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身体があること🧘‍♂️食べること🥪 その煩わしさと歓びについて

錬金術師の家庭菜園

僕の家庭菜園も、この3月で18年目に突入。様々な紆余曲折と進化を経て、思えば遠くへ来たもんだ😌(←いや、たいしたことはない)
そんな中で、野菜づくりと食生活について最近考えていることを、ちょっと書いてみたいと思います。

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こちらの写真は、ジャガイモ種芋たねいもです🥔🥔🥔
うちの畑に春の到来🌸を告げる、ジャガイモの植えつけ。例年うちの春夏野菜で最初に始める作物なんです。
今年も2月初めから種芋を日光に当てて芽出しをし、先日植えつけました😃 ちょうど少し気温が上がったこともあって、春が近づいてきたねぇ~と実感🌸🌷🌺

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⇑このあと土をかけて埋め、さらにマルチシートで覆います。
この種芋🥔を見ただけで、ああ美味しそう、もう食べちゃいたい🤤 と思うのは僕だけか❓

1.「食事」の最終進化形?

さて本題へ。まずはそんな食欲についてのお話からです。
先日このnoteで、とても興味深い記事を読みました。

この「こおりしぐれ」さんのお話の参照元となったのが、たぶんこちらの本の紹介記事です。(ご本人に確認したところ、よく覚えていないとのことでしたが…)

それによると、この本(僕は読んでません😓)では、人工知能(AI)が将来もっと高度化して、人の脳と直接つながることで、お互いの強みを生かしてさらなる高みへ行ける、それこそ人類が目指すべき未来だ、と論じられているそうです😲
ここで未来の生活を紹介するエピソードの一つとして登場するのが、1日の食事(栄養)はサプリメント1粒💊で賄うことができる一方、AIが脳の味覚を司る領域を刺激することで、一流レストランのご馳走🥂を食べている感覚を味わえるというもの。

すごいですよね。これが「食事」の最終進化形なんでしょうか。たぶん、これで空腹や食欲も満たされるんでしょうね。
脳と融合するAI、それと連動する仮想現実(VR)やメタバースの技術。もはやほとんど映画「マトリックス」の世界です。
かの実業家イーロン・マスク氏は、将来誰もが脳に電極を埋め込む時代が来ると考えて研究を進めているという、衝撃的な話も紹介されています😱

2.身体性からの「解放」

この究極の食事の話が物語ること。それは、私たち人間の飽くなき自由への希求、特に人間が「精神の自由」を追い求めた果てに、自らの「身体からの解放」さえも目指そうとする姿ではないでしょうか。

人間は身体を持つ生物の一種なので、物質的な欲求や必要に煩わされます。体調にも左右されます。
交通や情報通信技術が発達した現代であっても、遠方へのリアルな移動には身体が物理的な制約となります。「どこでもドア」があれば別ですが🚪

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食事についてもそうで、他のことで忙しいとき、煩わしくなることがある。とりあえず食欲を満たし、栄養を補給できればよいと、超簡単に済ませたりもします。かつて「10秒チャージ」なんてキャッチコピーもありましたね。
究極的には、すべての食事をサプリにして、自分の身体を簡単・効率的に維持しつつ、食事の美味しさという精神的な部分はVRで確保すれば、自らの煩わしい身体を「飼い馴らし」、身体から「解放」されるのかもしれません😲
(上記の「身体を持つ・・」という表現も、実はこうした発想の反映です)

とはいえ、生き物として身体を有し、色んなことを直接体感することの歓び🧘‍♂️ってのもありますよね。
手作りした料理を、親しい人と美味しく味わうこと🥗 早朝の爽やかな空気の匂いを感じながら、ジョギングした後の心地よい疲れ🏃‍♂️ 今年も見事に咲いた、今ここだけの桜を眺めること🌸
こうした肉感的で一回性の歓び空間的・時間的に有限な身体を生きていることの歓びというものを考えると、何のために身体性から「解放」されようとするのか、分からなくなります。

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3.システムに依存した「自由」

それに、こうしたハイテクの力で手に入れた「精神の自由」って、本当に自由なんだろうかという疑問もあります。
現代社会の人間は、「お金」というツールのおかげで、煩わしい人間関係を経ないで、誰かが生み出した高度な商品やサービスを「自由に」享受できます。でもお金を得るためには普通、ある程度自由を犠牲にしなきゃいけない💴

