見出し画像

「僕はきっと旅に出る」 第三話:マレーシア 人の温もりと豊かさ

シンガポールとマレーシアの国境は夜になるとテールランプの赤い川が出現する。
両国の間の物価はおよそ3倍の差があり、毎日物価の安い側のマレーシアからは多くの出稼ぎ労働者たちが「通勤」している。
聞くところによると、本当に毎日だそうだ。

車や軽トラに人がすし詰めになり、家路を目指す。
僕がバスの窓から手を振ると、彼らも振り返してくれた。

テールランプの川を越えて、いざマレーシアへ

いよいよマレーシア入国だ!
検問所に着くと僕たちは降ろされ、一人ひとりのパスポートをチェックされる。
日本人は顔パスと言われるくらい信用されているらしいから、なるべく日本語を話して日本人であることを検査官にアピールした。
だから、他の人よりも早くゲートを出ることができたのかもしれない。

他のクラスメイトがバスに戻るまでの間、謝君と二人で駐車スペースのガードレールに座り、夜の涼しさを感じた。
シンガポールのあの、なんというか、切羽詰まった感覚の空気は変わり、マレーシアに入国したとたんに穏やかで柔らかな、時間の流れが遅くなったような感じがした。

このショートショートのタイトルである「僕はきっと旅に出る」は僕が好きなスピッツというバンドの曲の名前だ。

「僕はきっと旅に出る 今はまだ難しいけど 
 未知の歌や匂いや 不思議な景色探しに
 星のない空見上げて あふれそうな星を描く
 愚かだろうか 想像じゃなくなるそん時まで」

この曲を知らないうちに口ずさんでいた。

「スラマッ・ブルクナラン(はじめまして)!」
翌朝、アロハシャツの良く似合うフランキーという、中国福建省二世のおじさんがジョホール州を案内してくれることになった。

フランキーはよくしゃべる。
運転手と移動中ずっとしゃべっていた。
今の僕ならその会話に入れるのに、、、何を言っているか変わらなったけど、楽しい世間話であることだけは伝わった。

マレーシアの朝市はものすごい熱気だった。
魚の生臭さ、あたりを飛び交う人の大声、道端でくつろぐ猫、生命力を感じた朝市だ。

野菜に魚、鶏肉や日用品は全てここで手に入る。
鶏肉が一羽300円で日本と比べて大変安い値段が表示されていた。

「トロン アンビルガンバル ドゥガン サヤ(僕と一緒に写真を撮ってください)」と言えば優しく応じてくれた。

それから、バスに、ジョホール州の議事堂を周り、昼食の時間が来た。

カラフルなマレーシアのニョニャクエ

鶏肉の煮込み、ういろうのような食感のニョニャクエというお菓子、インディカ米の炊き込みご飯など、腹がふくれるまで食べた。

これだけ食べると困るのはトイレだ。
「ディ マナ タンダス(トイレはどこ)?」
この表現は今後マレーシアに行く人は絶対に覚えておいてほしい。

個室といれに入ると便器の横にホースがある。
これがマレーシア流の手動ウォシュレットだ。
かなりめんどくさい、このめんどくささを嫌がってトイレに行くのを我慢する人もいたほどだ。

昼食を終えた後、バスはおよそ一時間ほど走り、プライ村(カンポン・プライ)に到着した。
年季の入った建物の数は減っていき、しだいに未開の原野が広がっていった。また、そのところどころからは開発中の大きなビルもうかがえた。

やがてバスはヤシの道の脇に停まった。
バスから降りると、アブラヤシ、ゴムの木の農園が広がっている。
この地域の主要産業であり、旧日本軍が南方の戦地で求めていた重要資源だ。

さらに道を進むと集落が見えてきた。
ここが僕たちがお世話になるホームステイ先だ。

担任の先生から順番に名前を呼ばれ、サッカー部の男子たち4人で家の玄関前に立つ。
誰が出てくるのか、どんな人なのかドキドキしていた。

マレーシア人(ムスリム)の家庭にホームステイ

写真の左端が自分です。

「トゥパタニャー(ごめんください)」
「スラマッ ブルクナラン カミ バーサル ダリ ジャポン(初めまして、私たちは日本から来ました)」

家の人を呼ぶと4歳の少年ムハマドがおばさんと二人で出迎えてくれた。
家族の内、父親が中東系で母親がマレー系のムスリム一家だ。

家の中は窓が開けっぱなしで、コンクリート作りの家だったので少しひんやりとしていた。

とにかく小さな子供がいるのは心強い。
この家族で英語を話せる人はおらず、僕のマレーシア語も会話を成立させられるほど上手ではなかったから気まずくならずに済む。

「マリ キタ バーマイン ドゥガン サヤ(一緒に遊ぼう)」とムハマドを誘って5人で外に出た。
となりの家の子供も交じってきて、7人に増えた。

おばさんが作ってくれた料理は牛肉の煮込み、鶏肉のカレー煮込み、サラダ、米をブロック状に固めたもの、甘い紫色のジュースが食卓にならんだ。
マレーシアの料理は辛いか甘いかであり、ムスリムなので豚肉は使わない。

