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新聞が凋落した本当の理由を考察してみた──新聞労連主催のシンポジウムに参加して

先日、新聞労連が主催した「『失敗しないためのジェンダー表現ガイドブック』発刊2年記念シンポジウム」に行ってきました。
講演は作家のアルテイシアさん。
ここで、新聞業界が抱える病理を垣間見てしまいましたので、少し書きたいと思います。
ちょっと長いですが、「最近新聞が面白くない」という人はぜひ。

ジェンダーの企画は採用されない

「失敗しないためのジェンダー表現ガイドブック」とは

小学館から発刊された「失敗しないためのジェンダー表現ガイドブック」とは、新聞記者や雑誌記者、ライターなど文章を書く人に向けた本です。
「美しすぎる市議」「女性ならではの気配り」「女性にも運転できる車」など、「悪気はなかったけれどついつい書いてしまった」を避けるため、ジェンダーについて解説しています。

正直、本の内容じたいは目新しくないというか、日頃からある程度の問題意識を持って文章を書いている人なら、特に学ぶことはないと思います。

ただ、企業の広報担当者やSNS運用担当者なんかは読んでおいたほうがいいかもしれません。できれば商品開発担当者も。いまだに女性向け商品=ピンク、花柄、リボンみたいなのが多いので…。

クロストークで明らかになった、新聞業界の闇

基調講演の後は、アルテイシアさんに、NO YOUTH NO JAPANの能條桃子さん、愛媛新聞の記者と朝日新聞の記者を交えてクロストークが行われました。

愛媛新聞の記者は、10年前に男性社員で初めて産休を取得したいと言ったところ、上司から「…なんか悩みがあるのか?」と聞かれたとのこと。

このエピソードからわかるように、新聞社は圧倒的に男性社会で、しかも古いです。
「夜討ち朝駆け」と言われるように、長時間労働かつタフでなければできない仕事。伝統的に男性記者が多くなります。そして、彼らは家事育児を女性に丸投げです。

クロストークでは、現場の記者はジェンダーについて問題意識を持っている人も多いし、テーマとして追っている人もいるけれど、一方で「ジェンダーってわからないんだよね」という記者もいるということ。また、企画を出しても採用されにくいという話がありました。

個人の問題でもあるし、構造的な問題も抱えているようです。

新聞各社から寄せられたアンケートに絶句した

ジェンダーガイドブックは「女性記者が参考にしている」

新聞労連では新聞各社の記者に事前にアンケートを取っており、シンポジウムではそれが資料として配布されました。

そのアンケートに言葉を失ってしまったのです。
例えば…

Q.ジェンダーガイドブックを活用している事例を教えてください
A.
・社内のジェンダー研修などで活用・業務での活用は個人レベル(西日本新聞社)

・組合事務局に置いて、興味のある人が読めるようにしている(大分合同新聞社)

複数の女性記者が所有し、記事を書く際の参考にしている(岩手日報社)

女性記者!? なぜ女性記者!? 男性じゃないの??
たぶんこの本って、興味のない人が読むべきだと思います…。

また、ジェンダーに関する取り組みは、会社によってかなり差があるようです。

共同通信では、識者の談話を男女同数にする、ジェンダー担当デスクを置く、ハフポストではジェンダー表現をダブルチェックするSlackチャンネルを置くなどの動きがある一方で、

・「女性のページ」を見直し。「若い女性」を紹介するコーナーの対象条件から、(今年6月から)性別や年齢を除外した(長野日報社)

・新入社員(営業含む)や若手記者向けにジェンダー表現や報道に関する研修を実施(西日本新聞社)

・日々のニュースの扱いは比較的大きくするようにしている(山陰中央新報社)

いま2024年ですよ!? 比較的??努力?? 若手だけ??