それ以上に重大なのは、人間がどんどん高度化し分業化する社会システムに依存していく中で、いつの間にか支配・従属の関係に組み込まれているという事実です。
私たちは既に、お金が無ければなーんにもできず、生きていけないほど、一人の生き物としての全体性を失い、無力になってますよね。これって自由なんだろうか。タダで利用できる誰かが作った高度なサービスだって、もしそれが無くなったら生きていけないほど依存していたら不自由なのでは。
私たちが追い求めるべき「精神の自由」って、こんなものなのでしょうか。

もちろんハイテクをすべて否定するつもりはなくて、「自由」にとっては選択肢があるということが大事なんだと思います。

4.野菜づくりに夢中、でも料理は…

話が大きくなっちゃいました😓 食生活に話を戻します。

以前の投稿で、僕が思う家庭菜園の魅力を、7つにまとめてみました。その最後の7つめに「自給の歓び」というのがあります。
家庭菜園はささやかな趣味に過ぎないけれど、少しでも自給をすることで、一人の人間としての、生き物としての尊厳を取り戻すきっかけになる、という話をしました。

このように僕は、自分で野菜を育て、美味しく食べることの歓びを語り続けているんですが、実は料理が苦手なんです。もっと正直に言うと、料理がどうにも面倒くさい😔
これを書いている今も、ちょうどお昼時になって、大好きなカップ麺で済ませちゃった…😓  

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野菜を育てたその先には、採れた野菜を調理するというプロセスがありますよね。なまで美味しく食べられる野菜は限られます。
いま僕が野菜づくりを楽しめるのは、それを美味しく調理してくれる妻の存在が前提になっています。美味しく食べてくれる子たちも然り。もし僕が一人暮らしだったら、こんな本格的に家庭菜園をやっていなかったかもしれません。

家庭菜園をしているお仲間でも、男性にこういう方が多い気がします。「春菊を作っても、カミさんが嫌いなんで調理してくれないんだよ」とぼやいたり。もちろん、自分で育てた野菜を自分でささっと調理し、家族へ振る舞う男性とかもいて、カッコええな~😍と憧れますが…。

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うちの妻は、「料理なんて簡単、慣れだよ、全然面倒じゃない」と言う。そうなんだと思います。僕もかつて一人暮らしが長かったし、たぶんやろうと思えばやれるのに。畑作業のほうはそんなに面倒と思わないくせにね。

5.「自分で育て、食べる」をもっと気軽に

そしてここに、一人でも多くの方に家庭菜園の魅力をシェアすることをミッション(笑)とする僕が、乗り越えなければならない課題があります🤔

仕事や育児・介護に追われて忙しい人や、一人暮らしの人、料理が苦手な人でも、もっと気軽に、自分で野菜を育て、美味しく調理することができるようになれば。何かと忙しい僕自身も含めて。

そして、それを可能にする技術とは、できれば依存性を強めるハイテクではなく、安上がりで誰にでも自分たちでできる、ちょっとした工夫であることが望ましい。
例えば野菜づくりなら、自宅での小さなプランター栽培とか、土作りの簡単な方法とか。
採れた野菜の調理なら、漬物をはじめ自宅で簡単に作れる発酵食品にして保存するとか、大量の野菜をシリコンスチーマーで温野菜にしておき、少しずつ色んなドレッシングやタレなどで楽しんでいく、といったイメージかな。これ、簡単なのに野菜がすごく美味しいんです。
あるいは、仲間たちと一緒に野菜を育て、それを一緒に調理して食べる会を定期的にやる、というのはどうでしょうか。

身体があること、食べること。その煩わしさを、歓びへと転じるための工夫。これからは、そんな知恵について、もっとちゃんと考えていきたいと思います😊

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錬金術師の家庭菜園
うちの家庭菜園(愛知県)の様子を投稿。色んな野菜の栽培方法や、野菜の美味しさを生かした料理などについても書いています。夫は家庭菜園歴17年以上、無農薬の野菜づくりを究めるマイスター。妻は食べること×話すこと×英語の求道者。この夫婦で、楽しく興味深いお話を書いていきまーす❗