読書感想 『たとえ世界が終わっても その先の日本を生きる君たちへ』 「普遍の人」 橋本治
個人的な話で申し訳ないのですが、若い時から本をほとんど読んでいなくて、中年になってから読書の習慣がついたような、ちょっと恥ずかしい人間ですが、振り返ると、とても少なくても、何人かの作家の本は読み続けていて、そのうちの一人が橋本治だということに、改めて気がついたのが、この本を最初に読んだ2017年の頃でした。
若い時には熱心に読んでいて、いつまでも読めると思っていたのに、自分が歳をとったり、あまり豊富とはいえなくても経験を積んだりすると、その熱心に読んでいた作家に対して、急に熱がさめるような感覚になったりすることも少なくないと思いますが、それはその作家が変わったのではなく、自分が変わったということなのでしょう。
そうでなくても、いつまでも作品を書き続けて、それが多少の当たり外れがあったしても、基本的にはいつも面白くて、新しさがありながら、その作家らしい変わらなさも持続する存在が、どれだけ貴重なのか、ということに、やっぱり歳を重ねると、より気がつくようになります。
だから、新しい書き手を、本を読みながら探しているのは、油断すると、自分が読んでいける作家がいなくなってしまうのではないか、といった薄い恐怖心があるせいかもしれません。もっと年をとったら、その時に、新しくてすごい作家が出てきたとしても、もう自分はついていけないのかもしれない、と思うと、急は無理だから、いつも「新しい作家」を読めるトレーニングを今からしておけば、その未来にも、ついていけるのではないか、という妙な備えをしているところもあります。それは、若い時から本を読んでいないから、自分の「読む基礎体力」に対して、あまり信頼をおいていないせいもあると思います。
橋本治は、一部では熱狂的なファンがいる、といわれていたのが、30年も前で、その時に、たまたま読み始めて、最初は、その文章の癖と、一見分かりにくいのに、あまりの明晰さが、飲み込みきれずに、抵抗感もありました。そして、熱心なファンがいる、と言われていたのですが、その頃は、マスコミで働いていたにもかかわらず、周囲には、そんな人がいないように見えたので、堂々と読めない気持ちもありました。
それでも、ずっと、読んできました。
熱心なファンともいえず、申し訳ないのですが、なんとなく行き詰まったりすると、ことあるごとに、読んできたことに気がついたのが、やっぱりちょっと迷っていた2017年に、橋本治の、この本を手にとっていた時でした。
読むたびに、いつも変らず、基本的なところを伝えてくれるのですが、それは、自分のことばかりを書いているようで、あまりにも強い客観性みたいなものに支えられているように思いました。かなり遠くて広いところまで届く、まともさみたいなものを、手放さない感じもしました。改めて、すごいと思い、自分は何を迷っているのだろうと思いました。
この「たとえ世界が終わっても その先の日本を生きる君たちへ」も、基本的には、自分よりも、もっと若い人たちへ向けて書かれているはずだから、こんな風にいつまでも頼っては、この著者の意図に反しているという気がしていました。
それでも、粗っぽくも見えながら、橋本治しか提供できないような言葉を、ふんだんに書いてくれています。
経済についても、専門的でないけれど、大事な視点を語っていて、これを生かすかどうかは、読み手次第だとも思って、微妙に緊張もしました。バラバラに見えるけれど、そのまま、あちこちから引用します。
部分だけを取り出すと、より分かりにくい気もしてきますが、こうした言葉の中に、今までにあまり触れたことのない刺激みたいなものを感じた方には、手にとってほしいと思っています。ただ、改めて、「普遍」の作家なのだと思いました。
エコノミストっていう人たちは、世界経済が本当に破綻すると困ってしまうから、自分たちの存在意義のために「世界経済は破綻しない」っていう前提を絶対に譲らないの。
「ああ、また言い逃れするんだ」と思ったもん。経済なんて本来「実体」がなきゃおかしいのに、「実体経済」と「金融経済」を分ける。「金融経済」という変な言葉で経済を語ってしまう時点で、既に「飽和」を超えたファンタジーに世界に入っている。
「心のある論理」で生きる人は「心のない論理」が出来なくて、「心のない論理」で生きる人は「心のある論理」が理解できない
「心のある論理」を「心のない論理」の人が聞くと、「余分なことが多すぎて、なにを言いたいのか分かんない」と思う。だって、「心」があるから、「余分と思える話」がくっつくんだもの。
(経済も成長できるならしたほうがいいし、テクノロジーの進歩も悪いことではない)
ただし、それがなにを目的としているのか、そして「本当に必要なのか」ということを考えるのを抜きにして、ただひたすら「大きくなる」ことを追い求めてきた世界は、もう限界にきていると言いたいだけなの。
私はね、「損得で物事を判断しない」ことを「正義」って呼んでいるんです。
経済重視で「国家も会社であればいい」という考え方は、容易に人種差別を導き出す。せめて、そういうことまで冷静に考えてほしいですよね。
過去を見ないと未来は見えない。未来を考えながら過去を見ないと、そこから脱出するための答えは見つかんないよ。
今回、全体のトーンが暗いのは、改めて、橋本治は、亡くなってしまったことを思い出したからだと思います。ただの、それもそれほど熱心ではない読者の、個人的な事情が出てしまい、すみません。もう頼ってはいけない、みたいに思っていたのが、2017年だったのですが、橋本治が、2019年の1月に、新しい元号を迎える前に亡くなった時は、すごく意外で、新しい時代こそ、もっと書いて欲しいと頼っていた自分に気がついたりして、それも含めて、思ったよりショックでした。
2019年の7月に、この「ゲンロンカフェ 」でのトークイベントに参加したのも、追悼する気持ちがあって、そして、その中で、橋本治は、やっぱりすごいのではないか、と確認もできた気もしました。そのことは心強く、その凄さは、やっぱりまだ広く伝わっていないとも感じてもいましたので、微力でも、自分でできる範囲でやっていこうとも思いました。
それから、さらに1年がたとうとしています。世界は、すっかり変わってしまいました。
橋本治の著書は、自分の力では十分に紹介しきれないかもしれませんが、それでも、このnoteで、読書感想として、今後も、取り上げていきたいと思っています。やっと、始められました。
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