見出し画像

【ショートショート】命懸けの漫画の連載

僕は漫画家の「山田X」。大学在学中に大手編集者が主催するコンテストでグランプリを受賞し、作家としてデビューしたのは5年前のこと。

当時は、家族や友人から才能があるともてはやされていたが、なかなかヒット作を出せず、いつしか周りからは腫物を扱うような目で見られるようになっていた。

 

そんな僕を編集者の田中さんはデビュー当時からずっと支えてくれていた。実は田中さんは僕のペンネームの「山田X」の名付け親でもある。ここ数年は、田中さんと相当に意見を交わし、かなりの量のネームを書き進めていたが、なかなか連載にこぎ着ける事が出来ないでいた。

 

*

 

そんなある日、田中さんより、ある漫画の続編を書いてみないかと提案を受けた。どうやら元の原作者が急逝してしまったものの、物語としては全く終わっていない作品らしい。作品の人気が高く、通常ありえないことだけど、会社の都合で急な打ち切りに出来なそうだ。

僕は少し悩んだものの、ここ数年は仕事がなく、年末年始の親戚の集まりでも居心地が悪くなっていたため、この仕事を引き受けることを決めた。

 

最初は乗り気ではなかったものの、これまで田中さんと練ってきたアイデアを全て注ぎ込み、自分で言うのもなんだが、かなり順調に進めることができた。年末には世間でもちょっと話題の作品となり、昼のワイドショーでも取り上げられることもあった。

 

唯一、色んなトラブルを避ける為、原作者として表舞台に出ない事を会社とは約束させられているけど、そんな細かい事はどうでも良かった。自分の作品が世間の注目を集める快感は何にも代えがたいものだった。

 

*

 

しかし、そんな順調な日々も長くは続かなかった。2年も経つとネタのストックも切れ、筆が全く進まなくなってしまったのだ。次の締め切りが迫るプレッシャーとストレスで死にそうになっていた。編集者の田中さんも次第に僕の仕事部屋を訪れる頻度が減り、新たに目をかけている新人に時間を使っているようだった。

 

数か月経ち、全く次のアイデアが思いつかなくなった僕は、どうすれば良いか分からなくなり、田中さんに相談した。すると、田中さんは親身になって僕の悩みを聞いてくれ、会社が提携している精神科の病院で治療を受けることを提案してくれた。田中さん曰く、そこは特別な治療を施すことで記憶を改竄できる凄い病院らしい。ストレスを抱えたここ数か月の記憶を楽しい記憶とすり替えることで、また新しいアイデアを生むことが出来るらしく、人気作家ご用達の病院というのだ。僕は藁にもすがる思いで、その病院で治療を受ける事を決め、その日には田中さんと病院を訪れることにした。

 

*

 

訪れた病院は何の変哲もないところで、眼鏡をかけた真面目そうな医者が診てくれた。どうやら田中さんとは旧知の中のようで、何やら話し込んでいる。その会話が終わった後、僕は診察室で簡単な問診を受け、即効性のある治療薬として飲み薬を処方された。これで少しは楽になれるのかと期待をしつつ、早速、その薬を飲む。

 

すると徐々に瞼が重くなっていき、薄れる意識の中で声が聞こえてきた。

 

「あんた、これで10回目だぞ。これ以上、殺すと流石にやばいんじゃないのかい。新しい作家も見つけるのは大変だろう。」

「大丈夫、次の候補の山田XIは既に見つけているから何の問題もないさ」

(了)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?