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毒親育ちのプリンセス・ストーリー(後編)

 前編からの続きです。


2-2. 白馬の王子様も”ただの人”

プリンセスストーリーどこいった?!?!
と思うかもしれませんが、これが現実です。ステータス値が低いとはいえ”白馬の王子様”と出会い、呪縛を解いた次にやってくる大きな試練。

パワハラ・セクハラ。社会に潜む毒にやられる!

長年に渡って支配されてきた心と体。支配欲の塊みたいな人間は感じとるんですよね。「あ、こいつなら甘えても問題ねえな」と。なまじ毒耐性があるから、毒が近寄ってきてもすぐに逃げず、致死量に至るまで耐えてしまう。

今思えばバカな夫婦のために我慢なんかしなきゃ良かったな〜と思うわけですが、ほとほと疲れ切ってしまったわけです。ベッドから身を起こすのもしんどい。起き上がれない。心療内科に行き、受診し、薬を処方してもらえば、こんこんと眠るか頭がぼんやりする日々。

そんなプリンセスの傍には白馬の王子様が……いません。

当然です。
彼も社会生活を営む一人の人間。己のタスクと暮らしに精いっぱいなんです。実家では歳の離れた末っ子、上げ膳据え膳のワガママ甘ったれ坊主。早くから自立したため長い一人暮らしを極め、結果として病人の看病もろくにできず、わからないから病人に優しくできない。

もちろん違う人もいるでしょう。が、世の中の圧倒的な人は”普通の人”。プリンセスだってただの人。王子もただの人。ハッピーエンドを迎えて初めて「プリンセス」だの「白馬の王子様」だのという概念が成立するわけです。

と、今なら分かるわけですが。もともと変化に弱い彼は、私の大きな変化についていけず激しく動揺。彼の狼狽に気づける元気は当時の私にはなく「こいつ意外と冷たいやつだな」という一方的な失望と疑心が芽生える。彼は彼でおそらく「こいつ面倒くさくて俺の手にはおえないぞ」と思う。

小さな家だから、片方のムードで決まってしまう空気。逃げ場もないから休まる心地もしない。もともと交友関係が広く、よく友だちと飲み歩いているような男だったものの、仕事で忙しかった私はさほど気にしていなかったのに、一日中家にいるとなると彼の不在が気になるようになってくる。

まして、私は会社の件で自己肯定感=防御力は壊滅的。自分は敗北者で失敗者、心身ボロボロで常にパジャマ姿で髪もボサボサ。家事と呼吸しかしてない状態。何の魅力もない。
外で飲んでる彼を疑い出す。帰ってきた彼を詰問。態度の悪さに激昂。大喧嘩の日々。ソファに仁王立ちになって彼に叫び、ベッドの争奪戦(負ければソファか床で寝ることになるから)。

気づけば、私は母親そっくりに癇癪を起こして叫んでいた。彼は私の父親そっくりに無視し、態度で拒絶を示し、私を傷つけるために言葉を選んだ。違いがあるのは物や血が飛ばないことだけ。私には慣れきった世界でも、彼は生まれて初めて経験する狂気。人に怒鳴られることも、人に怒鳴ることもなく生きてきた彼は、その体験も信じてきた良心的で理性的な自分というアイデンティティが壊れていくことも感じていたはずだ。


大事な仕事を近日に控えた彼に「僕がお金出すからホテルに泊まるなりしてくれませんか?」と言われて「ひどくない?ここのお金半分渡してるんだから私の家なんですけど。あんたがホテルに行きなよ」と拒否。深夜にもかかわらず彼は私の両親に電話。「タクシーに乗せてうちに返してください」と言われたと私に告げる。

帰れるかボケー!!!!!!

今は良好な関係を築いているとはいえ、「親子の縁を切る」と言われ承諾して出てきた我が身。どの面下げて帰れるか!だいたい、お前何も考えてないんだろうが、ここで私が実家に戻れば、両親は安堵して今度こそきちんと私たちを別れさせようと思うだろう。今の私にはそれに抵抗する力も何もあったもんじゃない。

要は、別れたくなかったんだよね。
どんなにひどい状況で彼を憎いと思っても、手放したくなかった。
たとえ彼が別れを望んだとしても。


最終的に、真夜中に私はお財布だけ持って飛び出した。
疲れ切った彼は追いかけてこなかった。終電で電車もない。タクシーだって走っていない。歩いているのは酔っ払いだけ。

漫画喫茶で『王家の紋章』を読んで夜を明かす。朝になっても読み終わらないボリューム。お昼になったら家に戻って彼と話そう。それでダメだったら実家に帰ろう。幸い、両親は寂しさのあまりに私が戻ってくることを歓迎するだろう。彼も落ち着けば考えが変わるかもしれない。
まだ時間はある、とアラームを設定して目を閉じる。数秒後、薄い板を隔てて男の荒い息。

