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読書感想 『ほんのちょっと当事者』 青山ゆみこ  「体験を言葉にして伝える重要性」

 表紙のイラストが不思議だった。
 柔らかいタッチなのに、そこに描かれている人物が、とてもクールに見えて、ちょっと怖かった。

 だから、少し敬遠していたのだけど、読んでみたら、そこで語られていた様々な体験は、その微妙な距離感のおかげで、より正確に伝わってくるのだと思った。

『ほんのちょっと当事者』 青山ゆみこ

 以前ならば「赤裸々」という表現もされそうな話が続くのだけれど、例えば「自己破産」しそうだった話は、著者自身の体験でありながら、話し方にかなりの距離感があって、それがちょっと不思議だった。

 一度やってしまえばクセになる。
 わたしはクレジットカードを躊躇なく切りまくるようになった。

 最初は、クレジットカードを使うことにためらいがあったのに、いったん使い出すと、加速する様子も、かなり「正確」に書かれている。

 正社員で毎月のカード支払いに滞りがなく、同居する親は不動産(実家)を所有しているという条件のわたしは簡単に審査を通り、新たに二枚のカードをもつようになると、三枚のカードを手裏剣のように切りまくった。クレジットカードは無尽蔵に湧く油田のように思えた。しかし再び徐々に資源は枯渇した。

 それは、怖さも伴うことだろうし、恥ずかしさもあるはずなのだけど、ここまで書いてくれたおかげで、「自己破産」のメリットやデメリットの情報も説得力が増すように思った。

 自己破産を勧めているわけではない。でも、「社会的に抹殺される」的なイメージをもつあまり逃げ場を失ってしまうことも、気軽に自己破産しようとしたわたし同様に愚かなのかもしれないと、いまは思う。

体験の意味

 他にも、主に著者自身の「体験」をもとにして、その「体験」を言葉にすることで、より「正確」にその「体験の意味」を把握した上で、考察が始まるのだけど、そうした過程を経ているためか、いわゆる大所高所のような遠い場所ではなく、もう少し近い場所からの視点をキープしているようにも思える。

 自分自身の「高音域難聴」のこと。
 一人で出産せざるを得なくなり、死産となってしまった女性の裁判傍聴から思うこと。
 自身も経験した性暴力について。
 父の介護と母の看取り。
 おねしょについて。
 障碍と排除に関する記憶。
 社会構造で左右される「働き方」。

 そのため、この本で取り上げているテーマのほとんどが、自分と全く関係ないことではなく、どこかで、自分のことを考えながら、もしくは思い出しながら、かなり近い出来事として、読むことができるように思った。

 ただ、それは冷静に書いているから、一見、気がつきにくい時もあるものの、著者が自分自身の体験や思いを、向き合いにくいことや、思い出すと辛そうなことも含めて、正確に率直に書いてくれたおかげだとも感じる。

語りにくいこと

 例えば、著者は、長くおねしょで悩まされていた、という過去から、話を始める。

 昔はおねしょというと、原因は育て方が悪いだのストレスだのと言われていたが、それは要因であって原因ではない。また、必ず「おねしょはお母さんのせいでも子どものせいでもない」ということが、現代のおねしょ本のほとんどで繰り返し語られている。

 それでも、それは、母親の怒りと、実は関係していたのかもしれない、という当時の思いにもつながる。

 母に負のスイッチが入ると、彼女はほとんどパニック状態になる。泣きそうになりながら、自分の思い通りにならない苦しさを、子どもたちにぶつける。怒鳴り、叫び、手を上げる。普段の優しい母が豹変したように怒り狂う。本当によく叩かれた。
 後年そのことを母に告げると、ほとんど覚えていないと断言し、なぜそんな嘘をつくかと問われたが、わたしの思い込みではない証拠がある。

 さらに、その母の言動の理由についての考察にまで深まっていく。

考えるべきこと

 例えば、障碍者差別(こうして短い言葉でまとめることも、本当は適切でないようにも思うが)についても、自分の過去のことから考えを進めていく。

 著者の子供の頃、障碍者のクラスメイトがいたのだけど、その彼と同じ班になるのを避けたかった。そんな自分への内省もある。

 障害がどうというよりも、彼の醸すその「強さ」が、まだ子どものわたしにはしんどいものに感じられたのだ。 

 今も障碍者に対して危害を加える事件はなくならないのだけど、そのことをただ外側から責めても、おそらくはその時に、その動きがおさまることもあるのかもしれないけれど、こうした内省も含めて考えないと、ほんの少しでさえも、より良い方向へ進むことはないかもしれない、と思わせてくれる。

 人がされてもっとも嫌なことってなんだろう。
 それは「自分という存在を排除される」ことではないだろうか。 

 著者は、差別はいけない、といった直接的な表現はしていないけれど、自分のこと、自分の周りのこと、見聞きしたことも含めて広げていき、読者としては、大げさに言えば、「より良く生きる」とはどういうことなのだろうか、といったことまで考えるのも可能にしてくれる。

おすすめしたい人

 あんまり社会的なことに興味が持てないのだけど、どこかで関心を持ちたい気持ちがある人。
 生きていく上で、困りごとに遭遇しそうな人。
 生きてきた過程で、困難があったのだけど、そのことについて、少し振り返りたくなった人。

 そんな方々に、おすすめできると思います。



(他にも、いろいろと書いています↓。よろしかったら、読んでもらえたら、うれしいです)。




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