毒親育ちのプリンセス・ストーリー(前編)

御伽噺やファンタジーは大好きだ。
とくに少女が主人公で冒険する話は好きだ。

1.王道のプリンセスストーリーもその一部だ。大抵の主人公は悲しい境遇から始まる。保護者不在で代理人は子どもに愛情を与えず、労働力として搾取している。保険のように生き残っている片親は無力で助けになることはない。支配され、閉じ込められた生活。
2.命に関わる事件や出会いにより、当てもないままそれまでの人生を捨て飛び出す。かなりの無鉄砲だ。収入源の確保もせず、社会経験も乏しい未成年の少女の「なんとかなるわ」の発想の恐ろしさよ。そんなこんなで広く大きな世界を知り、少女は自由を知るのである。
3.自由を獲得するため、最恐の敵を撃ち倒し、晴れて好きになった殿方と結婚してハッピーエンドを迎える。めでたしめでたし

保護者のいる子どもでは、ひとりで自由に外の世界で危険を犯せない。だから、多くの物語では主人公の子どもは孤独からスタートする。”成長”をテーマにした物語の始まりは「孤独」「愛情の欠如」がある。
もちろん、意地悪なのは継母とは限らないし、出会った男がいくらステータスMAX値だったとしても、恋に落ちて冒険して結婚したから”ハッピーエンド”とは限らない。が、それは別の機会に話すとして。


プリンセスストーリーは、毒親のもとで育った女性たちへの成長物語だ

と、私は思ってます。


1.毒親の娘、無自覚に”愛着”問題を抱える

不十分な衣食住。愛情のない養育者。子ども労働。そんな生き様をした人間がどんな大人になるのか?
まず周囲の人間に何も頼ろうとは思わなくなるよね。「誰も助けてくれなかった。これからだってそうに違いない」「大人なんて信用ならんわ」「どうせ頼っても裏切られるのがおち。しょせん人間なんて(以下略)」とスレッスレになる方が自然……。
野望や復讐心を抱いて悪妃になるという今の流行りもありだと思いつつ、百歩譲って”気立ての良い娘さん”になっても、心理的には人との距離を縮められない大人になるのでは?

毒親本でも出てくる「愛着障害」。幼少期に愛着を正しく形成できない背景で育った大人は、下記のような点に難しさを覚えるという。

・安定した人間関係を築くことに不器用さがあり、結果的に仕事やプライベートでトラブルを抱えやすい
・精神疾患を発症しやすく、発症した場合、重くなったり長引いたりしやすい
・感情のコントロールに困難を抱えている
・自分を肯定的に見ることが苦手
・「全か無か」思考になりやすい
・微熱や胃腸の症状が続く、疲れやすいなどの自律神経系のアンバランスがある
・自分の生理的欲求(空腹など)がわかりにくいことがある
・発達障害と似た症状がみられることがある

根拠なき自信=自己肯定感を防御力にして生きている私でも、非常に納得感のある内容。処世術で人付き合いはうまくやっていても相手が土足でマイマインドに入り込めば強く弾き返してトラブルになる。精神疾患重い。はい。
よく言えば感情豊か。悪くいえば激昂するとなかなか抑えられない。決断が極端。子どもの頃から虚弱体質で毎月のように熱を出してた。
性欲はほぼなし、自分の欲望や気持ちが何なのかを把握できるようになったのも大人になってから。メンタルによって、アスペルガーっぽい神経質さとADHDの煩雑さを行き来する。

認識していないだけで、家庭環境の影響は凄まじい。人と表面的な付き合いをしている限りでは常識的な言動をとれば済むので、この潜在的な問題は一切露呈しないのだ。

ところがどっこい、大人になり「Hello, World」がやってくる。


2.毒親の娘、”大人”になる

ここからは、私のプリンセスストーリー。

毒親育ちは自立が早い人もいるだろうけども、子どもに依存がちな毒親は徹底的に支配を強めて”自立できない”ようにする。私は学費の他に家に生活費も入れなければならない生活を送りながら「大企業の正社員にならない限り、一人暮らしなんて絶対に無理。お前には無理だ」と言われ続けた。
当時から貯金が趣味だったものの、社会人と比べれば微々たるもの。その通りなのだろうと、言われるがまま家事もせっせと頑張りつつ、限界を感じながら生きていた。

時は流れ、中小企業に就職。恋愛と無縁だったはずが交際相手の実家に2週間泊まりがけで遊びにいくほどの真剣交際に。毒親、慌てます。狂気乱舞。デート前は引き止め、デート中は電話をかけてくる。ついには恋人の前でも化けの皮が剥がれ、ヒステリーを起こす。家への生活費は上昇し「婚約しなきゃ交際は認めない!高い婚約指輪を買ってもらわなきゃ婚約は許さない!」と追い込もうとする。

恋人は博士課程の院生で、ユニクロとミニマリスティックな一人暮らしでちょうどいい収入。デート代も割り勘だし、基本的にお金をかけないデートと生活を送っていた。交際1年未満。結婚を決めるには早すぎるし、ミニマリストの思考かつ貯金を崩すことに過剰に恐怖心を抱くような人だ。結婚・婚約はおろか、数十万円もする婚約指輪を買うなんてまず無理だ。

気が乗らない私に彼との交際を勧めたのは親だ。
「いい歳して誰とも付き合っていないのは異常に見られる。誰でもいいから彼氏がいる方が世間にも恥ずかしくない。そのうちに大企業に勤める良い人と出会って結婚すればいい」
親の目論見は外れ、私たちは互いの真面目さゆえに異なる価値観で衝突し合いながらも真剣交際に至った。恋人が外国人であること。離職後に博士課程の学生をしていること。”相手にならない””心配だ”と今更言われても、どんな言葉も真実味がなかった。