アンケートを見ると、ジェンダーに関する記事は「国際女性デー」などの記念日があると企画になるようなのですが、それ以外はデスクに「何で今なの?」と言われたという回答がありました。

新聞記者のプライドの高さはエベレスト並み

私が就職活動をしていたとき、何人かの新聞記者に話を聞く機会がありました。
そこで言われたのは、「新聞社って日本のあらゆる会社の中でも保守的だし、古いよ」ということ。
わたしは保守的なのも古いのも苦手なので新聞社は受けなかったのですが、20年近く経った今も変わっていないんだなぁとしみじみ思いました。

いろいろと理由があるのですが、まず採用からして他の業界と違う。
新聞は伝統的にとにかく倍率が高い(昔は「宝くじ並み」と言われたものでした)。

しかもそこに入ってくるのは、早慶上智東大京大などのエリート学生。
高学歴なうえに高い倍率をくぐり抜けて入った人たちなので、プライドが高い。

エリート業界の問題点は、エリートになりたい人たちが来ること

しかも新聞記者は、給料が高いです。

朝日新聞がトップで高いというのは有名ですが、平均でも4ケタ行くであろう“エリサー”です。
しかも、メディアにいるとあちこちから特別扱いをされるので、感覚がズレていってしまうんですよね。取材先も、政治家や錚々たる会社の社長だったりするし。

職種がエリート化する問題点としては、「エリートになりたいからこの職業に就く」という人が来てしまうこと

弁護士もそうなんですが、記者のようにある程度「」が必要な職業にとっては、これは害悪だと感じます。

記者のいちばん大事な仕事の一つは、「声なき人の声、声を上げられない人の声を掬い取る」ということ。
エリートになりたくて記者になった人に、こういう人たちの声が聞こえるのか、わたしはとても疑問です。

しかも今の時代、「メディアの役割は権力を監視することだ」と言おうものなら鼻で笑われそうな感じじゃないですか。

記者やライターには「向き不向き」がある

ジェンダーというと今日的課題と思われることが多いですが、実はまったくそんなことないですよね。「虎に翼」ではないですが、これまで女性は戦い続けてきたし、LGBTQについても同じ(保毛尾田保毛男(ほもおだほもお)は何十年も当事者を苦しめています)。

ジェンダーというのは、人権問題なわけです。決して新しく登場した問題ではない。
人権問題に関心がないジャーナリストとは、ジャーナリストと言っていいのだろうか?

自分が書く文章が誰かを傷つけるかもしれないという想像力を持たずに、「ジェンダーってよくわからないんだよね」「ついうっかり」で済ませるような人は、記者に向いているのでしょうか

そして今は、さまざまな人がジェンダーについて問題提起をしています。それに対して無関心だけでなく知識もないというのは、情報を集める仕事に向いていないことでもあります。

アルテイシアさんは、「誰しも過ちを犯すことはある」と言っていましたが、新聞記者の罪深さと同列に論じてはならないと思う。

こういう問題を「うちは古いから」みたいに考えている人が多いことに、新聞業界の病理を感じます。

新聞業界が凋落したと言われていますが、それはネットのせいだけではない。
新聞が凋落した本当の原因は、新聞社そのものが問題を抱えているからだと思います。

多様な組織を作ってみては

もちろん、問題意識の高い優秀な記者もいます。しかし新聞を読んでいても、それが紙面に表れていないと感じます。

ある新聞が都知事選に、「女の戦い」という見出しをつけていましたが、
2024年にこの見出しが載ることこそが、今の新聞業界を象徴しているように思う。

クロストークでも指摘されましたが、ハードワークな新聞業界は、仕事に100%全力で打ち込めるよう、妻が家にいて、家事育児を一手に引き受けることが多い。
(女性記者の場合、仕事も家事育児もやるスーパーウーマン)
そんな人がデスクや部長をしているのであれば、ジェンダー問題はなかなか採用されないでしょう。

この辺りが出版業界と違うんですよね。出版はもともと女性編集者が多いし、さまざまなバックグラウンドを持った外注スタッフ(ライター、イラストレーター、カメラマンなど)が関わっている。だから、いろんな人の声が反映される。少なくとも、新聞よりは。

だから新聞も、もっと多様性のある組織にすればいいと思います。

大卒ではなく高卒未経験の中途(年齢制限はなし)も採用し、パートタイム記者はたくさんいていい。出身地も多様であってほしいし、現地採用もあり。いろんな人と働いていると視野も広くなるでしょう。

似たような大学を卒業し、地方局を経て本社に戻る。同じような境遇の同僚ばかりだし、年収も高い…。誰だって視野も狭くなりますし、保守的になる。でも他の職業はともかく、記者はその視野の狭さが命取りになる。

マスコミこそ多様性が必要なんだと思います。


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