそれもあるけれど、機能的なリハビリに役立つ楽器も作っているよ。リハビリにインタラクティブな楽器を使うことの利点は、参加者がセラピーやリハビリに対して前向きに取り組めるようになることだよ。
例えば事故で手をけがをして動作のリハビリをする場合、ある動きが再びできるよう、反復練習をしなければならない。
リハビリを担当する 理学療法士が、「これをつかんでここに置いてくだい」みたいなことを指示する。この動きは動きを練習する為だけのもので、何も生み出さないよね。
僕が作る楽器は全部演奏する動作がリハビリになるようにできているんだ。リハビリをしながら、音楽を演奏することができたら、いいと思わない?

画像3

メル氏:なるほど!音楽を演奏することで心理的に良い影響があるとかそういうフワッとしたものではなくて、ジルの楽器は実際に身体のリハビリに使えるのか!

ジル:僕のプロジェクトでは様々な機能回復のリハビリをカバーできるよ。例えば、記憶力助けるゲームのような楽器とかも作った。
現時点では実際に僕がグループセラピーに実際に行って、演奏をレクチャーしているんだけれど、今後は自分の楽器を専門知識が無くても誰でも演奏できるように製品化、販売していくことに決めたんだ。会社も設立して、今はそれに専念している。音楽の経験や知識のない人が、「よい音楽」を演奏できるような楽器を作ろうとしているんだ。

このサービスを提供しているのは僕の会社だけだから、誰かがサービスを探している時には僕に連絡が来る。それがニッチの強みさ。

メル氏:ところで、ジルはどうしてそのニッチを見つけることができたの?音楽とクリニックやリハビリを結び付けることなんて、誰でも思いつく訳ではないと思うけれど。

ジル:僕には足が不自由で車椅子に乗っている姪っ子がいるから、意外と身近に感じていたテーマだったんだ。彼女はピアノを演奏するんだけど、足が不自由だからペダルに足が届かなくて、「さて、何とかできないものかな?」って考えたのが出発点かな。それに、「痛み」や「苦しみ」っていうようなネガティヴなイメージが拭えない病院という場所に、音楽が入り込めたら素晴らしいなと思って。でもやっぱり実際行動に移せたのは、「誰もやっていなかった」という理由が一番大きい。「じゃあ僕がやろう」って。

画像4

メル氏:仕事で、ジルにモチベーションやエネルギーを与えているものって何?

ジル:まず1つ目は「自由」があること。現在僕は自分自身の裁量で仕事している。時間の使い方も自由だから、仕事のパートナーと一緒に「金曜日は働かない」って決めている。

2つ目は、僕らの仕事を通じて、社会に提供できること。普段音楽が無い場所に音楽を届けて、人々の痛みを少しでも和らげること。

そして3つ目は、自分の手を使ってものを「作ること」。

メル氏:えぇっと、ジルが3つ目で言っている「つくる」は、「創る」じゃなくて、物を「作る」の方だね。

ジル:そうそう。

メル氏:アーティストって言うと、創造する方、「創る」人たちっていうイメージが強いよね。ジルにとっては音楽「創る」と楽器を「作る」、どっちの方が重要なの?

ジル:自分にとってクリエーションって言うのは、たとえそこに所謂アーティスティックな創造が無くても、「物体そのものを生み出すこと」なんだ。
自分は物体をつくることを、頭で考える「創造」の下位のものとは考えていない。同じぐらい重要。例えばパン屋さんがパンを「つくる」のも、自分が ソフトをつくるのも音楽をつくるのも全部「つくる」。同じだよ。
で、僕個人的には、「つくる」ときに物質的な何かを作るっていうことが欠かせないんだ。その方が気分が良くなるんだよね。
エレクトロ・ミュージックを始めた時、ただボタンを押すだけで音楽を作ったり演奏したりするのは避けたかった。それで、動作を音に転換する為にモーション・キャプチャーを作ったんだ。

メル氏:ジルは作曲もしているよね。前聞かせてもらったアルバム、現代的だけれども聞きやすくて、物凄くカッコよかった覚えがある。どうやって作曲するの?モーション・キャプチャーという話も出てきたけれど、何か偶然に任せる部分もあるの?それともすごく緻密に計算するの?

ジル:両方。まず、リズムや構成の骨組みはしっかりと作り込んでおいて、あとは偶然に色々な要素を放り込んでいく感じだよ。型を作って中身を流し込むみたいな感じかな。「こういう音が欲しいな」と思って、あとは自由に作っていく。自分の音楽には実験的な要素が多くて、特にメッセージ性とかはないよ。

メル氏:音楽を医療機関に持ち込むプロジェクトと、アーティストとして作曲、演奏することは別物?

ジル:いや、全部交ざってる!自分の音楽を作曲をする時、その曲をどうやってコンサートで演奏するか考えながら作らなきゃいけないし、今度はその音をステージ上で出せるような演奏装置を作らなければいけない。その装置はテラピーのグループで使ったりもするし、逆にテラピーやリハビリの為に作った装置を自分のコンサートで使うこともある。
テラピーに来た人に「自分は実際にこの楽器を使ってコンサートで演奏してるんだよ」って言ったら、参加者にさらに興味を持ってもらえるでしょ。自分が演奏する時に感じるのと同じ喜びを、音楽の経験がない人にも感じて欲しいから。本当に両方一体化している。
それに、こうやって活動を経済的に効率化しないと。

メル氏:なるほど!頭いいなぁ。

メル氏:ところで、前はパリに居たんだよね。どうしてマルセイユ(南仏)で企業したの?

