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一ノ瀬が消えた【短編小説】

一ノ瀬が消えた。

どうやら、失踪したらしい。

それは平日の午前中に起こった出来事だった。

朝起きて、学校の準備をし出発をした。
いつも通り。授業を受け、帰寮して、進路に向けて配られた用紙を書く。しかし、手が付けられない。頭の片隅には、疑問の影。それが顔を出したとき、頭痛がする、
最近はずっとそんな毎日の繰り返しだった。

学校に向かう途中の駅の改札で、「帰ろう」。
そう思った。何せ今日は頭痛がいつもより酷い。

来た道を折り返し、ゆっくりと徒歩で帰る。

きっと、施設の職員は驚くだろう。
何があった?と心配されるに違いない。

僕が暮らしている児童養護施設には、総勢50名程の子ども達が暮らしている。幼児から高校生まで幅広い。

それぞれがホームという場所で暮らしており、僕も一つのホームの最年長児としてそこで暮らしていた。

寮の前に、1台のパトカーが止まっている。
それを見たとき、背筋が寒くなった。

小学生の頃、年長児に連れられて万引きをした事がある。
そこで、警察署に連れて行かれて、こっ酷く絞られた経験が今でも忘れられない。

ゆっくりと歩調を遅くして近づく。
警察と、施設の職員の話し声が聞こえてきた。

「はい、少し個人情報も絡みますので上の者に確認させて頂きます」

話をしているのは、今年入社してきた新人だった。確か名前は中田。

「お願いします」

「その、もう一度お名前を」

「一ノ瀬あかりさんです」

一ノ瀬?

「その一ノ瀬さんが、失踪したって事ですよね?」

失踪?

「まだ何とも・・・」

中田は頭を何度も下げ、施設の中に入っていった。

一ノ瀬が、失踪?
どういうことだ。僕は踵を返し、また駅の方面に向かった。

歩きながらも、先ほどの会話が頭の中で繰り返されている。

そんな。どうして・・・。

一ノ瀬あかりは、小学校1年生の頃からの知り合いだ。

お互い、ここの施設で暮らしてきた。気軽に話し合える仲で、僕の数少ない友人だった。
落ち込んだときには「大丈夫、きっと良いことがあるよ!」と励ましてくれた。
万引きの時もそうだった。
でも僕が拗ねて、「どうせ分からない癖に」というと、次の日一ノ瀬は万引きをした。

優等生の一ノ瀬が起こした一大事件として、施設では話題になった。

その後一ノ瀬は僕に笑いかけこう言った。

「楽しくないねぇ」

僕は唖然としたが、笑って「うん、楽しくない」と返した。

一ノ瀬は、高校に上がるタイミングで、母親の元へと引き取られていった。詳しいことは聞いていないが、どうやら母親の金銭的な問題が解決したらしい。

「天野、またね」

そう言って笑った一ノ瀬は、幸せそうだった。

それから会っていなかったが、2週間くらい前のことだ。
夕方、学校が終わり帰っている途中の公園で、「天野」と声をかけられた。

一ノ瀬だった。

三年ぶりに会う一ノ瀬は、少し大人びた顔つきをしていた。
いや、髪型がロングからミディアムに変わったのが大きいのかも知れない。

「どうしたんだよ」

「ちょっと、近くまで来たから」

「だったら顔くらい出したらいい」

施設は、この公園のすぐそこだった。
しかし一ノ瀬は首を横に振る。

「いや、天野に用があったんだ」

「僕に?」

少し話したくて、と微笑む。どことなく、元気がない。

「あのさ、小さい頃に話したお互いの夢のこと、覚えてる?」

唐突に聞いてきた。

「小さい頃?」

「そう、あの、小学生の時の、ここの公園の砂場で語り合ったじゃない」

そう言えば、そんなこともあった。

「覚えてるよ」

一ノ瀬は嬉しそうに、良かったと言った。

「天野の今の夢は?変わらず、漫画家?」

「いや、今は画家になりたい。実は来年の4月から専門学校に通うんだ」

へぇ、と感心する一ノ瀬。それは、いいね。と呟く。

「お前は?確か、登山家?」

そう聞いたら一ノ瀬は笑った。

「違うよ。なんでそうなるの」

「だってあの時、山に登りたいとかいってなかった?」

そう。
確かあの時、一ノ瀬は、夢が叶う山をいつか登りたいと言っていた。

「そうだね、うん。そうだった」

「今はその登山家を目指して頑張ってるわけだ」

そうだねぇ、と一ノ瀬はそう言って、俯く。

冗談を言ったのに返さない。

そして、あのさ、と話しかけてくる。

「これは決意表明なんだけど、私、やっぱり山に登ることにしたんだ」

その目は、少し、潤んでいるように見えた。

「一ノ瀬?」

「それだけ、言いたかったの。あと、これ」

そう言って、手紙を渡してくる。

「これ、私の住所。また、暇なときに遊びに来てね」

「ちょっと待てよ、何か、あった?」

「何もないよ」

「・・・お母さんとは、仲良くやれてる?」

初めて黙った。そして、僕の問いかけには答えず、一ノ瀬は、あの時のように「またね」と言った。

微笑みながら、でも、今度は少し寂しそうに。

一ノ瀬が書いた住所を調べると、そこに表示されたのは山の入口だった。

一ノ瀬が失踪したとしたら、きっと僕だけがその場所を知っている。

またね、という言葉は、きっと再会を約束する言葉だ。

駅に着き、その山までの行き方を調べて改札口を通る。

だから僕は、会いに行く。

まだお前の今の夢の続きを聞いていないから。

(完/1998文字)

今回、【第二回絵から小説】という清世さんが立ち上げた企画に参加させて頂きました!富松と申します。

お題の絵は三枚あり、どれも凄く魅力的で思わず、「創作イメージが、湧いてくる!!」と、書かせていただきました。

今回の話だけでも完結という形になっているのですが、残り二枚からイメージした物語は、この物語と繋がっています。

もしこの物語に興味を持って頂けたら、そちらも読んでくだされば幸せです!

この企画の概要リンクを張らさせて頂きます。↓


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