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読書感想 『ブスの自信の持ち方』 山崎ナオコーラ  「本当にフェアな社会を望むこと」

 容姿について語る時に、基本的には、男女問わず「美しい人」については触れやすい。また、容姿に関しては、「誰でも悩む」という言われ方もされがちで、それは、本当だと思うのだけど、そういう一般化した話になりすぎると、視界がぼんやりしたような気持ちになる。

 さらには、別にブスじゃないよ、とか、誰でも美しくなれます、みたいな言い方も、本当かもしれないけれど、それだけだと、違うのは、なんとなく分かる。ただ、このことについて、男性である私が、より触れにくくなるのも、それは個人的な問題だけではなく、社会的なことも関係あるのだろう、と思うこともある。

 そんな、いろいろな容姿に関することを、私個人としては、ちゃんと考えていないし、それほど突き詰めなくてもよかったのは、今も日本が男性社会であることも関係あるだろうし、ある意味では幸運だったのかもしれない。それでも、別の面から見ると、そこから単に逃げていただけなのではないか、と改めて考えるような作品でもあった。

 淡々としたどっしりとした文章だし、作者の自然で健全な自己肯定感が、容姿によって、正当に見られない「社会のゆがみ」に関して、それは違うのではないかと、ずっと語っているようにも読める。怒りもあるのだろうけど、それ以上に、人の感情だけでなく、理性の深い部分にも届くような、そんな伝え方をし続けているとも、思った。

 作者は、他の人ならば、つい口を濁しがちな、本当のことを書く。

 世間は、ブスに消えて欲しがっていない。
 むしろ、ブスの存在を望んでいる。 
 ブスには、「自信がありません」という顔で、隅っこでにこにこしながら立っていて欲しいのだ。

 そして、人が、どこか忘れたいような、だけど、実は真っ当なことを、ただ冷静に目の前に置いていく。

 想像するに、「美人です」や「ブスです」と相手に言わせたくない人は、容姿というものを重く感じ過ぎているのではないだろうか。
「美人です」と言われると、「人間としての頂点です」と言われているのと同じ気分になるのでは?「ブスです」と言われると、「人間として生きている価値のない、駄目人間です。死にたいです」と言われている気分になるのでは?
 しかし、容姿というものは、人間の価値を決定するほどのものではない。

 

 さらに、作者は、とても自然に、一見、容姿のこととは関係のない、正しいことも、この本のあちこちで、提示している。これらが通らないとしたら、それは、通さない側が間違っているのだろう、と思えるようなことばかりだった。

自分で決めた目標に向かって、自分らしい努力をこつこつやる以外に、生きている間にすべきことはない。
 思想や、帰属意識や、困った状況に陥った経緯や、努力の有無は、問う必要がない。
 困っている人がいたら、助ける。
 それだけでいいのではないだろうか?
 芸術は弱者のためにある、と私は思っている。
 私は、常に弱者のことを考えたい。
 弱者に寄り添いたい。
 だが、それは、「自分は常に弱者だ」という考え方とは違う。
 「自分自身が弱者の立場になっているシーンも確かにある。でも、別のシーンでは自分は弱者ではない。強者になってしまうこともある。だから、慎重に行動して、弱者の立場に配慮しよう」という考え方をしたい。 


 容姿についての、理不尽な(時として信じがたいような)出来事に対しても、「差別するな」という分かりやすい怒りだけでなく、とても正しいのだが、さらにその先までを要求しているから、それで多数の支持を得にくくなっているのかもしれないとも、思う。

 ブスとしては、差別されるのは嫌なのだけれど、「ブス」と言われたことをなかったことにしたくない。だから、「ブス」という言葉は使いたい。そして、容姿というコミュニケーションが存在していることは肯定したい。実際、きれいな人がいるおかげで和む場所や、きれいな人だから成り立つ職業がある。見た目によって交流が進むシーンもある。それなのに、「『ブス』という概念がないことにしよう」と蓋をするのは、違うと思う。「『ブス』はあるけれど、差別はしない」というのは、複雑でちょっと難しいかもしれないが、たぶん、可能だ。 


 作者が望んでいることは、シンプルに「本当にフェアな社会」ということだけなのかもしれない。
 ただ、それが難しいと思うのは、容姿というものに、人間である以上、どこか感情的に反応しやすく、フェアであり続ける理性が、そこで止まったり、誤作動しやすいからではないか、と思う。だから、容姿についての「差別」は、もしかしたら一番最後まで残る「差別」かもしれない、とも考えられる。

 ただ、「本当にフェアな社会」というのは、少しずつでも実現可能ではないか、ということを、作者は行動でも示している。

 「あとがき」のあと、著者のプロフィールの次のページに、この本の制作に関わった校正、装丁、組版、編集の方々のプロフィールが並んでいる。本を世の中に出す、という意味では、平等に必要なプロだということを、読者としては改めて、少しだけど、理解したように思った。

 自分が、「社会のゆがみ」を断罪するような立場として、この本をすすめることは、とてもできない。自分自身も、時として「社会のゆがみ」に加担している人間として、忘れていたとしても、悪意がなかったとしても、きっと、ひどい差別をしてきた時があったと思う。そのことを意識して、それでも、なんとか「本当にフェアな社会」になれば、と願い、そういうことを、時々でも考えてくれる人が、1人でも増えれば、というように思って、この本を紹介させてもらいました。



(他にもいろいろと書いています↓。もし、よろしかったら、読んでもらえたら、うれしいです)。

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