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【ショートショート】いろはすが咲かせた初恋の花

コンクリートの隙間に咲いている何てことない花。
多分誰もその存在に気づいていないし、僕も普段であれば気づかなかったかもしれない。

その日の僕は気分が最悪だった。テストも部活も上手くいかず、母親の小言を聞くのもめんどくさい。なんとなく気晴らしをしたくて、部活帰りに普段より遠回りして学校から帰っていた。ちょうど学校と家の中間地点の公園。そこに差し掛かった時、出会ったんだ。あの子に。

物凄い美人という訳ではないけど、長い睫毛に白い肌が特徴的だった。公園のベンチに腰掛け本を読む彼女から僕はなぜか目を離せなくなってしまった。制服からして多分違う中学の子だと思う。夕日に照らされたその子の事を時間を忘れて眺めていると、僕の存在に気づいたのか、こちらに視線を移した。

「やばい、見ているのをばれた」と思い、咄嗟に公園と反対側を見た時に見つけたのが、その花だった。普段、花には関心がないけど、何となくその時は関心がある振りをしなきゃいけない気がして、手に持っていた「いろはす」のペットボトルで水をあげ、その後はその子の方を見ることが出来ずに早足で家に帰った。

家に帰ってからも、その出来事を忘れる事が出来ずにいた。

「また、会えるかな」

そんな事を思いながら、毎日遠回りをして、その白い花に水をあげるようになった。
本当はまたあの子に会いたいと思って遠回りをしていたんだけど、何となく照れくさい気がして、あくまで花の世話をするために、たまたまそこを通っていると自分を納得させていた。

毎日遠回りをするうちに、なんだか花にも愛着がわいてきて、その花の名前を調べて「リナリア」という名前だと知った。今年は雨が少なく、雨が全く降らない日が続いていて、僕が水やりが出来なかった日の翌日は葉っぱがしわしわになっていた。だから、塾で水やりに行けない日の翌日は、リナリアが枯れてないかなと心配して、少し早足で向かうようにもなった。

あの子はというと、毎回会える訳ではなかった。3回に1回。ひょっとするともっと少なかったかもしれないけど、公園でベンチに座り本を読む姿を見かけた。偶然見かけた際は、リナリアに水をやりながら、ベンチに座るその子をばれないように眺めていた。



数週間が過ぎ、修学旅行の時期がやってきた。
普通だったらワクワクするんだけど、僕の心境は少し違っていた。
「ああ、あの子にも暫く会えないな。リナリアも枯れてしまうかもしれない。」
と思いながら、4泊5日の修学旅行のしおりの表紙を意味もなく眺めていた。



修学旅行の帰り、いつも通り遠回りをして帰っていた。
「あの子にまた会えるかな」と「リナリアは枯れているんだろうな」という二つの感情がごちゃ混ぜになりながら、公園が近付き、いつもの場所に視線を移す。

「あれ。」
想像と違った姿がそこにはあり、僕は自然と駆け出していた。

そこには白い花が元気に咲いていたのだ。

そこから公園のベンチを眺めると、彼女がそこにいた。
いつもは文庫本を持っているはずの彼女の左手には空のペットボトルがあった。

                               (了)

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