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【短編B完結②】のってきてもこなくても 下編

【企画】誰でもない誰かの話

#数理落語家  自然対数乃亭吟遊さんの続編

第一話「のってきてもこなくても」38ねこ猫
第二話「のってきてもこなくても 中編」
#数理落語家  自然対数乃亭吟遊さん



第三話「のってきてもこなくても 下編」


異業種
そう言えるだろうか。

映像作品
そう言えるだろうか。

ジャンプカットに長回しのワンカメショー。
ドリーもパーンもズームも早すぎて見ていて酔う。

色温度も適当で
音のレベルはバラバラで
SEとスーパーだけは一人前。

ディレクションが必要な作りなんかしていない。

アングルもサイズもピンも
カメラワークも
素人感が抜けない。

演出に何の熱も感じない。


白目チャレンジ
替え歌笑わない選手権
えづいたら負け

「サムネのセンス深海レベル。
企画のセンス地球の裏側通り越して宇宙。
タレントぶってて草 車買ってて森」
冷めた目をしている

「YouTuberしか勝たんとかウザ。」
あの男たちを思い出しているようだ

「他のYouTube動画はさておき
神倉のチャンネルには
そんな印象しかないんです」

昼休み
同級生の神倉率いるダ・カーポの
YouTubeチャンネルを見ながら
私に言ってきた。

草とか森とか、勝たんとか
私にはよくわからない言葉を並べて
アンガーマネージメントを
しているように見えた。

「興味ないの?」
「ありますか?」
眉の角度が怒りと疑問を見せている。
「おもしろいの?この動画。」
私も何度か見たが
イマイチ何がいいのかわからない。
なぜ、うちの局に出入りしているのかも、
全く理由がわからない。
再生回数は20万回を越えている。
私のセンスが追いついてないんだろうか。
「バズってるのとおもしろいは
比例しないと思います。」
「ん?」
「俺は、一度も、高評価押したことないです」
「そう。」
「はい。」
「同級生って言ってたけど」
「友達じゃないです。」
「そうなの?」
「嫌いです。声デカくて。
クラスの中心にいる嫌なヤツなんですよね。
カーストの1番上の。」
今日はやけによく喋る。
喋るから、マスクから息が漏れてメガネが曇る。
メガネを外して、クロスで拭いた。
「何がテレビはオワコンだよ。
始まってもいないくせに
ダ・カーポとか、意味わかんないですよね。」
珍しく、引きずって怒っている。

私はコイツが嫌いだけど、
こういう一面は嫌いではない。

「お前、トキオって名前だっけ…。」
昨日、コイツが神倉からトキオと呼ばれていて
コイツの名前を見失った。
「俺、井戸木央介なんで…。」
「あっそ。…ダサ。」
「小学生のセンスですよね。
そんで、マウント取ってきたりとか。」
こんなにコイツと喋ったことが
今まであっただろうか。
「YouTubeでも、
ちゃんと作ってる人もいるから
全部悪いっては思いませんけど。」
「まあね。」
「この猫のヤツとかは好きでよく見てます。」
「お前、病んでるの?
猫、見出したら灰になるからやめな。」
「…見ないんですか?」
「見ないよ。」
「なんでですか?」
「かわいいから」
「え?」
「魂抜かれるから」
隣で笑い始める。
コイツが笑うとこっちも気が緩む。

「俺、辞めないですよ、この会社。」

コイツは朝、
先輩のディレクターたちに囲まれた。
辞めるなら今
とか、
いつの間にカメラマンになったんだ
とか、
これからはネットのコンテンツか?
とか
散々詰め寄られていた。

私のせいだ。

コイツは、カメラマンではない。
ENGを振ってはいるが、
映像技術のプロは目指していない。
中途半端に器用なだけだ。
やっていることは制作会社の社員の
一定レベルのこと。

ただ
やればやるほど腕が上がっていくコイツを
私は認めたくない。

「井戸木って、カメラ好きなの?」
「嫌いですよ。重いし、怒られるし。
三脚はすぐ水平ずれるし。
なんでザハトラしかないんですか?
ビンテン買ってくださいよ。」
「機材のこと私に言うな。」
それより、怒られるしって言うのは私のことか?
「お前、本当にディレクターやりたいの?」
私と同じにならないで欲しい。

最近の私は、仕事を少し嫌になりかけている。
やってもやっても褒められることはない。
YouTubeのように
評価がすぐ得られることもない。
視聴率は意外とあてにならない。
見られている実感がない。
もっと、見られて、スポンサーがついて
番組が売れていけば、こんな風に思わないのに。

「D、やりたいですね。」
やっぱりやりたいのか。
「今、満足できてないってこと?」
「まあ、……でも、俺新人なんで。
まだできないことしかないし。」
「お前は何がやりたいの?
Dになって何ができるの?」
まるで、自分への質問のようだった。
私は、毎日、ただコイツにイラついている。
コイツにイラついているようで
自分にイラついている。
「俺は、毎日
ながら見できる番組をやりたいと思ってます。
大して話題にならなくても
いつもなんとなく
気に入って見てる…みたいな。」
「おもしろいの?」
「どうでしょうね。
ヒルナンデスみたいなのを
想定してますけど。」
「案外、数字いいかもな…」
「そうですよ、きっと。
一緒にやりましょうよ。山口さん」
コイツが楽しそうに話してきた。
コイツに冗談でも誘われるなんて
思っていなかった。
「嫌だよ、お前となんて。
今でさえ手やいてんのに。」
「さーせーん。」
学生ののりが時々出てくる。
「お前な、他所行ったらそういう口きいたら
怒られるからな。」
社会人としても
コイツを育てなきゃいけないから
ため息が出る。
「そのコーラって美味しいんですか?」
私の机のコーラを見て言う。
「買って飲んでみたら?」
「俺、炭酸オエってなるんでいいです。」
やっぱりバカなんだ。コイツは。
人懐こい笑顔を振りまいて
私をイラつかせる。

だけど今のコイツの笑顔は
一瞬でも、
テレビの未来を
信じられなかった私を
許そうとするように見えた。

「お前とは、今だけだ。」
「え?」
「最終的に勝つのは私。
私は見逃せない番組を作る」
「そうですか。」
「そうだよ。
ながら見とか、甘いんだよ。」
「かっこいいな、山口さん。
そういうとこ好きです。」
「ふざけんなよ。」
楽しそうに笑うコイツが
ライバルになる日が来るなんて思えない。
今はなんだか、かわいい後輩に見える。
私がコイツにいつか声をかける日が
来るかもしれない。

その時、コイツはのってくるだろうか。

ただ、コイツには負けたくない。
動画サイトに負けたくない。

今の自分を超えていきたい。
制作として私はテレビを終わらせない。


#オリジナル小説 #短編 #広がれ世界
#誰でもない誰かの話 #仕事 #動画
#制作 #YouTube見ちゃうよね


#数理落語家  自然対数乃亭吟遊さん
二作目をありがとうございました。

第二話、
話がなかなかシビアになっていました。
女性のイライラの原因が見える展開でした。


ありがとうございました。

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