【ショートショート】チーズトーストは愛してるのサイン
自堕落な生活を送っている俺に習慣が出来た。
普段大学に通う以外はサークルにも入らず、バイトもせず、無為に時間を過ごしていた俺にだ。ただ、習慣と言ってもジムや勉強、早起きのような有意義なことではない。それは、シズラーに毎週土曜の夕方に通うことだ。
シズラーとはアメリカ発祥のレストランチェーンで、サラダバーを売りにしている。そして、食事を頼むとタダでチーズトーストが付いてくる。
実はシズラーに通うことが習慣になっていると言ったけど、もっと正確に言うとシズラーでチーズトーストを5枚頼むことを習慣にしている。
シズラーに行ったことがない人にとって、5枚トーストを頼むことがどれほど異常な事か分からないだろう。通常、無料だという事で1から2枚を頼む人が多い。チーズトーストが好きだから3枚食べる人もいるかもしれない。でも、5枚は相当な枚数だ。5枚頼むのは、もはやメイン料理やサラダを食べませんと言っているに等しい。
さて、俺がチーズトーストを異常な枚数頼むのには理由がある。それは、土曜のシフトに入っている大学生風の女の子である谷川さんに俺の事を覚えてもらいたいからだ。
先月のことだった。たまたま友達とシズラーに入って接客してくれたのが谷川さんだった。そして、俺は谷川さんに一目ぼれしてしまった。茶髪でショートボブの髪型をしており、笑うとえくぼが出来る。そんな谷川さんに惚れてしまった。ちなみに谷川さんという名前はネームプレートを見て把握しただけで、決して声をかけて名前を聞き出したわけではない。断じてそんな勇気は俺にはない。
シズラーから帰ったその日、俺はどうすれば谷川さんとお近づきになれるかを必死に考えた。サラダバーについて質問するついでに話をする、フォークを落としてそれをきっかけに話をする、等いろんなパターンを想像してみた。
そして出た結論が、チーズトーストを5枚頼むことだった。
確かに色々考えたけど、俺からいきなり話しかける勇気なんてない。となると谷川さんに話しかけて貰う必要がある。じゃあ、どうやったら話しかけて貰えるんだろうかって考えた時に思いついたのが、このアイデアだ。そう、あのドリカムも歌っている。ブレーキランプ5回で愛してるのサインって。だから俺もチーズトースト5枚で好きですのサインを出してみようと思ったのだ。
さて、そう決めた俺の行動は早かった。その後、何度かシズラーに通って谷川さんは土曜の夕方には必ずシフトに入っている事を突き止めた。
男に二言はない(別に誰にも言ってないけど・・・)。そこからは、俺はチーズトーストを毎週土曜日に5枚頼み続けることにした。
*
私は毎週土曜日にシズラーのホールでバイトをしている。
シズラーが好きって事もあったけど、家から近いから始めたバイトだった。
平日は学校の授業が忙しいからたまにしかシフトに入る事は出来ないけど、土曜日は基本的にシフトを入れるようにしている。
バイトを始めて半年。最初は覚える事が多く新鮮だったけど、次第に慣れてきた。そして、いつもと変わらない仕事内容に少し慣れてきた時だった。ちょっと気になる事が起きた。
すごい枚数のチーズトーストを頼む常連さんが現れたのだ。
チーズトーストは確かに人気だけど、正直、サラダバーが主役のシズラーでそんなに枚数を食べる人はそう居ない。
ただ、この常連さんは本当に美味しそうにチーズトーストを食べる。たまにその姿をぼんやりと眺めてしまい、バイトの先輩に怒られる事もあった。
なんだか気になるなぁと思い、今度この人が来たら声をかけてみようと心に決めた。
*
俺がチーズトーストを5枚食べ続けて3か月あまり。
今日もいつも通りチーズトーストを注文して、谷川さんに持ってきてもらうのを待っていた。そんな時だった。
「あの、チーズトーストがお好きなんですか?」
ドキッ。ついにこの時がやってきた。
谷川さんの声がして、振り向くとそこには・・・・・
・・・10枚のチーズトーストを配給しながら男性に話しかける谷川さんの姿があった。
くそっ。10枚も頼むやつがいるなんて計算外だ。
シズラーの谷川さんがダメなら、次はスタバの山内さんだ。明日から毎日、キャラメルフラペチーノのグランデサイズを頼む作戦を決行だ。
(了)
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