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YGで始まり、NYで締めくくる。

 コロナ禍が完全に収束したわけではないので、外出は今も控え気味になっている。

 それでも出かけるときは、当然だけど、電車などの公共交通機関を利用し、東京都心部に向かっていると、電車の中などで、NYのキャップを、意外と多く目にすることに気がついた。

 それも、おしゃれな女性が身につけているように思えた。

 あの帽子が、野球帽と言われていた頃から考えると、ファッションという概念から、最も遠いはずだったのに、NYのマークがついているから、とはいえ、こんなにオシャレとして扱われることに、まだ体感が慣れていない。


野球帽

 ある時期まで男の子と言われる多くは、野球をやっていた。同時に、製品としてはキャップと分類されるのだろうけれど、でも、野球帽といわれた方がピンとくるような帽子が頭にあったのは、実際に野球をするときに使っていたせいだろう。

 そして、野球帽のマークといえば「YG」だった。

巨人

 私自身は、それほど野球をしていたわけでもなく、ファンでもなかったから、YGマークの野球帽を積極的に身につけていなかったけれど、でも、その頃の野球帽は、意識して他の球団のファンでない限り、特に関東地方では、みんながこのYGマークの帽子をかぶっていた印象があるくらいだった。

 YGは、プロ野球チーム読売ジャイアンツのマークだった。

 毎日のようにテレビのゴールデンタイムではプロ野球中継があって、だから、その頃子供で、他の番組が見たかった記憶がある人にとっては、その後も野球が好きでなくなるくらいだったし、同時に、家庭の中で理不尽なくらい父親が偉かった時代でもあった。だから、父親(野球ファンが多かった)が、チャンネル権(テレビの番組を選択する権利)を持っていて、家庭に1台のテレビしかなかったから、実質上、夜は野球を見ることになる。

 そして、その野球中継は、ジャイアンツ中心だった。

 日本の高度経済成長の時期と、ジャイアンツが強く、9年連続で日本一になった時代が、かなり重なるから、その頃、野球ファンだった人にとっては、ジャイアンツは、単なるプロ野球チームではなく、何かの象徴でもあったと思う。

 だから、ジャイアンツではなく、巨人と言われることの方が圧倒的に多かったし、今、「巨人」といえば、「進撃の巨人」を思い浮かべる人も少なくなさそうだけど、テレビで毎日、プロ野球の中継を放送していた頃は、「巨人」といえば読売ジャイアンツだったのは、今から振り返ると不思議だけど、そういう時代だったのだろう。

 同時に、野球チームなのに、「東京読売巨人軍」と称されることも多く、関係者の名刺には、そのように印刷される時代も長かったけれど(21世紀ではどうなっているのだろう?)、そのチームとしての強さと、戦争での敗戦の記憶は、やはり結びついていたはずだ。

 そして、当時はプロスポーツとしては、野球が圧倒的にメジャーだったから、学校の運動部のヒエラルキーのトップは、ずっと野球部だったし、運動神経がいい人間が、頂点にプロがあるということは、ごく限られた人間しかそこに到達できないのはわかっていても、プロ野球選手はあこがれの存在となり、その中でも読売ジャイアンツは、最も人気があったのだから、圧倒的にYGマークの野球帽を身につける子どもは多かった印象がある。

 きちんと統計を取ったりしているわけではないだろうけど、このキャップといえばYGマークの時代は、かなり長かったと思う。ただ、いつの頃からかYGマークのキャップを街中で見かけることは、とても少なくなっていった。

帽子のマーク

 子どもがみんなYGマーク。という断言は、特に他球団のファンの方からは怒られそうだけど、それでも、そう言ってもいいくらいの時代は確かにあった。「巨人 大鵬 玉子焼き」が、子どもの好きなものと言われていたらしい。

 同時に帽子という存在は、そのYGマークよりも、もっと昔、成人男性の必須アイテムとしての歴史は、明治時代から続いていて、その流行の変遷もあったようだ。

 だから、男性とキャップも相性が良さそうだけれど、ある時期までは、野球ファン以外の成人男性は、街中では、野球帽をあまり被っていなかったと思う。野球帽は子どものもの、という暗黙のルールもあったせいだろう。

 それがいつの頃からか、野球帽としてではなく、中年以降の男性がキャップを被り出したことに気づいたのは、競馬場などの男性にインタビューをする場面などでキャップが頭にある場合が目立つようになってきたからだ。

 ただ、そのキャップには、当然YGマークではなく、他球団のロゴでもなく、ナイキが多くなってきたり、あとは何故かDJホンダの「h」マークのキャップも増えてきた頃があった。

 こうした記事を見ると、いろいろな理由で一時期、ファッションアイテムとして人気が出て、そのブームが去ると、それを身につけていた若い人は見向きもしなくなり、その結果、例えば、その家庭の父親世代が見つけて、自分が被る。というサイクルで、中高年がキャップを身につける時代がやってきたのかもしれない。