う そ で しょ 〜 〜 〜 〜

まあ、これも現実である。
飛び起きて会計を済ませて外に出れば、寝不足の目に朝日が眩しい。帰宅し、彼は話せる状況にはなく、私は多めのお金を机の上に置き、これがおそらく別れになるだろうと告げた。折半した額よりも余計に多いのは、私の服や荷物を送ってほしいから。この量なら段ボール一箱で済むだろう。あなたからのプレゼントは要らないから捨てておいて。

彼は黙ってびくとも動かなかった。

今思うと当然だ。あまりにも自分勝手!当時の私!実家に帰って距離を置くのは正しいけど、彼が落ち着くのを待たずに別れる算段を整えるのは、彼からすれば放心状態にもなるよね。

と、当時の私は考えなかった。一晩あったのだから彼だってそこまで考えたはずだし、だから私を追い出したはずなんだから。心配もせずのうのうとベッドで久々に一人気持ちよく寝たなら、私よりもはっきりとした態度でいてほしい。
なんてことを思って深くため息をつき、家を後にした。


3. 毒親の娘、自分と向き合う

清々しいほど空っぽ。振り出しに戻った。

無職で病気で働けない。恋人にも別れを告げた。送られてきた荷物には彼からのプレゼントと、なぜだかお菓子も詰められていた。妙な律儀さなのかもしれない、と思いつつ、彼からのプレゼントは送り返した。

何もない。

しばらくは病院に通いながら薬が合わず体調を崩していった。孤独を感じるほどの元気もなくて、ただひたすらに眠った。そのうちに薬が漢方薬になると心身ともに楽になってきた。

前職を辞めた元同僚と会うようになり、友人になった。
前の仕事の付き合いのあった人が心配してくれて、会ううちにフリーランスで仕事をしてはどうかと提案された。

できること。やりたいこと。
今ならなんでもできる。
だって今なら素直に親に頼って生きられるから。

生活費は払わなくちゃいけないけど「結婚しろ」「自立できない」とは言われなくなった。家を出て生活できることは証明した。結婚はともかく恋愛だって頑張った。

今ならひとりだから何をしてもいい。

彼との将来を考えて仕事は辞められないと思っていた。もっと広いところに引っ越して、旅行もして、将来に備えて貯金もしないといけないと思っていた。
でもひとりなら自由だ。こんな体と心じゃ将来を語れるのも怪しい。

だったら好きなことをしよう。

社内やクライアント向けにネイルや服の色を決めなくてもういいんだ。メイクも服も話し方も自由。理性的で真面目で責任感も忍耐力も強い。そんなイメージももう要らない。
ヘラヘラ笑って、適当で、ちょっと雑だけど楽しそうな人になろう。

友だちと旅行にいった。前職で培った仕事もしながら、新しいことにも挑戦した。1年も過ぎれば細々と仕事は続くようになり、趣味も広がった。無理をせずに付き合える友人とだけ、適度なタイミングで話したり会う。「前よりも明るくなったね」と言われるようになった。


やがて、私は彼に申し訳ないことをしたと考えるようになった。


ひとりになって、自分の「次」を考え、「今」を形成していった。何もなくなった自分だからこそ、なりたい自分になろう。”辛く苦しい自分”を捨てることはできないけど、望む未来に適した自分にはなれると思える余裕ができたからだ。

私が仕事で忙しい時期、彼は彼なりに私を支えてくれていた。私の分まで家事をして、私の負担を減らしてくれていた。
私が弱っている時、彼なりに私たちの関係性を守ろうと努めてくれていた。働けとも言わなかったし、休めるように静かにしてくれて、家でのんびりしたくても外で過ごしてくれていたんだろう。

私が自由を知れたのも、親の呪縛にうち勝ったのも、きっとひとりではできなかった。彼といる未来のために勇気を出せたんだ。仕事を頑張れたのも、人生で初めて得た安心できる一時も、彼といる時間が与えてくれたものだったからだ。

彼を責める感情も言動も、あれほど私が憎み嫌っていた母のものと同じで、私と彼の激しい喧嘩の仕方は明らかに私が持ち込んだ”文化”だった。
私は気づいていないだけで、憎むべき”毒”を私もまた持ち合わせている。私が嫌う彼にしたのは、私自身だ。

* * * * * *
あれから3年。私と彼は慎重に同居を検討している。

喧嘩はほとんどしなくなった。たまにするけど「喧嘩」という体ではなく、すれ違いに耐え、会えば仲直りする。彼が不安になれば、私が受け止める。

私はプリンセスを卒業した。
今は、彼の”白馬の王子様”になりたいと思っている。まだまだ私には問題があるけれど、彼の不安症が和らぐきっかけになりたい。私と一緒にいることが彼の”安心感”につながるようになりたい。

御伽話やファンタジーは大好きだ。
人を信じ、愛することはあまりにも難しく、この世には存在し得ないとさえ感じられても、辛抱強さと前向きさを捨てなければ必ず”ハッピーエンド”への道を歩めると教えてくれるからだ。

天邪鬼の私でさえ、こっそりとそう思える。
だから、私たちは私たちのストーリーを紡いでいけばいい。


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