喧嘩の絶えないカップルだったし、二人とも豆腐メンタルで”社会不適合者”。でもいい歳をしているからこそ、自分の考えをもって生きている。結婚も妊娠も「誰かが描く夢」のために行うものじゃないし、「親が描く夢」のためにパートナーを捨てるなんて理に合わない。

毎月安定した収入が入るのが私なら、数十万円でも婚約指輪を買うのは痛くも痒くもなかった。親が文句をつけないレストランと手土産を選び、顔合わせ。”婚約”を済ませた後、家賃や生活にかかるお金をきれいに折半し、恋人と同居を始めた。もちろん、家を出られないよう無理難題を言われたが根を詰めて頑張った。家にある私の持ち物のほとんどは本だったから、その多くを売れば家具が残るだけ。「二度と家に入れない」と言われても「仕方ない」と答えるしかなかった。小さなスーツケースひとつだけ持って家を出た。

何年もずっと言われ続けた。お前はこの家から出られない、私たちがいないと生きられない、と。不思議とそう信じていた。破ることのできない呪縛だったのだ。

薔薇色の未来は待っていないとわかっていても、それでも私は親の願いを捨て、自分で婚約指輪を買い、小さな部屋で金銭的依存のない同棲生活を始めた。人生で生まれて初めて体感する”自由”を得たのだ。

プリンセスストーリーで言えば、意地悪な義母を打ち倒す山場を越えた感じだ。

二人でIKEAに行って家具を買い揃える。家事は互いにやるから問題なし。神経質なので次に引っ越したらシングルベッドを2つ並べようと話し合う。彼の好きなごはんを作り、二人でくつろぎながらソファで映画を観る。帰る心配もせず、自分のしたいようにし、安心して眠って目覚める空間。

両親は人が変わったように優しくなった。猫撫で声で話し、何かと連絡をしてくる。私がいなくなった家で母は「空の巣症候群」になり、みるみる痩せていった。私がちょっとでも遊びに寄ることを懇願し、帰れば驚くほどよくしてくれた。恐怖心すら覚えるほどに。

私が呪縛を破ったことで、母はすっかり変わった。兄が結婚した相手は本人の前でも悪口を言えるような人で、両親を驚かせ、両親からの怒りに対してもビクともせず、反対に無視を決め込んで両親を弱らせるほど強い人だった。

母が変われば、親子関係ももっと柔らかなものに変わっていった。

すでに「めでたしめでたし」感があるが人生は続く。
そう、人生は続いてしまうのである。

2-1. 新たな試練が訪れる

仕事の方も順調に信頼を得て、任されるタスクも増えに増えていった。私の前職は多忙な職務で、深夜や朝まで残業することも多く、休みでもクライアントから電話が来ることもあった。早く帰れそうな夜でも接待などがあって帰れない。熱が出ても休めず、休日出勤も当たり前。クリエイティブだけど数字も期待され、部署内では無言の競争。会社の経営状況で空気は即座に変わり、傾けば悪い空気の中、さらに仕事に追われていく。

毎日帰れば彼は静かに眠り、ソファの上にはきれいに畳まれた私の洗濯物。朝も顔をあわせることなく出勤。経営が良くなると有頂天になった上司に電車で「俺の愛人になる?」と毎度囁かれ、経営が悪化すると上司に「お前は俺の仕事だけしてればいい、他のやつの言うことを聞くな」と、さらに仕事を増やされ、クライアントの前で叱責されることも増えた。そのうちに同じ会社で働いている上司の妻が、私が夫の悩みの種だと勘違いし、残業中に「夫の言うことを聞け」と説教をしに来るようになった。オーバータスクに迷惑なハラスメントに余計なトラブル。

ボロボロになって帰っても彼はただただ静かに眠っている。
たぶん寝てない。たぬき寝入り。
関係は冷え切っている。と、ひしひしと感じさせる何か。

恋人との関係性や仕事で焦りを感じながらも、体はもう限界がきていた。「できるだけ上司を避けよう!仕事を減らして帰れる時間をつくろう!」と決心。社内で相談できる立場の人に上司とのトラブルを話し、直属を変えてほしいと伝えた。仕事も手伝ってもらったり家でやれるようにし、早めに帰って買い物をして料理をする。洗濯物を取り込む。そんななんでもない家事のありがたさを感じながら、笑顔で彼を迎えて話を聞く。

「大事なものを大切にしよう」と思った矢先、社内で上司に腕を掴まれ「俺のこと避けてる?俺、気持ち悪い?きもい?」と問われた。

身を粉にして仕事を頑張っていても、なんで関係のない、まして自分よりも権力を持つ人間とのトラブルにも悩まされなくちゃいけないのか? 何もしてない。ただ真面目に働いているだけ。なのに経営状況でとち狂ってる上司からセクハラもパワハラも受ける。直属の未婚女性の部下、というだけで。

体調を崩して1日休んだ翌朝、重たい腕を伸ばしてスマホを見ると上司の妻から長文のメールが届いていた。私が社内で相談した人から、ハラスメントの件は伏せて直属を変えることを検討していると聞いたらしかった。何度もスクロールするほど長く書かれた文章には、夫への愛情と、夫に敬意を示さない傲慢な部下への怒りが込められていた。

実情を知っている身としては「おめえが夫の手綱をしっかり握ってねえからこっちがとばっちり受けてるんだろうが!」とキレ返せばよかったものの、あまりの不毛さに、恋人との関係を危ぶませてでも心身に鞭打ち頑張ってきた最後の糸がプツリと切れてしまった。

声をあげてベッドの中で泣き、その日から数ヶ月のベッド暮らしが始まった。

【後編に続く】

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