【ショートショート】綺麗すぎた字
好きな人が出来た。相手は同じクラスの田中くんだ。好きになった理由は、彼の字がすごく綺麗だったからだ。
でも告白する勇気が私にはない。好きって言うのが恥ずかしくて、もし目の前で言おうものなら言い終わる前に失神する自信すらある。だけどこの気持ちを知ってほしくて仕方がないので、何かいい方法はないかと思案した私は、アナログだけど、恋文を書くことにした。
SNSの発達した時代に恋文なんていかがなものか、と考えないわけではなかった。田中くんの連絡先は知っているし、しようと思えば電話もメッセージもできる。でも電話する勇気なんてないし、メッセージは単調な文字すぎて私の思いが伝わらない。だけど恋文なら、書道歴十三年の私の実力をいかんなく発揮して気持ちを込めて書くことができるし、田中くんに対面して告白することもない。
もうこれしかないと私は思った。
可愛い便箋を見繕い、お気に入りのガラスペンにエルバンの香り付きのインクをつけて恋文を書いた。丁寧に、私の気持ちが伝わるように、ものすごく綺麗に書いた。そして、恋文が完成した。
朝、いつもより少し早く学校に登校した私は、ほろ苦い息苦しさにアオハルしながら、田中くんの下駄箱に昨日書いた恋文を入れた。まだ読まれてすらいないのに、緊張で胸が裂けそうだった。でも朝のホームルームが終わり、授業が始まり、お昼休みになっても、田中くんから声をかけられることはなかった。その代わりにチラチラと視線だけは向けてくるので、彼が手紙を読んだことだけはわかった。
ようやく声をかけられたのは放課後だった。田中くんから、「手紙のことで話がある」と言われて、私は人目のつかない体育館裏に呼び出された。私がついた時にはもう田中くんも来ていた。お互いに緊張しているのがうかがい知れた。
「これ書いたの、藤原さんだよね」
「うん」
「やっぱり。すごい綺麗な字だから、すぐに藤原さんが書いた手紙だってわかったよ」
「う、うん」
「それで、あの、この手紙に書いてあることなんだけどさ……」
緊張で逃げ出したくなる気持ちを必死で抑えながら、私は固唾を呑んだ。
「この手紙、なんて書いてあるの?」
「へっ?」
「いやあ、字が綺麗すぎるから書いたのが藤原さんなのはわかったんだけど、巻物みたいな字で書いてあるから、なんて書いてあるかわからなくて」
「あ……」
私は顔を真っ赤にしながら、その場で田中くんにごめんなさいと言った。
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