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読書感想 「古くてあたらしい仕事」  島田潤一郎  『希望の足跡』

 ここ何年か、とても少ない人数で出版社を立ち上げ、それが経営的にも成り立っていることを聞くことが増えてきたように思う。

 さらに内容的にも評価もされ、確かに他では読めそうもなかったり、もしかしたら、他の場所では、企画会議の段階で、「売れない」という判断をされて、そのまま書籍化されないかも、といった本が、形になっているのを見るのは、図書館利用が中心だから、本当の読者とは言い難い人間にとっても、なんだか嬉しく、どこか励まされることでもある。


「古くてあたらしい仕事」

 この本も、「夏葉社」という出版社を1人で立ち上げ、10年間、経営を続けている著者が書いている。それも小規模というより、本当にほぼ1人で、企画・編集・営業・経営全般を行なっているらしく、それは、想像するだけで、とても大変そうなのは間違いない。

 ただ、読み進めていくと、ここに描かれている著者の姿は、どこか、うらやましくも感じてくる。

 それは、仕事をする時に、「ウソがない姿勢」を著者が崩さないからだ。
本来は基本的なことでありながら、社会人になってからは、そのことを、あきらめざるをえなくなることもある。それだけでなく、その時間が蓄積することによって、油断をすれば、そうした「ウソがない姿勢」をとる人たちを、「まだ若い」とか、「青い」とか、「お花畑」と冷笑する側に回って、自分の後ろめたさを薄めようとするようなことをしてしまうこともあり得る。
 だが、そこに対しては、著者は、けっして妥協しない。

 同時に、そうした著者の姿は、自分自身に、妥協するような年月があったとしても、さらに読み進めていくことによって、こうして仕事をしていけば、自分もなんとかなるかもしれない、という気持ちも、少しずつ蘇ってくるような気もしてくる。

 それは、大きな目標を掲げて、といった高揚感をよぶような話ではなく、就職する場所が見つけられない、という現実からスタートして、そこから高く遠くへ飛ぶ、というような行動ではなく、もっと小さな歩幅だけど、一歩ずつ進むという、信頼できる方法を選択しているからだと思う。それは、まるで「希望の足跡」に思えた。

だれかの力になりたい。
誰かを支えたい。
仕事のスタートとは、そういう純粋なものである。 

 そして、一見、きれいごとと言われそうなことを、徹底して、それが著者の心情に基づいたことであるがゆえに、おそらくは力を発揮し始めていく、と思わせる。

 ぼくは具体的なだれかを思って、本を企画し、実際に紙の本をつくる。というか、それしかできない。
 ベストセラーを出すことが自分の仕事であれば、そんなやり方は通じないかもしれないが、二五〇〇部くらいの刷り部数であれば、なんとかそのやり方で続けていけそうな実感があった。
 会社をはじめて二年目くらいのことだ。

 こういう著者であるからこそ、ふと、こういう言葉も出てきて、それは、人によっては、とても怖い言葉でもあり、読んでいる自分自身も状況によっては、瞬間的に反発してしまうのかもしれない、と思う言葉だった。どんな書籍を制作し、販売するか、という基準にまつわることだった。

 それを決めるものは、「わたしだったら買うか」という主観以外にない。
「わたしだったら買わないけれど、お客さんは喜ぶかもしれない」というような商品は、たいてい下らないものだと思う。


「さよならのあとで」

 この本を読んで、夏葉社の本を実際に見てみたくなった。
 その形も含めて、確かめたくなったからだ。

 これは、発行者にとっては、「約束」を形にした本で、小ぶりで、ページ数は控えめで、余白もたっぷりと使っていて、この「古くてあたらしい仕事」を読まなかったら、おそらくは多くの本の中ではうもれてしまって、私にとっては、知らないままだったはずだ。

 こんな静かに語りかけてくれるような本が、21世紀に存在することが、ちょっと信じられないような気持ちにもなった。大げさな言い方は、「古くてあたらしい仕事」の著者は、嫌がりそうなのだけど、これも、本の形をとった「希望の足跡」だとも、思ってしまった。 

書店の名前

 最後に、この著者への対応が誠実だったという書店の名前をあげている部分を「古くてあたらしい仕事」から引用したい。もしかしたら、今はなくなった場所もあるかもしれないし、いろいろな意味で変わってしまった可能性もあるが、私でさえ、本を買う機会があれば、そんな書店で買いたいと思ったからだ。

彼らは会社が無名であるからという理由で、対応をおざなりにすることはなかった。むしろ、あまり知られていない作家の本にこそ興味を持ち、そうした本をきちんと棚に置くことが自分たちの仕事の本質だとばかりに、ぼくのたどたどしい商品説明を納得いくまで聞き、そして注文をくれた。
 そういう店は、ジュンク堂書店だけではない。三省堂書店の神保町本店。東京堂書店。紀伊國屋書店の新宿本店。パルコブックセンター渋谷店、吉祥寺店。リブロ池袋本店。青山ブックセンター本店。オリオン書房ノルテ店。往来堂書店。吉祥寺の百年。名古屋のちくさ正文館書店。京都の恵文社一乗寺店。ガケ書房。古書善行堂。大阪の紀伊国屋書店梅田本店。長谷川書店。神戸の海文堂書店。



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