 そして、ここからは単なる根拠のない推測になるけれど、ナイキでもDJホンダでも、一時期でも「若い世代」が被っていたから、もしかしたら、自分も、その感覚に近づけるかも、という秘めた気持ちと、あとは、子ども時代にYGマークの野球帽をかぶっていた頃から、キャップに親しみがあったから、すんなりと被り始めたのかもしれない。

メジャーリーグへの距離感

 野茂英雄が追われるように日本の野球界を去り、アメリカのメジャーリーグで活躍を始め、その後はイチローが通用するかどうか、という当初の議論が嘘のように、メジャーリーグの中でも伝説的なプレーヤーになり、さらには大谷翔平が、これまでのベースボールというスポーツの概念そのものを変えるような存在になっている。

 その上、衛星放送が普及し、メジャーリーグの中継も一般的になってきたから、アメリカのベースボールがかなり身近になってきた。

 だから、読売ジャイアンツが、名前もユニフォームも「サンフランシスコジャイアンツ」にそっくり。というよりは、このサンフランシスコをもとにしているのだから、当然で、これまで、どれだけメジャーリーグを参考にしてきたのかも知識としては知ってるけれど改めて目の当たりにし、やはり、ベースボールの本場は、アメリカ。と感じた人も少なくなかったのではないだろうか。

NYのキャップ

 ただ、このメジャーリーグが身近になったことと、「ニューヨークヤンキース」のN Yキャップがファッションとして広まったのは、直接の関係はないようだった。

「スパイク・リー氏から電話があり、『ヤンキースのキャップをつくって欲しい』と言われました。ただし、『赤色で』というのが氏のご希望でだったのです」と、ニューエラのクリス・コッホCEOは当時を振り返ります。

 「この瞬間、ファッションやストリートカルチャーと結びついたニューエラの新たなる一面が始まりました。そしてそれは、世界のキャップに対する見方を変えたのです」とも語ります。

 スパイク氏のこの注文以前のMLBキャップは、チームカラーのキャップしかつくられていませんでした。当然、ニューエラが製作するヤンキースのキャップは、ネイビーのウール地にお馴染みの「N」と「Y」を組み合わせた白いチームロゴが付けられたものでした。しかし、彼が特注した“同じ”ヤンキースキャップは、ブランドとファッションの新たな未来への扉をこじ開けたわけです。色をネイビーから赤へと、ただ変更したことによって…。

 ニューエラはスパイク氏の赤いヤンキースキャップを発表したすぐ後に、新たなキャップを次々と発表しました。ピンク色・ダークカラー・伸縮性に富んだタイプ・フィット感のあるタイプ・帽子の鍔(つば)がフラットになっているタイプなどは、一部の例にすぎません。

 そしてそれらのキャップは、あらゆるカルチャーシーンを席捲(せっけん)しました。スタジアムはもちろん、ファッションや音楽シーン、そればかりか郊外のショッピングモールでもよく見かけられるようになります。つまりヤンキースキャップは、文化そのものになったのです。

(「エスクァイア」より)

 こうした歴史を恥ずかしながら、全く知らなかったのだけど、あの映画監督のスパイク・リーから始まったのかと思うと、なんとなく納得もしてしまうし、アメリカでそうした文化になれば、その影響力は、まだ日本にとって大きいから、2020年代に、ファッションとしての「NYのキャップ」が街中で見られることもそれほど不思議ではないことが分かった気がする。

 確かに、あの運動部の普段着で、ヤンキーと言われる人たちと親和性の高かったジャージですら、ファッションのように(メーカー側が、ファッションに寄せたといっても)なった時期があったのだから、野球帽でもあるキャップがオシャレになってもおかしくはない。

 だけど、微妙に気持ちの抵抗感があるのは、あのYGマークの野球帽が、子どもたちを中心としたとはいえ、どこでも見かけた時代を知っているせいかもしれない。

YGで始まり、NYで締めくくる

 DJホンダのキャップが、中高年の男性がかぶっていた時期があったように、今のNYのキャップが。ファッションとしてのブームがすぎた頃、今度は、高齢男性がNYのマークの帽子を被り始めるかもしれない。

 そうなると、現在の高齢者の多くは、野球少年であった確率も高く、YGの野球帽が頭にあった可能性も高い。そうなると、読売ジャイアンツから始まって、日本からアメリカに渡って活躍したDJホンダを経由し、最後はニューヨークヤンキースで終わるとしたら、それは歴史を遡るような不思議な道筋を、頭の上で表現しているようなことになるのだと思う。

 だから、中高年の頭の上の変化は、思った以上に社会の流行を、少し遅れて表現しているのかもしれない。

 最近、明らかに高齢と思われる男性が、NYのキャップをかぶっていたのを見かけた。NYのキャップがファッションアイテムとしていられるのは、あと少しかもしれない。



(※今回の「見出し写真」の部分は、鳥谷文子さんに「約5分間ドローイング」で描いてもらったものです。写真や資料と、大体のレイアウトを伝え、仕事として発注しました。素早く仕上げてもらったようなのに、味がある仕上がりで満足しています)。



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