ずっと自分が体験したかった、現地の日常的な暮らし。

食事が終わると日が暮れるまで遊んだ。
日本よりも時差が2時間遅れているから、日本はすでに夜だが、まだここは遠い地平線を見渡せるくらいに明るかった。

ムハマドは始終、背の高くてイケメンの河邉君にくっついている(写真左から3番目の人)。
やはりイケメンは万国共通で持てるらしい。
そんな彼とはこのよる同じベットで寝た。部屋のサイズが限られていて、そこの男子高校生4人もいたら仕方ない。
彼と寝た話は、帰国後に彼の彼女に自慢してやった(笑)

夜になると僕たちは民族衣装を渡され、結婚式に招かれた。
着替えるとおじさんの車で村の集会所へ移動した。
男性も女性も、みんなイスラム色の強い服装だった。

イメージ

村人たちが太鼓を鳴らして入場し、男たちが踊りまわる。
笑いと手拍子の中で、新郎新婦が入場してきた。

マレーシアでは、新郎新婦に対して参加者たちは黄色い米粒を投げる。
そして新婦の額には卵をこすりつける。
豊かさと子孫繫栄を願っての儀式だそうだ。

自分も村人たちに交じって踊っていたので少し疲れた。
静かな場所に行きたくなったので、結婚式場の前にある村人たちのたまり場で缶ジュースを買い、余韻を感じていた。

そのときに村のおじいさんたちに何か話しかけられた。
結婚式場を指さして、何か励ましているようなで
「この土地の結婚式は賑やかでいいだろう、お前もいつかは通る道だな」
と言っていたように感じた。

ムハマドの待つ家に帰ると、なんと!三世帯13人の大家族になっていた!
立派なひげを蓄えた中東系のムハマドの父親、その妹家族とカオスだった。

こんな大家族見たこともない!賑やかで楽しいじゃないか!
ムハマドの姉もプサントレン(ムスリムの子弟向けの塾)から帰宅しており、日本語で「こんにちは」と声をかけられた。
お互いに片言の日本語とマレーシア語で会話する。
深い会話はできなかったけど、もし次会うことができたら、色々なことが話せると思う。

今の自分なら日本語だけでなく、英語と中国語も話せる。
もし、同じような旅をもう一度できたら、もっとたくさんの発見があったかもしれない。
だからこれからも僕は外国語を学び続けていく。

あれから5年が立ち、ムハマドたちは今何をしているのだろうか。

中心部の豊かさと経済成長の先にある幸せ

ジョホール州の中心部

ムハマドたちに別れを告げ、僕たち一行を乗せたバスはジョホール州の中心部にやってきた。
いわゆるジョホール・バルというところで、シンガポールの国境近くでその経済的恩恵を受けている。

自由行動の時間があったから、シンガポールの時と同様に一人で街を歩いた。
バスからではなく、自分の足で立ち、現地の人たちと同じ目線で街を見たかった。
サムスンの最新電化製品、きらびやかな商業施設にレストラン、輸入されてきた自動車やバイクなど、経済成長著しい東南アジアの光景だ。(2017年当時、マレーシアのGDP成長率は5.8%、一人当たりGDPは1万ドルを超えていた。出典:世界銀行)

しかし、少し中心部のそとに出たらどうだろうか。
ホテルを抜け出して、一人夜の街へ散策に出かけた。
古びた街並みに、年季の入った家屋、暗くて寂しさを夜になると感じてしまうような光景だった。

新型コロナウイルスが出現するまでの東南アジアはどこの国も高いGDP成長率を記録していた。
しかし、その利益は多くの人に行き渡るのだろうか?
経済成長と引き換えに、人間本来の幸せを失わないだろうか?

マレーシアで見た若い人たちの目はどれも輝いていた。
市場の人々、村の人々、同年代の高校生たちもみんな活き活きとしていた。
彼らが資本主義の豊かさと引き換えに、大切な何かを無くさないようにするためにはどうすればいいのだろうか?

自分はモノにあふれた日本よりも、心に余裕のあるマレーシアを始めとした東南アジアに憧れてる。
その一方で東南アジアの若者はアジアで一番最初に先進国となった日本の製品や技術、サブカルチャーに憧れているのだろうと思う。

大学に入り、開発経済学といういかに発展途上国の問題を解決し、人々の暮らしを豊かにするかを議論する学問を学ぶようになった。

教育や保健衛生、医療、インフラなど様々な方面から議論してきたが、最終的にその暮らしが豊かになったかどうかは現地の人たちが決めることだ。

これから自分はプラントエンジニアリング会社の仕事でたくさん発展途上国と関わる機会があると思う。
ビジネスである以上、利益を出さないといけないが、本当にそのプラントを作ることが地域社会のためになるのか、人々の豊かさにつながるのかを考えたい。

旅の最後に
「豊かさ」ってなんだろう?
という問いが生まれた人生で最初の海外旅行であった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?