ジル:パリは家賃も何もかも高いから違う街へ行こうと思ったんだ。
マルセイユは高速列車を使えばパリへのアクセスも良いし、自分たちがコラボレーションをしたいと思っている、運動科学、脳神経科などの研究所があったんだ。

メル氏:会社を作ってから何か変わったことはある?

ジル:場所や設備が整って、仕事が捗る。前みたいに作業する度に道具を出したり片づけたりしなくて良くなったから、それだけで日に1~2時間の節約になる。

メル氏:設備にはすごいお金かかったの??

ジル:そうでもないよ、3Dプリンタは買ったけれど、他は元々持っていたから。インキュベーターから、20000ユーロ(日本円で約250万円)の融資を受けたんだ。このお金の用途は事業の拡大の為に使用が限られる。支援システムは1~2年続いて、その期間が終わった時に借りたお金を返済をし始める。ただ、事業が上手く行かなかった場合は返さなくていい。無利子だし。
僕らの事務所が入っている建物には他のスタートアップ企業も入っているから、活気もあるよ。

画像5

メル氏:プロジェクトの立ち上げから起業まで、特に難しいことはあった?

ジル:難しかったことは、「他人の言うことを聞かない」ようにすること。起業する時って、たくさんの人がアドバイスをしてくる。ある人は「黄色がいい」って言って、他の人は「赤がいい」とか言うんだ。しかも彼らには経験もあって、それなりの理由があって言っている。最初はこういったアドバイスをできるだけ聞こうとして結構な時間を無駄にした。誰かが「これを勉強した方がいい」と言ったら勉強したり、「○○ユーロの資本金を集めた方がいい」と聞いたから情報収集したり。今は専門の人たちのアドバイス、意見は聞くけれど、最終的には自分が選びたいものを選ぶ。他の人のアドバイスを聞くと、物事のロジックを理解するわけではなく、「その人」を信用して選択をすることになる。でも僕らが一番よく知っているのって自分自身でしょ。だから自分達を信頼することにしたんだ。その方がずっと早く進める。

メル氏:今現在プロジェクトどんな段階?

ジル:製品の開発が終盤に差し掛かっていて、それが完成したらクリニックや医療福祉施設に営業に行く。そして6月からは製品を量産をして様々な顧客に届けられるようにしたい。

ジル:これ見て。プロトタイプだよ。全部楽器がコンピュータに繋がっている。例えばこれは光センサーがあって、手をかざして光を遮ると音が鳴る。これは叩くと音が鳴る。これは手を近づけると音が鳴る。

画像6

メル氏:なるほどなるほど。デザインも洗練されていてカッコいいね!

ジル:会社を共同で立ち上げた友人が、プロダクトデザインを担当しているんだ。僕はプログラミング、サウンドデザインとか「中身」を担当していて、彼女はそれを洗練されて使いやすいデザインにする。とてもいい感じで役割分担が出来ているよ。

メル氏:長期的な目標は?

ジル:より多くの製品を提案、販売すること。新しい製品を開発し続けること。音楽を演奏する行為がリハビリやセラピーもたらす医学的効果をマルセイユの研究所と共同で調査研究するんだ。具体的な効果が検証されたら、僕らはそれを引き出すような製品を作る。目標は、いろんな意味で、事業を今より少し大きくしていくことだね

メル氏:ジルのプロジェクトは社会貢献の要素も強いけれど、ジルにとっては何が一番重要?例えば、金銭的利益を上げることの優先順位は?

ジル:「つくり続けること」。もし作ったものが金銭的価値を生み出さなかったら、つくり続けられないでしょ。だから両方大切なんだ。僕らは様々な計画を実現させる過程で技術的進歩もした、前よりも多くのものが作れる。自分が持っている専門技術や知識を金銭的価値に変えてプロジェクト続ける資金にするのは自然な流れだ。僕らがしていることは、とっても現実的なんだよ。

メル氏:ジルのプロジェクトは医療、福祉などの普遍的な社会のテーマと繋がっているから、色々は場所や場面で展開できそう。プロジェクトを海外で展開することに興味はある?

ジル:もちろん!急いでいないけれど、長期的には海外展開も視野に入っているよ。

メル氏:そうか、日本進出を考える時は手伝うね!色々聞かせてくれてありがとう、ジル!

ジルとポリーヌの医療用電子楽器専門の会社、WEYDO MISICのWEBサイト
https://weydomusic.com/

ジルのアーティスト・サイト
http://marivier.rocks/

インタビュー後記
ジルの話を聞いて印象的だったのは、考えることは可能性を狭めることではなく、むしろ「冷静に考えなきゃ目標は実現しないよ。」と言わんばかりの計画性です。ライフラインの維持を、実力や運という不確定要素、他人に頼らないという信念を元から持っているタイプは、珍しいな、と思いました。彼はとても物腰が柔らかく優しい雰囲気なのですが、決して感情で話さず自分を外から冷静に分析して見ている印象を受けました。そして彼が作曲する際、骨組みだけ作っておいて後は実験していくように、最終的には彼の人生も許容と好奇心に満ちているのです。色々な人生のアプローチがあるのだな、とよい刺激を受けました。
私は今回のインタビューで、楽器を使ったセラピーやリハビリが実際に体の機能回復に役立つことも初めて知ったのですが、だだリズムを打って良しするのではなく、曲を形にするところまで行うから満足感が得られる、というジルの信念は、クリエイティブ畑の人ならではだと思いました。とても普遍性のあるテーマなので、色々な国、様々な状況の人々の助けになるのではないかと思います。ありがとうジル!忙しそうだけれど、体に気を付けて頑張って!あと、次のアルバムも楽しみにしているよ!Merci beaucoup, Gilles!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?